第16話 暴走天使

 膝を抱える優理の所へ、俺はゆっくりと歩く。

 生還者コンビの間をすり抜け、うずくまる優理の前に到達した。


「なあ、お別れ言えたのか?」


 これはかなり余計な一言だったようだ。


 次の瞬間、飛び跳ねるように立ち上がった優理は猛然と走り出した。伊藤さんが消えた山道へ向け、無言のまま駆けていく。


 その背中に、美紀さんが叫んだ。


「優理! 行くな!」


 青い顔をした美紀さんが、サポートの子たちに命令を下した。


「瑠衣、更紗、先行スタッフに緊急連絡! 瑞穂、唯、二人は優理を追ってくれ。必ず五キロ圏内で確保しろ!」


「はい!」

「はい!」


 呆気にとられる候補者たちを前に、美紀さんは小さく頭を下げた。


「皆さん、申し訳ありませんが、優理を止めてください。五キロ圏内を出た場合、私達サポートのスタッフも帰還を許されないのです」


「分かりました!」


 俺は元気よく返事すると、慌てて優理を追いかける。

 俺の一言がいけなかったのだろうから、責任を感じているという面もあった。


「石島ちゃん、早く早く!」


 俺より後に走り始めた金田さんは、もの凄い速度で山道を駆け降りていた。やたら足が速い。


 途中で金田さんと別れ、優理の捜索に全力を挙げる。夜になるまで探したが、結局優理の姿を見つける事は出来なかった。



 深夜。


 一度キャンプに集まって次の捜索を打ち合わせしていた俺たちの所へ、伊藤さんがひょっこり姿を見せた。


 そして、この一件はあっさり解決した。


「シー、寝ちゃってるんだ。子供だよな」


 そう言った伊藤さんの背中には、その背にもたれ掛かって寝息を立てる天使の姿があった。


 疲れた表情の美紀さんは、苦笑交じりに言葉を漏らす。


「こんな可愛い寝顔を見せられたんじゃ怒る気になれませんね。皆さん、本当に有難う御座いました」


 深々と頭を下げた美紀さんの表情は、安堵の色に満ちていた。



 事件の顛末はこうだ。


 捜索に出た金田さんが伊藤さんに追いつき、優理の一件を伝えた。

 そこで伊藤さんは、優理が斜面を降りて先回りするだろうと予測し、道なき山中を横切って優理との接触に成功。


 ところが、その場で散々罵られ、日が暮れるまで話し込んだそうだ。挙句、足を捻って動けなくなっていた優理を背負ってキャンプに戻るはめになったらしい。


 二人がどんな会話をしたのかは気になるが、一先ずは安心である。


 翌朝、俺はかなり頑張って早起きした。

 理由は簡単、伊藤さんが出発する前に話を聞きたかったからだ。


 昨日、優理が逃走劇を展開している間に、薄情な何人かは伊藤さんを追うように出発してしまった。生還者コンビと、大森さんだ。


 彼等はもう伊藤さんが京都に向かっていると思っているはずだ。俺はまだ伊藤さんの近くにいれる。それは案外にもラッキーなのかもしれないと思い始めている。


(そう考えると、優理に感謝だよな)


 伊藤さんが何を考え、どう行動するつもりなのか、じっくり聞かせて貰う時間をどうにか作りたいと思う。


「お、石島ちゃん早いっすね」

「あ、はい、伊藤さんを逃がさないようにと思って!」


 金田さんと挨拶を交わした直後、真後ろから声をかけられた。


「誰が逃げるって?」


 すごく驚いた。俺の真後ろに伊藤さんが立っていたのだ。


 俺達は朝靄のかかる中、テーブルを囲んで携行食を取り出す。朝食を取ろうという事になり、他愛もない会話に花が咲いた。俺は伊藤さんと話がしたかった。


 優理の事は、昨日の一件の影響か、一晩明けたら驚くほどスッキリしてしまった。伊藤さんに背負われていたあの幸せそうな寝顔が、俺の心に強い意志をくれたようだ。


「伊藤さん、やっぱり京都に行くんですか?」


 とにかく話題を今後の事にセッティングして、伊藤さんに喋って貰いたかった。


「行かないかな~。時間も食料もロスったし、とりあえず稲葉山にって感じだね」

「じゃあ一緒っすね!」


 金田さんが嬉しそうな反応を見せる。もちろん俺も嬉しい。どっかりと椅子に座った金田さんの表情が、いつになく真面目なのもに切り替わった。


「さて、ちょっと真面目に話しますか。先輩も混ざってもらってもいいすか?」


 金田さんの呼びかけに、伊藤さんも小さく頷いてテーブルに着く。


「断る理由はない。よかろう」


 自然な流れで俺の相棒であるつーくんも参加し、四人でテーブルを囲んだ。


 何故か武士語になり始めた伊藤さん、俺とつーくん、そして金田さん。四人で今後の作戦会議が始まった。

 今後と言っても、遠い先の事は誰にもわからないので、まずは稲葉山城に近い井ノ口という町に行く事に決まった。俺達の時代では岐阜市のあたりらしい。


「え? 先に言ってくださいよ、だったらもっと簡単に理解できたのに」


 稲葉山城というのは、ようするに岐阜城だそうだ。


 その後も難しい話しが続いていた。

 理解出来ない訳ではないが、歴史の知識がさっぱりな俺には難しい言語が多すぎる。


「ここまではいいっすね。で、こっからが大事っす。変革について、受けた説明をどう理解して、俺達はどんな変革を目指すべきかって話っす」


 話を続ける金田さんの表情は、二位通過の凛々しい物に変わっていた。

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