第33話 届かなくても
日を遮る木々が、騒めきながら風を運ぶ。
異様な空間で、優理の言葉が続いた。
「だからだよね。ホントは必要なかった覚悟まで決めさせてさ」
その通りかもしれない。
優理と俺と、唯ちゃんと瑠依ちゃん。この四人がいなければ、頭のいい四人だけなら色々な事が出来ただろうと思う。
今回も逃げるなり、待ち伏せするなり、もっと色んな策が練れたはずだ。足手まとい四人を守りながらでは、人を殺す覚悟をしないといけないのかもしれないと、俺でもなんとなく分かった。
「伊藤さんはさ? 優しいよ。きっと誰よりも優しい。そんな伊藤さんにこんな事させちゃって、ゴメンね」
優理は血に染まった手で、同じく血に染まった伊藤さんの手を握る。少し泣くのも落ち着いてきた様子だ。
「私の想いは……届かなくてもいいんだ。でもお願い」
本当に優しい人だ、その人がこんな風に人を殺める覚悟を決め、俺達を守ってくれた。きっと今、伊藤さんの心は深く抉れている事だろう。癒してあげたいと言うか、少しでも埋めてあげたいと言うか。
なんとなく、優理の気持ちは理解できる。
「お願いだから、少しでいいから、何かさせて」
その優理の声は、優しく、強く、きっと伊藤さんの胸にも響いただろう。
伊藤さんは背中しか見えない。
けど、何故だろう、優理の言葉に泣いているような気がした。
二人のやり取りを見守る俺達には、言葉をかける隙間が無い。
それは、この空間が異常すぎる所為もある。血に染まったご遺体が、大森さんを含めて六人分。そして、真っ赤に返り血を浴びた伊藤さんと、その伊藤さんに抱き着いて同じように血まみれになった優理。
そしてその場に似つかわしくない声が、当事者である伊藤さんから発せられた。
「あのな? 優理、ひとつだけ、なんか勘違いしてるみたいだから言っとくわ。誰が届いてないって言った? んな事、一回も一言も言ってないからな?」
(ええええ! 今このタイミングですか?)
微妙な言葉ではある。
聞く人間によっては色々な解釈が出来そうな。伊藤さんらしいズルい言葉だと思うけど。
言われた優理の表情は、血まみれでよく見えないながらも、両目いっぱいに感動の涙を浮かべているように見える。
「でもな、こんな血まみれで言うセリフでもないだろ? もう乾いてきた、滝にいくぞ!」
ちょっとおどけた感じで、上手く誤魔化した雰囲気もあった。
「うんっ」
小走りに滝に向う二人。
そんな目で二人を見ていたら、伊藤さんが突然立ち止まって振り返った。
「美紀ちゃーん! 着替え持って来て!」
それだけ言い残して二人で去って行った。
頼まれた美紀さんが大きくため息をつく。
「これってタイミング難しくないですか? 行ったらラブシーンの真っ最中とか絶対見たくないんですけど!」
うん、それは確かに見たくないね。
その美紀さんの言葉に金田さんが反応した。
「自分がもっていこっか?」
多分、なんの下心もな無い、親切心から出た言葉だろう。そんな金田さんを灰にしたのは瑠依ちゃんだった。
「変態さん! 優理先輩の着替えを覗く気ですね?」
「んなっ!」
金田さん、どうも瑠依ちゃんの変態扱いに固まる習性があるらしい。
いや、そんな事はどうでもよい。
俺は今、やらないといけない事がある。
「あのさっ!」
俺の声に、皆がこちらを見た。
別にすごく深い考えがあるわけじゃな。
思った事を言うべきだと感じたんだ。伊藤さんに言われた「自分を信じて選択する」ってやつかもしれない。
「伊藤さんと優理が戻ってきたときに、山賊達や大森さんの無残な姿を見ないで済むようにしよう!」
これだけ言い切った。
人の屍に触った事はない。正直、触りたいとも思わない。
けど、そんなの、伊藤さんが決めた覚悟や、実行してくれた覚悟に比べたらどうと言う事はない。
唯ちゃんが賛同の声を上げてくれた。
「そうですよね! 優理が血まみれになってまで伊藤さんの心を癒したのに、私たちが何もしないって訳にはいきませんね!」
(唯ちゃんって、たまに核心を突くような事言うね)
本当に言う通りだ。
あのまま伊藤さんを一人で行かせて、一人で寂しく水浴びさせていたら、俺達はきっと後悔したに違いない。
「よし! お墓作ろう!」
つーくんがの声に、瑠依ちゃんが小屋裏の物置を指さして叫んだ。
「作業道具ならいっぱいある!」
「そんじゃ、先輩が戻ってきたら手を合わせられるくらいにしときますか!」
金田さんが腕まくりしながら、さっそく作業に取り掛かる。
結局、二人の着替えは予定通り美紀さんが持っていく事になった。唯ちゃんと瑠依ちゃんは、バケツを抱えて少し上の沢まで水汲みだ。小さい体で黙々と、何往復も水を運んでいる。
俺を含めた男連中は、とにかく大きい穴を六個掘らないといけない。
未来のスコップは高性能でモリモリ掘れたが、六個は結構大変だった。
そしてなにより、その穴にご遺体を運ぶのがもっと大変だった。俺も、金田さんもつーくんも、手足はけっこう血だらけになり、唯ちゃんたちが持って来てくれた水を使って、地面や衣服やテーブルやベンチに付いた血を洗い流していた。
自分の手に付いた血を洗いながら思う。
(そうさ、優理に負けてられないな)
すっかり日も高くなり、お昼はとっくに過ぎている時間だろう。温かい日を浴びながら、俺は独り言を呟いていた。
「届かなくても……か、そうだよな」
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