第14話 朝
俺は翌朝、変な臭いにより目が覚めた。それと、さっきまで見ていた嫌な夢のせいで気分が悪い。
俺は、上体を起こしてから目を開け、辺りを確認した。
「ひっ!」
俺は、辺りの惨状に短い悲鳴を上げて仰け反ってしまった。辺りは、モンスターで埋め尽くされていた。
ただ、生きているモンスターはいないらしく、襲われるということはなかった。
モンスターの死体は、ほとんど傷のない綺麗なものから、原型がわからなくなっているものまで様々であった。
俺は、さっきまで見ていた夢のせいで最悪の状況が頭をよぎった。
「あの女、大丈夫か?」
言葉にすると急に不安になり、俺はモンスターを乗り超え、女がいる方へ向かった。
さっきまで見ていた夢というのは、あの女がむごたらしい姿で死んでいるというものだ。
この状況を考えるとそれが正夢な気がしてならなかった。
女との距離はそこまで離れていなかったため、すぐに女の姿を確認することができた。でも女はぐったりと倒れていた。
俺は女が倒れていることに動揺し、冷静さを欠いていた。
「おいっ!大丈夫か?!」
俺はそう大声で呼びかけながら近づいた。
女のそばに着くと、俺は女の頬をはたきながら、声をかけた。
「おいっ!しっかりしろ!」
しかし、女は反応しなかった。
反応しなかったことで俺は、何をしたら良いか考えた。
こういう時って、人工呼吸や心臓マッサージをした方が良いのか?
それって合法にキスやら、胸を触れるってことじゃ……。
そんなことを考えている自分が嫌になり、俺は頭を振り、その考えを振り払った。しかしそのおかげで頭が冷え、色々と見えてくることがあった。
まず、女の体だが、服の上からではあるが外傷はないことがわかった。それだけで、少しだけ安心でき、さっきよりも落ち着けた。
それと次に確認したのが、呼吸をしているかだ。そもそも、人工呼吸や心臓マッサージなどはこの後にやるものだ。
呼吸を確認すると、ちゃんとしていたので、死んでいるとかそんなことがないことがわかり、安心した。安心すると体から力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「よかったぁ」
とりあえず、最悪の展開にはなっていないことが確認できた。
後から考えると、文章魔法を信じていれば、心配にはなっていなかったと思った。でも、モンスターの死体がたくさんあったし、夢ではあるが、女が死んでいるところを見てしまうと、心配になってしまうというものだ。
女はおそらく気を失っているだけだと思われたので、一旦放置しておくことにした。何かした方が良いかもしれないが、曖昧な知識で応急手当てをして間違っていて、深刻な状況になるよりはマシだと考えたからだ。それに、外傷はないだろうから、俺にできることはない。内臓などの損傷はわからないし、それこそ、下手に何かしない方が良いと思った。
文章魔法で治せば良いかもしれないが、人で実験みたいなことはしたくない。そういうことは、しっかり使いこなせるようになってからだ。
そういったことで、俺は何もしない方が良いということになったのだ。でも、一応寝かせておいた方が良いと思ったので、今着ている上着を脱ぎ、それをたたみ枕代わりにして、女の頭の下に置いた。
それから俺は、このモンスターの死体をどうにかすることから始めた。
どこかで聞いたことがあるのだが、血の匂いに誘われて動物が寄ってくるらしい。それなら、早くこの死体をどうにかしないといけない。まあ、俺らが移動するのもありだが、移動するなら、ここから遠くに離れないといけないだろう。あの女を抱えた状態で長距離歩くのは辛い。あの夢のことがあるため、この女を置いて俺だけで移動するということは最初から頭になかった。
そうなると、やはりこの死体の山を処理するのが楽だ。
モンスターの死体は多種多様で、いろんな種類が確認できた。翼のあるモンスターや四足歩行のモンスター、人型のモンスターまでいた。
俺は、埋めたり、燃やしたりなど処理する方法はあったが、手っ取り早く消滅させていくことにした。ただ、まとめて消滅させようとして、うまく文章魔法が発動せず、変に死体が残ったりするのは嫌なので、一体ずつ確実に消滅させていくことにした。
