第17話 変革の条件

 色々と思う所を出し合ったが、伊藤さんだけ黙ってそれを聞いている。


 つーくんは、そんな伊藤さんに少々不満そうではあったが、俺と金田さんは全く気にしていない。参加してくれている以上、最後には思っている事を言ってくれるだろう。タイミングは任せる事にした。


 信じていい人だ。

 この人が考えている事や、やる事は意味不明な事が多いが、意味不明なのは、俺の考えが伊藤さんの考えに遠く及んでいないからなのだと思っている。


(たまにホントに分からない事もあるけど、爆笑とか、ルービックキューブとか……)


 それは置いといて、ここまでハッキリと負けを認めるのも、伊藤さんが相手ならば清々しい。追いつけるか分からないが、いつか追いつきたいと思う。


 会話が行き詰った。


 それは『最も単純に最短距離で歴史の変革を狙った場合』について、つーくんが出した仮説に対して結論が出てこないのだ。


 その仮説とは【今すぐ尾張へ向かい、後の豊臣秀吉である木下藤吉郎を殺害したら、歴史の大きな変革になるのではないか】という物だ。


 現時点での木下藤吉郎は身分がそれほど高くないらしく、家来も少なく警護もさほど厳重ではないだろう。殺害という手法にはかなり抵抗があるけれど、やるやらないは別にして、可能性だけの話としては十分にありうる。


 伊藤さんをチラ見してみる。

 黙ったまま口を開く様子がない。


 金田さんを見てみる。


(あれ? 金田さん答えにたどり着いた?)


 俺と目が合って、ニヤリと笑ったのだ。

 でも何も言わない。その意図を俺はすぐに理解した。


(もっと考えろって事だよな、よし)


 つーくんもまだ、考える事を辞めていない様子だ。俺もまだ考えてみよう。


(変革の条件か……)


「あっ」


 つーくんが声を上げ、伊藤さんと金田さんを交互に見ながらため息交じりに言葉を続けた。


「なーんだ、お二人揃ってとっくに気付いてるって感じですね」


 そんなつーくんに、金田さんがドヤ顔を見せる。


「その通りだよ三位通過くん、これくらいは自分で気付かないと」


 変な呼び名になったつーくんは、別に悔しがるそぶりもなく。


「ですよね。流石です二位通過先輩」


 そう言って、また何かを考え始める。


(乗るのね、これ乗るんだ)


「然様、精進いたせ」


 伊藤さんはまだ武士語がブームらしく、ウンウンと頷いていた。


(なんか危機感沸いてこないな)


 このテーブルには一位から三位の通過者が揃っている。候補者最強の組み合わせだ。


(俺、ちょっとレベルが違うのかな……)


 この三人の余裕たっぷりな感じに、少しだけ自分に不安を感じてしまった。


 ま、そうは言っても俺だってそこまでバカじゃない。

 いや、バカかもしれないけど、それでもつーくんが相棒に選んでくれた男だ。趣味だけじゃない、ちゃんと能力や人となりまで見てくれての選択のはずだ。


「んー。先輩はもう、その先の解説までたどり着いてる感じっすね、結論出たって顔してますよ」


 金田さんが隣に座る伊藤さんの顔を覗き込む。

 そこでようやく、伊藤さんの口が開いた。


「あ、そう? って、やっと気付いたか、しゃべっていい?」


 どうやら、解説を求められるまで待っていたようだ。伊藤さんの解説を聞くのが一番早いのは分かっている。俺の思考回路では、伊藤さんの考えている場所にたどり着くのに何日かかるかわからない。


 ついに伊藤さんが口を開こうとしている。

 金田さんは俺に「いい?」と、口には出さずに目で聞いてきた。もう、いいも悪いも無い、俺は頷いた。


「むっ? たわけめ、ようやく気づきおったか。申してもよいのか?」


(え? 武士語に言い直した!)


「ぶっ! 言い直しましたね!? あひゃひゃひゃ!」

「アハハハッ!」


 笑いは、このテーブルには収まらなかった。


 所々で、釣られて吹き出す音が聞こえる。クスクスと堪えながら笑う女の子の声もする。

 それはそうだ。このテーブルでの会議は、この簡易キャンプ中の注目を一身に集めているのだから。


「あーもうやめやめ、普通に話しますごめんなさい」


 そんな伊藤さんの言葉に、笑の輪が広がっていった。


「……で、真面目に話すけどさ」


 伊藤さんが話始めると、ピーンと張りつめた静寂が戻る。


(これ、カリスマってやつかな)


「先輩、カリスマすぎっす」


 金田さんが小声で呟く。


(言わなくてよかった……)


 伊藤さんの解説が始まった。


「ゲームチェンジャーに認定されるには、大きな変革が必要だ。ゲームチェンジャーに認定される出来事を仮に【ゲームチェンジ】と呼ぶとしよう」


 そう切り出すと話を続けた。


「その出来事を【ゲームチェンジ】と認定するのはは誰か。説明にあったでしょ、選考委員が投票で決定するって」


 もう、簡易キャンプ全体が聞き入っている。


「てことはさ、選考委員が『そんなの面白くない!』とか思っちゃったら、それは【ゲームチェンジ】に該当しないと思うんだよね」


(そうか、確かにそうだ)


「で、ここまでは分かってたでしょ? 金田くんと須藤くん」


(そ、そうか、そうだよね)


 金田さんとつーくんは、黙って伊藤さんに頷いていた。金田さんとつーくんが望んでいたのは、この続きだ。


「歴史上重要な人物をどうにかしたところで【ゲームチェンジ】は発生しない事になる。でもね、この議題の怖さはそこじゃないんだよ。本質的にもっと重要な問題がある」


 伊藤さんがその問題とやらを話そうとした瞬間だった。


「俺達がこの時代で有利に立ち回れるのは、歴史を――



 ――ピュイピュイピュイピュイ



(な、なに?)



 ――ピュイピュイピュイピュイ



 警報じみた電子音にかき消され、後半部分が聞こえなかった。多分、伊藤さんも最後まで言っていないと思う。

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