第1話

ストーリーテラーによって、役割を与えられた人々が住むその場所は、想区と呼ばれる。


それぞれの想区にそれぞれの物語があり、想区の住人達の手で廻り紡がれ続ける。


それは円環の如く。


それは循環の如く。


定められた時を定めに従って紡がれ続ける物語。


想区が想区たる所以は「物語」を紡ぐ「役割」を担う者達が、己が役割を果たすが故。

役割を果たす者のいないその場所を、果たして想区と呼んで良いものか。


かつて、一つの物語を紡ぎ続けた想区は、カオステラーによって運命を歪められ、破綻を来し、想区たる意味を喪った。





「こりゃひでえ」


どこまでも続く渇いた大地にタオは思わず声を上げた。


「これが想区の成れの果て、ですか……」


シェインがポツリと呟いた。


「違うわ」


そこへレイナが強い否定を返す。


「まだ、ここは想区の役割を放棄してない」


渇いた風が少女の髪を揺らす。


「ここにはまだ、物語が息づいてる」


果てなき大地をレイナは強い目で睨んだ。


「まだ間に合うわ。」


そんなやりとりを耳にしながら、エクスはただ、その光景を茫然と見つめていた。





「つってもなぁ……」


タオは呟きながら槍で襲い来るヴィランを貫いた。


見渡す限り、敵、敵、敵。


何もなかった先ほどの光景とは間逆の現状に、内心ため息を吐いた。


『随分と余裕ではないか』


「んなこたねえよ」


その声に返し、迫り来るヴィランを盾で弾き返す。


宙へ放り出され、態勢を失ったヴィランに光球が命中する。


「ナイスだシェイン!」


タオが神官姿の少女へと親指を立てる。


『やはり余裕ではないか』


タオの魂に寄り添う英雄が苦笑を漏らす。


「んなこたねえ。ま、余裕があるように見えるんなら、アンタが俺に力を貸してくれてるからだろう」


タオは向かってくる騎士形のヴィランを見据え、構えを取った。


「この身も、魂も、全てアンタからの借り物だ。お陰で俺は皆を守れてる。感謝してるんだぜ、【鉄帯のハインリヒ】!!」


槍から鋭い覇気が繰り出され、軌道上の騎士形ヴィランの鎧を貫いた。





敵を殲滅すれば、あとに残るのはやはり荒野だった。


人はおろか、生き物の姿すら見えない。


タオやシェインの言い分もわかる。


ただ、広がり続ける渇いた大地と澱んだ空。


レイナはこの地を想区と呼んだが、「想区」と呼ばれる日はあと僅かだろう。



消滅の時は近い。



何も知らないエクスですらそうとわかるのだ。


ソレでもレイナは言う。


想区の消滅を回避できると。


それにはこの想区の「主役」が必要だ。


しかし、今のところ、動いているのはヴィランと彼ら4人のみ。


行く道に村や町もあったがやはり人の気配はなく、動いているものはヴィランのみ。


それらを倒してしまえば、乾いた静寂だけが訪れた。


そんな事を幾度となく繰り返した先にそれは唐突に現れた。


4人は森の中をさ迷っていた。

案の定というべきか、レイナが迷ったのだ。


「だからこっちじゃねえって言ったぜ、お嬢」


「仕方ないじゃない!足を滑らせたんだから! それにこれはきっと、神様が私の考えを肯定してくれたのよ!!」


「ものは言いようとは言いますが、姉御は息をするように迷子になりますからね。その神様はきっと迷子の神様ですよ、シェインとしては宗旨替えを進言します」


「まあまあ、ひょっとしたら、レイナが最初に言った通り、案外近道かもしれないよ」


「新入りさんはこういう時だけ無駄にポジティブですね」


「はは……」


シェインの淡々とした指摘にエクスは引きつった笑みを顔に浮かべた。


枯れかけた森の中を歩く4人は未だにヴィラン以外の存在と遭遇していなかった。


「人っ子一人みつからねえんじゃ、手掛かり一つ掴めやしねえ」


「人がいないのなら、せめてあの大きなお城にカオステラーがばばん!と現れてくれれば楽なんですけどね」


タオとシェインが同時にため息を吐いた。


「カオステラーはこの想区に確かに居るわ」


消滅寸前の想区とは、見捨てられた土地だ。ストーリーテラー然り、カオステラー然り。

その見捨てた筈の土地に、一体どのような理由でか、カオステラーは存在していた。


「でも一体どうして……」


エクスが考え込む。


「まさか、この想区と一緒に心中しようってなわけでもないだろうがよ」


そんな会話を交わしながら進む中、シェインがぴたりとみを止めた。


それに合わせて3人が足を止める。


シェインがチラリ、とタオに目配せすると、タオが小さく頷いた。


「そこにいるのは誰だ」


タオの呼びかけに一拍遅れて茂みががさり、と揺れる。

茂みを踏み分け、両手を上げて現れたその姿に、呆気に取られて固まった。

挙げた両手にはピンクの肉球。羽根飾りのついたつば広の帽子から覗くのはきらりと光る金の瞳。2本の足には長靴が履かれたその姿。


「「「「猫ぉーーーー!?!?」」」」


4人は一斉に声を上げた。





「いやぁ、すまねーな」


「いや、構わない」


カラカラと笑うタオに猫は金色の目をうっすら笑みの形に細めた。


「まさか、第一村人が猫だったとは、迷子の神様もびっくりです」


「ちょっと、シェイン!いつまでそれを引っ張るつもりよ!」


「まあ、まあ、二人とも、そもそもその……猫さんは村……、人なの?」


二人をなだめつつ、エクスはしばし言い淀み、タオの隣に腰かける猫へと問いかけた。世の中には様々な想区がある。それこそ動物が村を作って暮らす想区だってあるかもしれない。


そう、彼らがこの想区で最初に出会ったのは「猫」なのだ。


「村人……ではないが、野良猫でもない。元はこのセカイのどこかの粉ひき小屋で生まれた猫故」


人と変わらず二本足で立つ猫は、羽根飾りのついたつば広の帽子の端を器用にちょいと下げ、目線を隠す。

己の気不味さを誤魔化すようなその仕草に4人は顔を見合わせる。


「良かったら、事情を聴かせちゃくれねえか? その、あー、と何だ」


「『猫』で構わぬ。吾輩に名はない。それに」


猫は宙を見る。


「この地にはもう、吾輩以外の猫は居るまいよ」





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