第100話 英雄の帰還

 美紀さんと唯ちゃんは荷物を広げると、おにぎりを取り出した。朝食をここで済ませるつもりらしい。


 そもそも、何故こんな早朝から城門に来ているのかというと、説明するまでもなく伊藤さんを迎えるためなのだが。

 放って置いたら何処までも迎えに行ってしまいそうなので、美紀さんと俺から「城門までは行ってよし」というルールを制定させてもらったのだ。


 最初は本丸の門をイメージしていたのだが、優理と瑠依ちゃんはまだ夜が白み始める前から出発し、最近作ったばかりの山道の入口付近の門まで行ってしまった。


「まぁ、あそこも門だし、仕方ないか」


 美紀さんと俺の間ではそういう結論に達し、美紀さんと唯ちゃんはまだ夜も明けきらぬうちから炊事場に入ってピクニックの準備に入った。


 そして今、夜明けを迎えている。


 美紀さんと唯ちゃんが楽しそうに用意した荷物を広げ。優理もそれに気付くと門から飛び降りて手伝い始める。

 ちょっと遅れて瑠依ちゃんも門から飛び降りると、謎の「お米歌」を歌いながらおにぎりを手にした。


「いっただきまーす」


 本当にピクニック状態となった俺達は、とにかく伊藤さんに早く会いたい一心である。


「あ!」


 瑠依ちゃんはおにぎりを一つ余分に手に取ると、城門へ駆けた。


「門番さん! 徹夜のお仕事ご苦労様です、褒美を取らせるぞ♪」

「こ、こ、このようなお気遣い、何と申し上げればよいやら」


 当惑してしまった門衛さんに、俺も笑顔で声をかける。


「今日だけです、特別なんですよ今日は。もらって下さい」

「ハハッ! 有難く頂戴致します!」


 深々と頭を下げて手を出した門衛さんを見て、瑠依ちゃんはとても満足そうだった。


「うんうん。大義であったぞ、これからも励めよ?」


 瑠依ちゃんから手渡されたおにぎりを涙目で頬張る門衛さん。


(いいなぁ、俺も瑠依ちゃんからあんな風に渡されたい)


 しばらくして、朝食を食べ終わると再び城門によじ登る瑠依ちゃん。ここで気付いたんだけど、この時代の女の子は割とノーパンだが、当然ながらこの四人がノーパンなはずがない。


(とは言え、パンツが見えるかも!)


 瑠依ちゃんが登ったのだ、たぶん優理も登るだろう。次のチャンスを見逃すわけにはいかない。


(唯ちゃんの隙を付いて城門の下に入り込まなくては!)


 こんなどうしようも無い事に全力で挑める自分を尊敬する。


「まぁ、瑠依さん何故そのような場所に? 危のうございます!」


(んげっ)


「あ! おっはよー陽ちゃん」


 瑠依ちゃんは城門の上からひらひらと手を振って陽を迎えた。


「おはよー陽さん、陽さんも登る? いい眺めだよ~」


 優理も城門に登ろうと、塀に手をかけた所だった。


 陽は登らなかったが、代わりに唯ちゃんがよじ登った。

 あんなにおっとりしている雰囲気の唯ちゃんだが、優理や唯ちゃんに負けないくらい軽々と城門の上までよじ登る。


 ここに待機してからどれくらいの時間が過ぎただろう。

 飽きもせず、城門の上でずっと話をしている優理達を余所に、陽は美紀さんとずっと話をしている。


(よくもまぁそんなに話す事があるよね)


 俺は暇を持て余しながらも、この場を離れる気にはなれなかった。

 もうすっかり日は高くなっている。


 見回りに出る綱義くんが城門の上にいる三人に驚いて見せたり、俺の所に挨拶に来た商人さんが腰を抜かすほどに驚いたりしていた。


「おーそーいー」


 ついに瑠依ちゃんが城門の上で文句を垂れ始める。


「まぁほら、今日中には会えるんだし、そんなに焦らなく……」


 優理の言葉が途中で止まった。


 次の瞬間、優理が勢いよく城門から飛び降りる。

 俺があの高さから飛び降りたら複雑骨折するか、良くても派手に捻挫してしばらく歩けないだろう。


 飛び降りた優理はすごい勢いで走り始め、ほんの少し遅れて瑠依ちゃんも飛び降り、優理を追って駆け出す。


 唯ちゃんも飛び降りてきた。


「来ました! 伊藤さんが来ました!」


 唯ちゃんの声は少し震えていた。

 美紀さんは唯ちゃんに小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がる。


「先に行ってていいよ、私も後から行く」


 笑顔で唯ちゃんに語りかけた。

 美紀さんに頷き返した唯ちゃんは、そのまま勢いよく駆け出していく。


 俺も急いで城門から顔を出して伊藤さんの姿を探した。まだけっこう距離がはあるが、曲がりくねった山道で姿が見える距離というのはそう遠くない。


 現に、もう優理は伊藤さんの所まで届いていた。

 勢いよく伊藤さんに飛びつこうとする優理。


(抱き着いてクルクル回るのか? 感動の再会シーンぽいじゃん!)


 俺も走りながらそんな事を思っていたのだが、優理は何も考えず全力疾走のまま伊藤さんに飛びついたらしい。


 伊藤さんは優理を受け止めるとそのまま派手に引っくり返った。優理にしがみ付かれながらゆっくりと体を起こした伊藤さんに、今度は瑠依ちゃんがタックル。


 伊藤さんは再び地面とお友達になった。


 俺も伊藤さんの所へ到達したが、どうやって追ってきたのか美紀さんがもう俺のすぐ後ろにいた。


 伊藤さんにくっついてメソメソしている優理と瑠依ちゃん。その姿は、長期出張から帰ってきたパパにしがみ付いて離れない五歳児のようだった。


 伊藤さんは、まるでペットの犬でもあやすかのように、久しぶりの再会に感極まる子達をゲラゲラと笑いながら撫でまわしている。


(セクハラ! 触り過ぎ!)


 伊藤さんのセクハラを見かねたのか、自分も混ざろうとしているのか、美紀さんも動き出す。


 ゆっくりと伊藤さんに接近した美紀さんは、ひっついた優理と瑠依ちゃんの首根っこを掴んで引き離すと、そのまま伊藤さんを正面から抱きしめた。


「え!? 美紀姉ぇ何してんの!?」


 叫ぶ優理にもお構いなしに、涙声で「おかえり」と何度も繰り返す。


「ああ、ただいま」


 美紀さんの両肩に手を添えて少し引き離した伊藤さんは、笑顔で答える。


(遠距離恋愛のカップルみたい!)


 その直後、事件が起きた。


 自身の両肩にあった伊藤さんの両手を強引にすり抜けた美紀さんは、そのまま伊藤さんの首に手を回し、一瞬にしてその唇を奪ったのだ。


「んんもおおお、負けないもん!」


 瑠依ちゃんが変な声を上げると、無理やり伊藤さんと美紀さんの間に体を押し込んで行く。


 優理はその場にペタンと座り込んだまま、放心状態になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る