第95話 厳しさ

■1567年 9月上旬

 美濃国

 郡上八幡城 石島家


「以上で御座います」


 綱義くんの報告が終わると、俺は大いに満足した。


(残る問題点は人の雇用と失業対策か)


 大原綱義くんには、郡上八幡の内務関係を幅広く受け持ってもらう事になった。ここは非常に重要なので、最終決裁権は俺の所に残しておく事になったが、実務は全て綱義くんが受け持ってくれる。


 大原綱忠くんには、郡上八幡城の軍事関係を幅広く受け持ってもらう事になった。実際に兵を動かす場合の権限は俺に付帯されているが、その訓練や治安維持、領土防衛の為の人員配置等、その計画立案や実行までを綱忠くんが受け持ってくれる。


 香さんには、領内における交渉事の窓口として機能してもらう事になった。年貢の徴集や税の取り立て、必要物資の買い入れ時における商人さんとの折衝等、小難しい話は大体引き受けてくれる予定だ。


 先月末、桜洞から一日だけ駆けつけてくれた頼綱さんが、俺達にアドバイスをくれた。

 そのアドバイスによって権限の分類と、それぞれへの任命を終えたが、今後はそれぞれの部下になる人や、実際に現場でお仕事をする人達を雇っていかなければならない。


 しかし、その雇用が大きな壁にぶち当たった。

 その壁は、ハッキリ言ってしまえば俺の我儘で、単純に俺の一存による壁なのだ。


(読み書きの出来ない人が多すぎるだろ。この時代ってこれがスタンダードなのかなぁ)


 俺自身、全く人の事は言えないのだが、字の読み書きが出来ない人がとにかく多すぎた。

 字を読めない人に管理部門など務まるはずも無い。今までどうやっていたのかと問うと、目算や個数を数えるだけだったそうだ。


 記録を取らない事に特段の罪悪感は無く、むしろ記録を取る事のほうが異常だとでも言わんばかりの人達が沢山いた。

 香さんの尽力により、城下の商人さんからの紹介で読み書きが出来る人を何人か雇えたが、石島家の厳しい台所事情では、読み書きの出来ないおじさん達を雇う余裕がない。


 そしてそれは同時に、もう一つの大きな問題を引き起こしてしまう。このまま行くと、大量の失業者を出してしまう事だ。


(失業者を雇えるような事業を起こせればいいんだけどなぁ)


 公共事業で失業者を抱え込むには先立つ物が必要だが、それはつーくんが内ヶ島さんからド根性で貰ってきた金塊がある。


 問題は、その公共事業がその場限りで終わっては困るという事だ。道路工事や城の普請では、予算を使い切ったら終わってしまう。継続して続けるには、当然ながら少しでも収益性のある公共事業を展開しないといけない。


 黒字経営とまではいかなくとも、使った費用の何割かでも回収できれば話は全然変わってくるはずだ。


(難しいなぁ……俺の時代にはあって当然で、この時代には無い物なんていっぱいあるしなぁ)


 今後発明されていくはずの技術を先取りで取り入れるのが理想だが、俺の知識にそんな物は存在しない。


 俺はそれから数日間悩み続けた。


 数日後、俺が考えに考え抜いた郡上八幡統治プランが出来上がり、発表の場を迎えていた。


「忙しいのに集まってもらっちゃってすいません」


 俺の前には、大原兄弟と香さんが座っている。


「それでは、発表します!」


 それは俺が立てた失業者対策だ。


「郡上に学校と病院と職安を作ります!」


 三人の頭には「?」が浮かんでいるが、そこはもう一個づつ説明していくより他に手が無い。


 学校と病院については、伊藤さんが構想していた物をお借りしただけだが、俺なりにしっかりと考えた。

 俺達の時代では、どちらもそこで働くための国家資格が必要になる場所だが、この時代にそんな資格は存在しない。


 医者と言っても、やっているのはちょっと物知りなおじさんだったりする。名医と言われる人は除き、大した知識も無く「医者」を自称している輩など山ほど存在するようだ。


「この病院は、怪我や病気の治療を行います、簡単に言えば医者ですが、入院施設も作ります!」


 美紀さんの持っていた端末には、医学の情報が入っている事を思い出したのだ。美紀さんを医院長にして、女の子達を中心に病院を運営してもらおうと思っている。そして、ついでにお医者さんも育ててしまおうと思った。


「そして学校ですが、寺子屋のような物です。老若男女問わず、そこでは読み書きや計算を教えます!」


 先生には、香さんのお付きの三名になってもらい、香さんは学長にでもなってもらおうと思っている。読み書きが出来る人材が少ないのであれば、育ててしまえばいいのだと気付いた。

