第98話 合流

■1567年 9月中旬

 美濃国

 郡上八幡城 石島家



 郡上八幡城の広間で大原十五綱忠くんの報告を受けていた俺の耳に、聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。


「にゃははははひろーい! すごーい!」


 パタパタと走り回る音と、それを追いかける声が聞こえてくる。


「るいちゃん! 走り回ると迷惑だよ!」


(きたきた~)


 大原から呼び寄せた女の子達が、郡上八幡城の城下に到着したという知らせをついさっき受けたばかりなのに、瑠依ちゃんと優理はもうここまで到着したらしい。


「こら~! るいちゃ~ん! まぁ~て~」

「にゃはははは! でんちゅうでござる~! にゃははは」


 優理と瑠依ちゃんの追いかけっこは実に賑やかだ。


「おやおや、急に城内が明るくなりましたね。なんだかお花が咲いたよう」


 丁度通りかかったのだろう香さんが二人を発見した様子だ。


「わぉ、香さんお久しぶりです!」

「るいちゃん『わぉ』って失礼でしょ! 香さんごめんなさい、お久しぶりです」

「お二人ともご機嫌がよろしいですね。ささ、早う殿にご挨拶を」

「はーい」

「はい!」


 返事が聞こえて来たと思ったら、一瞬でその姿が広間に飛び込んできた。


 二人はちょっと不思議な着物を身に着けていた。おそらく自分達で改良したのだろう、未来風にアレンジされた和装は、俺達の時代の感覚にはない斬新な作りになっている。

 和装と言うよりは、ちょっと露出度の高い浴衣になっちゃってる感じだ。チラチラと顔を出す素肌はやたらとエロい。


(やっぱ天使だわ、相変わらずめっちゃ可愛いなぁ)


「ぉ~! 十五さんお久ぶりりんです」

「は、ハッ!」


 やたらとご機嫌な瑠依ちゃんの言葉に面食らった綱忠くんは、とりあえず頭を下げて挨拶する事にしたらしい。


「十五さん照れてる? 可愛い~♪ にゃははは」

「んが、け、決してそのような」


 綱忠くんは耳まで真っ赤にして床に向って顔を伏せてしまった。


(わかる、わかるよ~その気持ち)


 そんな綱忠くんの横まで進んだ優理と瑠依ちゃんは、俺の目の前にちょこんと座った。


「殿! お久しぶりりんです」

「ちょっとるいちゃん、真面目に挨拶しなさいよ! ごめんね石島さん」


 瑠依ちゃんを叱った優理が直後に「アッ」と声を上げ、ペコっと俺に頭を下げた。


「ごめんなさい! 殿と御呼びしないとですよね、お久しぶりで御座います、殿」

「二人とも、元気だった!?」


 俺は全力で平常心を装った。


(やべぇ、優理の「殿」に鼻血出るかと思った……)


 俺の脳内では卑猥な妄想をかき立てるエロスな方向に脱線しかけたが、どうにかそれを振り払う。


「そりゃ元気ですよ! 瑠依はいつでも元気ですから」

「ホント、るいちゃんから元気を取ったら三センチくらいしか残らないもんね」

「あー、優理先輩それひどーい」


(この二人を見てるだけで……)


「あ! 優理さん! 瑠依さん!」


 再び卑猥な妄想をしかけた俺を止めてくれたのは、広間に入ってくるなり両目をキラキラさせて声を上げた奥様だった。


「はるちゃ~~~ん」


 瑠依ちゃんが弾丸のように陽に向けてすっ飛んで行く。


「陽さん」


 優理も立ち上がって陽の所へ向かった。


 三人はキャッキャと燥ぎながら色々と話始めた。優理達にしてみても、陽にしてみても、時代こそ違えど同世代の女の子には変わりない。

 俗に言う「箸が転がっても可笑しい年頃」ってやつか。確か大原にいた頃も、唯ちゃんを含む四人で何やら長々と話し込んでいたのを思い出す。


 俺達が大原を出る前は、優理が元気なかったのですごく心配していたのだが、様子を見る限りでは心配なさそうだ。

 優理と瑠依ちゃんのご機嫌に触発されたのか、同じくルンルンになった陽が書状を持って来てくれた。


「殿、義兄上からで御座います」


 この郡上復興に際し、飛騨の姉小路さんの領国から大量の木材を購入した事で、人の流れも多くなり、郡上も桜洞も潤った。

 その影響もあって、頼綱さんからちょいちょい書状が届いていたので、陽も寂しい思いをすることなく過ごせていたと思う。


 陽から文字の読み書きを教わった俺は、頼綱さんからの書状をだいぶ読めるようになってきたが、書けるようになるのはまだ少しかかりそうだ。

 正直言って、あのぐにゃぐにゃしたアラビア語みたいな文字を書けるようになる自信は全く無い。


 俺は今回の書状もどうにか一人で読み切ろうと必死に目を通す。


「お~~、殿、もしかして読めるんですか?」


 瑠依ちゃんが驚いてくれている。


「え? ホント? すごい!」


 優理も褒めてくれた。


(いかん、嬉しすぎて集中できん!)


 ゆっくりと文字を読み解いて、どうにかこうにか進めていく。


「お忍びで郡上に遊びにくるってさ!」

「読んだ! ホントに読んだ! 石島さんすごい!」


(ふふふ、優理、これを機に俺に惚れたまえ!)


「すご~い! 見直しましたよ殿~」


(ふふふ、瑠依ちゃん、惚れても構わんよ)


「いたいたココだ、失礼致します! どうも」

「失礼致します、お久しぶりです」


 広間の入口から美紀さんと唯ちゃんがひょっこり現れた。


(無言で飛び込んできた二人とは礼儀が違うね、しっかりしてらっしゃる)


「し、失礼を致します!」


 美紀さんと唯ちゃんの間から、小さな女の子が顔を出す。お末ちゃんも元気そうだ。


 その後、広間にはお栄ちゃんも合流し、しばし再会を喜び合う会が催された。


(いやぁ……やかましい)


 この女子会は、美紀さん、香さん、陽、優理、唯ちゃん、瑠依ちゃん、お栄ちゃん、お末ちゃん。八人の女の子が想い想いに好き勝手喋っている。

 端で聞いているこっちには、会話が成立しているようには思えない場面が多々あるのだが、本人達の中ではしっかり伝わっているのが不思議である。


 話は途中から伊藤さんの事で持ちきりになっていた。

 伊藤さんは信濃での療養を終えると、俺達に向けて手紙を書いてくれたのだ。その手紙はなんともマメな事に、全員にそれぞれ一通ずつ届いたのである。


 女子会をしている八人と、香さん付きの侍女三名にも届いた。

 俺にも当然届いたし、綱義くんと綱忠くんにも届いた。


 大原の四衛門さんにも送ったようだったし、桜洞の頼綱さんにも送ったらしい。こちらも当然ながら、金田さんとつーくんにも送ったと書いてあった。


(よっぽど暇してたんだろうな)


 そして、それぞれの手元に届いた手紙に書いてあった事。

 女の子達が揃ってご機嫌な理由。


 それは、予定では明日、伊藤さんがここに到着するという事である。


 伊藤さんの郡上到着を飛び上がって喜びたいのは女の子ばかりではない。郡上八幡城から落ち延び、大原まで必死に守った綱忠くんだって大喜びだろう。

 人手不足の中、決死の想いで山中に分け入って伊藤さん達を救出した綱義くんだってもちろんそうだろうし。


 郡上八幡城を治める事になって、伊藤さんこそ一番必要な人だと思っている俺は、もう迎えに行きたいくらいウズウズしている。

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