文章魔法で「触れているモンスターのすべてを消滅」と入力し、使った。これが便利で、あたりに飛び散っている血や肉片までも消滅できた。最初は、「触れているモンスターを消滅」としていたため、飛び散っている血などは残ってしまっている。
俺が処理をしている間、なぜかモンスターに襲われるということはなかった。「夜行性なのかな?」と結論付け、考えないようにした。モンスターの習性などわかるはずがないのだから。
俺が処理している最中に気づいたことがあった。それは、比較的綺麗な死体を見て思いついたことなのだが、「食糧として保管しておくのも悪くないのでは?」と考えたのだ。
そう考えると俺は早速、そのモンスターの皮を剥ぎ、赤身を切り出し、焼いて食べてみた。
その肉は生臭く、オークの肉と同じくらい酷く、食べられたものではなかった。オークの肉も酷かったが、オークの臭いと別の臭さがあった。一応、臭みを文章魔法で取り、改めて焼いて食べてみたが、オークの肉よりも酷いのは変わらなかった。これを食べるくらいなら、オークの肉の方が良いと思った。それに、まだオークの肉は残っているから、それが無くなるまでは無理に確保するのはやめた。もしかしたら、死体の中には食べられるのもあるかもしれないが、かなりの量があるため、それを一つ一つ調べるの大変なため、すべて消滅させることにした。
それと、モンスターを消滅させたり、捌いたりすることへの抵抗も無くなりつつあった。やはり、最初が1番抵抗があったが、それを越えてしまうと、後はあまり考えなくなっていた。
モンスターを処理している間に気づいたことが更にあった。それは、俺の方にモンスターの死体が集中しているということだ。それはつまり、俺が襲われていたということだ。でも、俺が寝ていた近くには、モンスターの死体はほとんどなかった。
以上のことから、一つの可能性が見えてきた。それは、「俺がこの魔族の女に守られていた?」ということだ。
正直、疑問しかない。俺は、女に対して酷いことをした自覚はある。まあ、女に襲われたからというのが原因だけど、今は考えないでおく。
そんなやつを助けようとするとか、意味がわからなかった。だから俺はこの女に対する見方を考え直す必要があると思った。この女を信用したわけじゃないけど、悪いやつではないことはわかったのだ。だから、俺はこの女をここに放置することはやめて、連れていくことにした。まあ、夢のこともあるからなんだけどね。
俺が女に対する考え方を変えた間も俺は手を止めることなく、モンスターの死体を処理していった。
ただ、さすがに数が多くて、全部処理する前にMPが尽きてしまった。
何もすることがなくなってしまったので、俺は女のところに行って様子見ることにした。放っておくのも無責任な気がしたので、MPが回復するまでは、近くの居ることにした。その方が何かあったときに、対処できるだろうし。
俺は、ある程度死体のなくなったこの一帯を見て驚くことがあった。
死体で隠れて見えなかったが、大きく地形が変わっていた。所々抉られていたり、木がなくなって広くなっていたりと、かなりの変化があった。
死体を消滅させている時にわかっていたが、こうして何も無くなったところを見ると、戦闘の激しさが伝わってくる。
ただ、その戦闘が行われていた間も図太く寝ていたことを考えると、自分がおかしいと思ってしまう。どれだけ安心してるんだよって話だ。
まあ、日本にいた時も、一度寝ると時間になるまで起きないなんてことはよくあった。逆に時間になると、すぐに起きるんだけどね。
女の様子を見ていたが一向に起きる気配はなかった。最悪、今日もここで野宿なんてことになることも視野に入れ始めた。なので、俺は女のことを再び放置して、薪になりそうな落ち枝を探しに行くことにした。
放置してもおそらく襲われることはないだろうし、障壁も張ってあるため、問題ないと思い、俺はその場から離れた。
しばらく、薪になりそうなものを集めて戻ってきたが、女はまだ目を覚ましていなかった。何か変化はないかと女の様子を確認したが、特に変化はなさそうだったので安心した。