 いずれは座学だけでなく、剣術なんかも教えられるようになったらいいと思っている。


「それから職安ですが、正式名称は職業安定所です、仕事の無い浪人さんや、城下の人にお仕事を斡旋します」


 これは既に桜洞の頼綱さんにも話を通してある。

 郡上に作る予定の職安には、郡上や桜洞、さらには姉小路さんの領国の数か所の町から求人が入る予定なのだ。それに今ならば、織田信長さんの岐阜城の建築が最盛期を迎えている。


 多くの人が集まり、城下町も作り直しになっているというが、一つの問題が発生しているらしい。岐阜城の建築に大工さんは殆ど駆り出されてしまっていて、城下町の建設が大幅に遅れているというのだ。


 労働力の需要は沢山あると考えていいだろう。


 そしてこれら三つの施設を利用する人々は全て登録を義務化し、各村や町で曖昧になっている戸籍と照合を繰り返す事で、戸籍をより明確にする事も狙っている。


「学校では教育費を、病院では治療費を、そして職安では人を雇う側から紹介費を貰います!」


 そして何より大事な部分、俺の狙いはこの三つの施設を郡上八幡城に隣接する形で一か所に纏めて建設するつもりなのだ。


 軌道に乗れば多くの人が集まるようになる。


「人が集まるようになったら、その場所で商売をする権利を商人さんに買ってもらいます!」


 当然独占などさせるつもりはない。希望する商人さんがいれば持ち回り制で順に商売をしてもらうつもりでいる。そして、その商売で出た利益の何割かを税として納めてもらうのだ。しっかりと記録を付けさせ、原価から売値、商品の流通状況まで報告させる。

 その記録が何の役に立つのか、今の俺にはさっぱり分からないのだが。


(きっと伊藤さんが戻ってきたら参考にするはずだ)


 ここまで考え付くのに数日をかけたが、伊藤さんであれば数分で考え付いたかもしれない。いや、既に考えていたかもしれない事だ。


(病院とか学校を作るって言ってたしなぁ)


 あとはこの計画を、いつ実行に移すかである。

 作ると言っても簡単ではないし、準備にどれだけの時間がかかるかも分からない。


 とりあえず三人に聞いてもらい、やれそうな準備から地道に進めていく事にした。




 それとは別に、領内の安定をこれまで以上に俺達の手で押し進めなくてはならない。九月に入るまで、稲葉さんのご厚意で郡上の治安は完璧と言って良い程に保たれていたからだ。


 九月からは、稲葉さんの家臣斎藤利三さいとうとしみつさんが郡上北西の地、木越城に残ってその一帯を代行して管理してくれるに留まり、この郡上八幡一帯は自分達でどうにかしなくてはならなくなった。


 先月、郡上八幡からの撤退戦で生き残った新兵さん十一名についてはそれぞれ昇給としたが、特に優秀だった四名については足軽組頭に任命。数名づつの部下を与えて領内の見回りに精を出してもらっている。



 どうにかこうにか、郡上領内は大きな混乱もなく、新体制での統治をスタートさせる事が出来た。



 そんな矢先だった。


 稲葉山城の金田さんから一通の書状と共に、人が四名送り届けられてきた。


 新しく建築されたばかりの郡上八幡城の広間で、俺はその四名と向かい合い座っている。俺のすぐ横には、今だけ陽ではなく香さんが座っていた。


 届けられたその書状には、遠藤慶隆さんが織田信長さんに切腹を命じられた事。遠藤さんが代表して切腹する事によって、家族の命については赦免されたと記されていた。


 そしてその書状には、俺の目の前に座っている四名が何者なのかも記されている。


 遠藤慶隆さんの弟さん二名と妹さんが一名、それと遠藤慶隆さんのお子さんを妊娠しているという女性だった。



 一通りの事情は聴いた。


 話してくれたのは、遠藤さんの弟さんで十四歳になるという三郎太くんだった。


 遠藤慶隆さんは切腹を前に弟と妹を呼ぶと、「遠藤の将来を任せた」と、三つの遺言を残したそうだ。


一、織田、石島の両家に対しては決して恨みを抱かぬ事。

一、石島家を頼る事、忠誠を誓い犬馬の労を尽くす事。

一、伊藤修一郎殿の忠告は謹んで聞く事、必ずや守る事。


 この三つを彼等が暗記するまで、何度も何度も繰り返したと言うのだ。三郎太くんのこの話の途中、香さんは涙を必死に堪えている様子に見えた。


「分かりました。俺は少し用がありますので、香さん、この子達の処遇についてはお任せします」


 俺は立ち上がって笑顔で語りかけると、香さんも笑顔で頷いてくれた。


「有り難き幸せに存じます」


 香さんの小さな一礼に見送られ、俺は広間を後にする。


「三郎太、新八郎、お菊、よくぞ戻りました」


 香さんが子供達に声をかけたようだ。


「姉上っ!」

「姉様!」


 広間を出た俺から見える位置ではなかったが。子供達が香さんに駆け寄る足音と、わーわーと泣きじゃくる声が響いてきた。


(戦国時代……か)


 俺はまた一つ、この時代の厳しさを肌に感じていた。

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