第99話 生足

 伊藤さんは信濃での療養を終えると、一度岐阜城に寄ってから郡上に入ると書いていた。


 三日前、金田さんからのお手紙が届いた。

 金田さんからは、伊藤さんが無事に織田信長さんへの謁見を終え、つーくんの所に寄ってから予定通りの日程で郡上に入ると記してあったのだ。


(今頃はここに向っているはずだ)


「それでは郡上の城下をお散歩されてはいかがですか?」


 女子会が幕を下ろしたらしい。まだ昼を過ぎたばかりで、夕餉まではだいぶ時間がある。陽の提案により、女の子達は城下町へ探検に出かける事になったようだ。


 今、郡上八幡城の城下町の治安は決して悪くない。この時間も綱義くんが兵を連れて見回り中のはずだし、なるべく抑止力を高めようと思って少し多めに設置した屯所が効果を発揮しているようだ。犯罪はほとんど発生していないと報告も来ている。女の子達が歩いた所で特に危険はないだろう。


「やった~! 瑠依、美味しいお団子屋さん行きたい!」


 相変わらず全身から感情を発している瑠依ちゃんは、両手を高く上げてお団子屋さんに行く決意を固めたようだ。


「瑠依ちゃんずっとそれ言ってるね」


 大原村には商店のような物は存在しない。基本的には自給自足に近い生活様式の村から、多少とはいえ商店が並ぶ郡上にやって来たのだ。


 美味しい物を食べに行こうというのは至極当然の希望だろう。


「え~、じゃあ唯は行かないんだ? 私はるいちゃんとお団子屋さん!」

「優理先輩とデート? キャー」

「私は反物屋さんに行きたいな、唯、一緒に行かないか?」

「ハイ、私も生地が欲しかったので助かります」

「お末、優理さまと瑠依さまのお供をなさい。私は美紀さまと唯さまのお供をします」

「ハイ、姉さま!」

「わーい、お末ちゃんお末ちゃん、お団子食べいこ」

「やっぱり赤い生地が欲しいんだよねぇ、この時代の服はどれも揃って地味なんだよな」

「そうですか? 私は美紀姉ぇが着てるこの青、けっこう好きですよ。お栄ちゃんはどんな生地を?」

「兄様方の脚絆をと思いまして、丈夫な生地を……」


(おおお、お裁縫女子! いいね!)


 とても楽しそうに広間を出て行く女の子達を、陽は羨ましそうに眺めていた。


(そっか、そうだよね)


「陽も行っといでよ。たまには息抜きしておいで」


 俺の言葉に陽の表情がパッっと明るくなる。


「よ、よろしいのですか? ……ではお言葉に甘えて行ってまいります!」


 陽は小走りに皆を追って行った。


「殿、それでは勤めに戻ります」


 香さんが両手を付いて俺に挨拶し、スッと立ち上がって広間を後にする。そんな香さんの背中に、俺は精一杯の感謝を投げかけた。


「香さん! 本当に有難うございます!」


 皆が遊びに行ったというのに、香さんは仕事が山積みなのだ。


(伊藤さんが戻ったら、まずは香さんの仕事から手を付けてもらおう)


 女の子達が立ち去った広間では、綱忠くんの報告が再開され、俺はよく理解出来ないながらもそれを聞く仕事に戻った。



 翌朝。


「わー、いい景色!」


 朝日が差し込む城下町は霧に覆われており、幻想的なに光に包まれていた。東の空から照らされる朝日を背に浴びながら、城門の上に登った瑠依ちゃんは早朝からご機嫌である。


 そんな瑠依ちゃんの感嘆を聞いた優理も、我慢出来ずに城門に登り始めた。


 突然ですが、着物が肌蹴るサービスタイムです。


(おお、いい……)


 そして俺は気付いている。

 この時代の女の子は普段、わりとノーパンである事を。

 周りの皆に気付かれないよう、俺もさりげなく城門に接近を試みる。顔はあくまで美紀さんや唯ちゃんのほうを向けながら、いかにも眠そうな雰囲気をかもし出し、大きく背伸びしんがら、どうにか目だけで優理を追う。


 一歩、また一歩、焦りは禁物である。


(焦るなよ……落ち着け俺!)


 そんな俺に、唯ちゃんが声をかけてきた。


「陽さんに言い付けますよ?」


(んなっ?)


「よいしょっと……うわー、すごっ!」


 唯ちゃんの不意打ちに同様している隙に、優理は一番の見せ場であるはずの、大股に跨ぐ頂上への到達を終わらせてしまっていた。


「ん? どうした唯?」


 美紀さんが不思議そうに唯ちゃんを眺めていたが、唯ちゃんは「いえ、なんでもありません」とだけ言うと、荷物を広げた美紀さんを手伝い始めた。


(恐るべし阿武唯……やりおるわ!)


 俺は悔しさと恥ずかしさを誤魔化すため門衛さんに話しかける事にしたのだが、その門衛さんはなんと、口をぽっかりと空け、真下から優理と瑠依ちゃんの生足を拝んでいる。


(お、おのれ!)


 その場でぶった斬ってやりたい感情を(言い過ぎ)抑えながらこっそりと接近し、背後に回り込みボソッと声をかけた。


「どこを見ておる」


 門衛さんは飛び上がって驚いた。


「な、え、と、殿? も、申し訳ございませぬ!」


(まったくどうしようもない奴だ)


 俺は門衛さんを見張るため、そのすぐ横に並んで立つ。


「あっちから来るかな?」

「優理先輩、どっちが先にハグしてもらえるか勝負です!」

「えー、そんなの私に決まってるじゃん」

「そうですか? 瑠依、お手紙ですっごい褒められましたからね? きっと瑠依の愛が届いたんですよ!」

「何それ! ちょっと見せなさいよ!」

「嫌です~」


 そんな天使の会話を聞きながら、門の上から垂れ下がる生足を鑑賞中な俺と門衛さん。


(うーん、もうちょっと浅く座ってくれないかなぁ)


 朝から卑猥で申し訳なくなるが、この状況で見るなという方が無理である。

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