ゲネシスファクトリー 壱 【欺く者】

◆◇◆◇◆


◇ゲネシスファクトリー日本支部

 時空域最高管制室


 複数のモニターが設置された室内に、緊張が満ちていた。


「ジャパンゲート第719号、検体候補者十五名並びに臨時検体八名の転送を完了」

「転送完了を確認、監視モードに移行」


 監視モードへ移行した事を知らせるパネルが点灯する。


「監視モードへの移行を確認、指示を待って特別隔離モードへ移行します」

「了解、特別隔離モードへの移行準備開始」


 複数の管制官が復唱する中、モード移行を表示するパネルが異常を知らせる点滅を開始する。


 その様子に、室内の中央に位置する席に腰を据えた男が小さく呟いた。


「すまんな、佐川……」


 時空域最高管制室の責任者である。

 どこか遠くを見るような瞳で呟いた責任者に対し、その傍らに立つ初老の男が声をかけた。


「己の娘よりも、古き友の忘れ形見の心配ですか。美しい話だ」


 声の主は、時空域最高管制室の副官である。

 責任者よりも多少年嵩で、初老に差し掛かってた。

 その声かけに、責任者は副官を見ることなく、言葉だけを返しす。


「貴様はいいのか」


 副官はニヤリと笑って答えた。


「技推からの要請にある検体の必要数は、最低六体。候補者の数を考えれば、臨時検体が選択される可能性は低いですからな」


(自分の娘の性格を分かっていないな。哀れな男だ)


 責任者の傍らに立つ副官には、自分の言葉に応えない上司を気にする素振りは無い。


 ただただ己の言いたい言葉を並べていく。


「それにしても技推の力も弱くなりましたな。レベル3の超極秘ミッションすら、選考委員会に非公開で行えないとは……」


 技推とは、技術推進室を指している。

 副官の言葉に、責任者は仕方なさげに返答した。


「予算が無いのだろう。とにかく選考委員会に悟られるなよ」


 責任者はそれだけ言うと、再び口を閉じる。

 だが副官のほうは言葉止める気が無い。


「技推も我々も運が悪い。今回は選考委員会がかなり注目しておりますからな」


 管制室のメインモニターを睨んだまま微動だにしない責任者を他所に、副官は構うことなく言葉を並べた。


「初参加で四三九票。もっと別の使い道もあるというものだ。あの男は検体にはもったいない」


(よく喋る男だ)


 責任者は普段から口数の多いほうではないが、比較するまでも無く副官は普段からよく喋る男である。


「伊藤修一といいましたかな。アレが戻らなかったら顧客が大騒ぎするでしょうし、委員会が黙っていませんぞ」


 責任者は、この饒舌な副官の事を心底気に食わないと思っている。

 それは副官も同様に、無口で本心の知れない責任者を快く思っておらず、無意識のうちにその言葉に嫌味が混ざり込んだ。


「今からでも延期に出来ますが」


 少しの間を置くと。


「それでは室長のお立場が危うくなりますね」


 副官はククッと嫌らしい笑いを漏らす。


(貴様のほうがよほど危うい)


 責任者は感情を出さず、無言を貫いでいた。


「では、予定通りに」


 副官の催促に対し、責任者は返事の代わりに右手を軽く上げて合図する。副官はその合図に小さく頷くと、管制室に響き渡る声で指示を飛ばした。


一〇一八ひとまるひとはち時、現時点を持って極秘ミッション第六十一号のプロテクトを解除。ジャパンゲート719号を特別隔離モードに移行、ミッションの速やかな遂行に移れ!」


 管制官の各モニターに、極秘ミッションの概要が公開される。


「レベル3? りょ、了解。ミッションの速やかな遂行に移ります」


 女性の管制官が一瞬、苦虫を噛んだような表示を見せる。


「そんな顔をするな、これも発展のためだ。くれぐれも悟られないようにな」


 管制官を諭す副官は、怪しい笑みを浮かべていた。

 管制室に緊張が走る。


「室長、本当によろしいんですか?」


 管制官の中では、一番若い男が責任者に問いかける。責任者は沈黙を破り、若い管制官に短い言葉を投げ返した。


「お前はどうなんだ」

「嫌ですよ。当たり前じゃないですか」


 若い管制官の語尾には、震えが混じっていた。

 責任者はそんな若い管制官を気遣うように、優しい声音で語り掛ける。


「すまんな。だが私情は抜きだ。お前達も、俺もな」


 責任者の言葉に、若い管制官は小さく頷いて目の前の操作パネルに手を伸ばす。


「分かっています。それに、俺は信じてますから」


 そう言って、決意を込める様にパネルの操作を開始した。


「室長を、父さんを、美紀を、それと……自分の腕も!」


 その若い管制官の言葉に、そのやり取りを眺めていた副官はまたニヤリと笑みを浮かべる。




 ――ピュイピュイピュイピュイ




 最高管制室に甲高い警報が鳴り響く。

 誰にも慌てた様子はない。故意に起こしている事態なのだ。


「特別隔離モードに移行します! 移行完了まで千二百秒!」


 メインモニターに表示された「1200」は、一秒毎にその数を減らしていく。

 警報が鳴り響く中、若い管制官は誰にも聞こえない声で呟いた。


「例え検体に志願したとしても……俺が必ず見つけ出してやる」


 警報が支配する室内で、ゆったりと時間が流れていく。


「残り千百秒!」


 女性の管制官が特別隔離モードまでの残り時間を叫ぶ。

 その時、責任者が立ち上がった。


「ようし、お前ら、一芝居打つぞ。悟られるなよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る