第2話 飛び降りた先は未来

 状況の理解は出来なかったが、床に這いつくばっている俺の周囲には大勢の人達がいる。それだけは分かった。


 立ち上がる事も出来ず、ろくに周囲を見渡す事も出来ていないが、なんとなく大勢の人がいるのは分かる。


「お兄さん大丈夫? ごめん、また後でね!」


 さっきの女の子だ。

 頑張って声のする方に顔を向けたが、足早に立ち去る女の子の後ろ姿しか見る事が出来なかった。


『参加者が揃ったようですので、これより開会式を始めさせて頂きます』


 スピーカーから響く女性の声に、周囲は一層騒がしくなった。


 その騒がしさを鎮めるかのように、照明が落とされたのか視界が暗転。

 周囲の緊張が伝わってくる。ここまで静まりかえると、自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。


『ようこそお集まり頂きました』


 部屋全体に響く、凛とした先程と同じ女性の声。恐らくスピーカーを通して全方位から流されているのだろうと気付く。


『只今より、ゲームチェンジャー候補者選考会の開会式を行います!』


 まったく意味がわからないまま始まった開会式とやらは順調に進み、俺は割り振られた番号通りに整列させられた。


 何より不思議なのは、俺以外は全員がこの状況を受け入れている事だ。俺一人だけ、挙動不審になってオロオロしている。


(なんだよこの状況……)


 自分の心配をしているのは俺だけで、他の皆はある事に夢中だった。手元に配られた資料に見入っているだ。


 本当によくわからない。



――歴代ゲームチェンジャーの偉業


 そう題された配られた資料をペラペラと開いてみたが、まったく意味が分からない。じっくり読んでいないので詳細は不明だが歴代ゲームチェンジャーとやらの紹介ページを見る限り、どうやら本当にゲームのようだ。


 それぞれのページの見出しを見てみると。


 ・エジプト文明で議員制度の導入に成功

 ・劉備の大陸統一から漢王朝の復興に貢献

 ・コロンブスよりも早くアメリカ大陸を発見

 ・イスパニア海軍の敗戦を阻止

 ・西郷隆盛の九州統一に軍師として貢献

 ・アヘン戦争に勝利し清国の東南アジア進出に貢献

 ・ライト兄弟よりも早く有人飛行を実現

 ・古代ローマ帝国で生命保険業を開業


 などなど、あまり歴史が得意ではない俺でも「そりゃねーだろ」と思うような内容が記載されている。しかも、西郷隆盛の所以外は、ゲームチェンジャーが日本人ではなかった。


 資料の何処かに、この資料の制作元が記載されていないかを探してみる。


(ゲネシスファクトリー、知らないな)


 他にも探してみたが、それっぽい記載は見当たらない。


 並んでいる列の中に、あの白パンツの女の子は見当たらない。

 どうもあの子は参加者ではないようだ。


 何はともあれ、まずはこの状況を理解したかった。

 人間は、理解できない状況に置かれると不安でどうしようもなくなるんだと痛感している。


 その時、場内に再び音声が響いた。


『それではこれより、班分けを発表します』


(この声、白パンツ!)


 広間全体に響くスピーカーから発される声に、聞き覚えがあった。


『わたくし、班分けの司会を務めさせていただきます、佐川優理と申します』


(さがわ、ゆうり……か)


『まだ新人ですが精一杯努めますので、皆様宜しくお願いいたします!』


(説明させなきゃ)


 そう思ってはみたものの、この状況で大声が出せるほど俺は凛とした性格を持ち合わせていない。小心者なので、とりあえずあの子がここにいるって事と、名前を知れたって事で満足するわけだ。


 本当に発狂しそうなくらい不安なのに、大人しく班分けされて誘導に従っている俺は、根っから小心者なんだろう。


 今更だけど気付いた事は、参加者として班分けされている人間は全員が男だって事だ。


『今回見事に合格したゲームチェンジャー候補者の方々に、挑んでもらうヒストリーを発表します。皆さん、天井をご覧ください!』


 白パンツが話し始める前まで、なんて事なかったこの広間の天井は、いつの間にか半球型の巨大モニターに変貌していた。


 驚いたのは俺だけじゃない。あちこちから驚きの声が上がったが、それ以上に映し出された映像に歓喜の雄叫びが上がっていた。


 映し出されていたのは日本の武者らしい人達。

 鎧を身に着け槍を持ち、ある者は騎馬と思われる小さ目の馬に跨り。ある者は軽装な鎧に刀や弓を持ち、カラフルな登り旗を背負って戦っている映像だった。


「きた!」

「待ってました!」


 急に広場が騒々しくなった。


(これって……なに?)


 特に歓声が上がったのは、鉄砲隊と思われる集団が一斉射撃をする映像だった。


「ほら! きたろコレ!」

「まちがいねぇ! 戦国時代っしょ!」

「こりゃ死んでも悔いねぇ! ラッキーだぜ」

「江戸がよかったなぁ……幕末とか」

「俺は源平合戦がよかったけど、まぁ仕方ないっか」


 モニターの映像を見た感想を、それぞれが勝手に口にしている。


(いやいやいや、なにが良い? え? どうなるのこれ!)


 俺にはさっぱり、どうにもこうにも理解不能なだけだ。


『はいはーい、お静かに』


 白パンツの声で広間にまた静寂が戻る。


『もうお分かりですね? 今回挑んでもらうヒストリーは……日本の安土桃山時代です!』


 白パンツの言葉に、広間は大盛り上がりだ。まるでサッカー日本代表が得点を決めたかのような、そんな歓声に包まれた。

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