第34話 ボロボロの英雄

 伊藤さんと優理は勿論だが、着替えを持って行った美紀さんも戻って来ていない。


(美紀さんもいれば安心か……)


 作業を始めてから二時間程だろうか、俺達は六人分の墓を掘り、ご遺体を中に入れて土をかぶせた。


(大丈夫かな、伊藤さん)


 遅いのには理由がある、それは俺も理解している。


 何故着替えを持って行く役目を美紀さんが実行したのかと言うと、同時に治療をするためなのだ。着替えと一緒に未来の救急箱を持って向かった美紀さんが、伊藤さんの治療に当たっているのだと思う。


 気付いたら夕方に近くなっていて、お昼を食べていないのでお腹が減ってきた。


「これなんかどーかな?」


 瑠依ちゃんが手にしていたのは、銀色の板である。金田さんとつーくんが製水機を設置した時に、貯水タンクのカバーを取り外した物で、ちょうど六枚だ。


「いいね! それにしよう!」


 つーくんがその板を一枚預かると、少し土を盛っては上に突き立てた。


「あー、名前! 書いた方がいいか」


 そう言ったつーくんは何かを考えるようにしてから、瑠依ちゃんを見た。


「平岡さん、おおもりさんって大きいに木が三つの森で大森さん?」


 つーくんの言葉に、瑠依ちゃんは頭に「?」を浮かべている。


(平岡さん? 瑠依ちゃんの名字?)


 つーくんの問に答えたのは唯ちゃんだった。


「はい、その大森さんです」


 そう答えた直後、瑠依ちゃんを見て笑っている。


「なんですか? えー、なんか瑠依笑われてます? 唯先輩今のなんですか? 須藤さんもう一度言ってください!」

「なんでもない! 平岡さん気にしないで」


 つーくんは瑠依ちゃんを軽く躱すと、未来のマジックペンを手にして固まった。


「阿武さんて確か……字、上手だったよね?」


 そう言うと板とペンを唯ちゃんに渡す。


 唯ちゃんは笑顔でそれを受け取ると、とても綺麗な字で「大森さん」と縦書きに記した。


「墓標っぽくなったな~」


 金田さんが感心の声を上げたその時、優理が戻ってきた。


「ただいま~」


 優理はなんだか元気そうで、服はここに来た時の服装ではなく、Tシャツに短パンというラフな格好だ。


(おお、いい……私服って感じだ)


 手には大きくやたらと重そうな袋がぶら下げられていて、たぶん着替えた服とかが入っているのだろう。


 少し遅れて伊藤さんと美紀さんも現れた。その姿を見た瑠依ちゃんが駆け出す。


「伊藤さん、どうしたんですか!?」


 どうしたもこうしたもない、怪我をしているのだ。当たり前だと思う。あれだけ激闘で怪我で済んでいる事が、奇跡と言っても過言じゃないくらいだ。

 ちょっとぎこちない歩き方なのは、見た感じ左足を負傷しているのだろう。


 それ以上に問題は上半身にありそうだ。


 右腕は骨折した人のように、布で首からぶら下げていて。左腕は肌が見えない程に全体が包帯でぐるぐる巻きになっている。


 戦闘中に左のアバラを抑えていたのは、おそらく肋骨が折れていたのだろう。腹から胸のあたりまで包帯グルグル巻きで、脇腹をかばうようにコルセットまで装着されていた。


 そんな状況では上着を着る事も出来なかったのだろう。マントのように両肩に引っ掛ける程度だ。


 額に巻かれた包帯は、左目から左耳にもかぶっており。見えているのは右目、右耳、口、鼻、首と胸部くらいだ。

 本当に満身創痍な状況で戦ってくれたのが伝わってくる。それだけ多くのダメージを蓄積している状況で、よく滝まで歩けたものだ。


 伊藤さんは自力で歩いているが、その横に美紀さんがピッタリと寄り添うように歩いてる。


 金田さんが心配そうに声をかける。


「先輩、ボロボロっすね」

「ボロボロとか言うなよ、負けたみたいじゃんか!」


 伊藤さんは明るかった。

 本当にボロボロの見た目になっているが、明るい声で応対してくれていた。


 駆け寄った瑠依ちゃんは本当に心配そうに、泣きそうな顔で寄り添って歩いている。伊藤さん達がテーブルまで到着すると、美紀さんが俺に問いかけた。


「どこに作ったの?」


(山賊達の墓の事か)


 六人の墓はこのキャンプから北側、少し斜面を登ると、また下りになる。その斜面を下りると少し平らな場所があり、そこに六人分の墓を作った事を伝えた。


 少し離れていないと落ち着かない気がしたからだ。その分、遺体を運ぶのは苦労した。


 歩くのが辛そうな伊藤さんは、とりあえずベンチに腰かけている。美紀さんは俺の説明を聞くと、伊藤さんの所へ戻った。


「あのね、伊藤さん」


 そう言って話し始める美紀さんは、伊藤さんの正面でしゃがみ込み、伊藤さんより低い目線で、伊藤さんの膝に手を置いている。


(ボケ老人に話しかけてるみたいだな)


 そんな風に見えるくらい、美紀さんは丁寧に言葉を選びながら語りかけていた。


「いや、今いくよ。ありがとう美紀ちゃん」


 伊藤さんは辛そうだ。骨が折れたり、打ち身や刀傷があるのだろう。となれば、熱が出ていてもおかしくない。


 美紀さんは伊藤さんに頷くと「優理」とだけ、優理を呼んだ。

 優理は美紀さんとアイコンタクトを取るようにしながら伊藤さんに駆け寄ると、美紀さんと同じような体勢になる。


「伊藤さん、ちょっとだけだよ、すぐ戻って休むんだよ? いい?」


 心から心配しているんだろう。なんだか本当におじいちゃんに話しかけているようで、少しだけ可笑しかった。

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