それから、薪を拾っている間にMPも十分回復したので、残っている死体の処理を再開した。
死体の処理が終わっても女が起きてこなかったので、俺は朝食にすることにした。そのために薪を集めていたと言っても過言ではない。
俺は集めてきた薪に素早く火をつけ、肉を取り出し、焼き始めた。
俺が肉を焼き終え、食べようとした時——。
くぅぅぅ。
そんなかわいらしいお腹の鳴る音が聞こえた。
その音がした方を振り向くと、女が目を覚ましているようだった。ただ横になっているため、本当に起きたのかはわからなかった。
俺はそれを確かめるべく、女に近づいた。その時、手に持っていた肉は土がつかないように置いた。
女に近づくと、急に女が起き上がった。
俺はそのことに驚き、後ろに引いてしまった。
起き上がった女は俺の方をしっかりと見据えているのがわかった。俺は、女の今までとは違う様子に少し困惑していた。
何かある決心をしたかのような、覚悟を決めたかのような、そんな真剣な様子だった。
「な、なんだよっ」
俺はそう強気に言うことしかできなかった。
しかし、女は何も気にしてないのか、口を開け、こう言った。
「おなかすいた」
「は?」
あまりにその様子からは予想もできなかった言葉だったので、俺は最初理解することができなかった。
「だから、おなかすいた」
女は、俺に対して怒りでもあるかのような雰囲気だったのに、その拍子抜けするようなことを言われては、理解が追いつかない。
俺が困惑していることなんて御構い無しに女は言葉を続けた。
「何か食べるものないの?って、そこに食べるものあるじゃん。それちょうだい?」
と、女は俺がさっき焼きあげた肉を目ざとく見つけやがった。
でも、その流れでなんとなく俺は女に対する違和感みたいなものに気がついた。おそらく寝起きのためか、状況を理解できていないのだと思う。なんとなく、言葉使いもいくらか年齢が下がったように感じた。
「ねぇ、聞いてるの?早く、それちょうだいよ」
と、女が催促してくるので、俺は反射的に肉を取り、女に食べさせてしまった。
「んー!おいしー!」
女は、それに満足なのか、喜んでいた。
そこで、段々と理解が追いついてきた俺は、せっかく焼いたのにと後悔したが、女が俺を助けようとしていたこともあったので、あまり気にしないようにした。
「ん、早く次のもちょうだい」
しかし、女はまだ満足してないのか、再び催促してきた。まあ、肉1枚じゃ満足できないのもわかる。
「わかったよ」
俺はしょうがないと思い、肉を焼き始めた。
俺が肉を焼き始めて間も無く、女が話かけてきた。
「ねぇ、まだなの?」
「まだだよ」
我慢できないのか、女は催促してきた。
それから、再び女が話かけてきた。
「ねぇぇ、まだなの?」
「まだだよ」
俺は少しイラついてきた。「そんなすぐに焼けるわけないだろ!」そう言いたかったが、ぐっと堪え、焼くことに集中した。
しかし、女は待てないのか、再び話かけてきた。
「ねぇ、まだ——」
「うるせえぇ!そんなすぐに用意できるわけないだろ!待てないなら食べ——」
さすがに待てなさすぎな女に対して俺はキレた。俺は後ろを振り返りながら、言ったのだが、振り返り、女の様子を見てそれ以上言うことができなかった。
「ひぐっ、ひっく」
と、何故か今にも泣き出しそうになっていたためだ。さすがにこれに困惑するしかなかった。
「え?ちょっ、なんで?!な、泣くな、な?」
女はなんとか、ギリギリのところで泣かないでいた。俺は、どうすれば良いかわからなかったが、肉を食べさせれば良いと考え、急いで焼いた。
女にそれを食べさせると、途端に嬉しそうな表情になった。
俺はそれでホッとした。それと、ようやくなんとなく感じていた違和感についてわかった。
それは、幼児退行している、ということだ。
妙に変なイントネーションなのは最初から感じていたが、ここまでくれば、確信が持てた。
でもどうしてこうなったのかは、わからない。おそらく寝起きだからだとは思うが、確信はない。
俺はどのように接して良いかわからなかったので、とりあえず女が満足するまで肉を食べさせることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます