幕間 ~??? トリックスター~

 ――学園の騒乱とは切り離された静寂がそこにはあった。


 大理石で作られた、白い石造りの床。壁はどこにも存在せず、あまりにも広く殺風景な空間は、清浄というより無機質さの方が強かった。それに加え、ところどころに浮かんでいる“窓”が、その場所が通常の世界とは別のことわりにある空間だということを決定づけていた。


 唯一、そこにある物といえば――大きなピアノ。

 席には空間の主であるロアノが腰掛けていた。


 月を媒介に作られた、特殊な空間。テイルたちも一度だけ訪れたことのある、“神”の間。招かざれる者は奇跡でも起きない限りは足を踏み入れることも許されない、そんな場所に珍しく来客が訪れている。


「――確かに、僕の力なら可能だね」


 その男は、神であるロアノに対して不遜な態度で、交渉をもちかけていた。


 二人の視線の先には大きな窓が一つ浮かんでおり、正しく今ミルクレープたちが戦っている光景が映し出されていた。


 学園の地下で開いた“門”、そこから溢れ出る“魔神”たち、必死に抗うニハル、クロエ、アリューゼの3人と、彼らのピンチに颯爽と現れた5体の機石人形グランディール。もちろんミルクレープたちのことも、この場にいる2人はよく知っている。


 そうして、今まさに映し出されている状況は、ヨシュアが現れ機石人形グランディールたちが機能停止の命令を受けたところだった。


「でも、いいのかい? ヨシュアはキミに『勝手に行動するな』と伝えてたみたいだけど。もしも頼まれた通りに僕の力を使えば、学園の内と外は隔たれてしまう。それは彼の想定と大きく外れた展開になる可能性だってあるんだよ? 流石の彼も怒るんじゃないかな?」


 それは心配というよりも、ただ反応を見ているだけに近い。


 これによって相手がどうなるか、ということは全く気にしてはいない。交渉を持ちかけた“彼”自身すらも、それほど己の身の心配はしていないようだった。


「いいんだよ。驚くほどツマラナイあいつが悪ぃんだから。盤の上に駒を並べて、思った通りに動くか眺めているだけなんてよぉ。想定外のことを起こしたいのなら、トコトンやらなきゃ、だろ? 使える駒は全部使うのがオレ流なのさ」


 ヨシュアはいつだってそうだった。そもそもがそういう性質なのだろう。

 テイルというバグ要素を放り込むことだって、彼の提案ではないのだから。


 思い通りに物事を動かすことを好んでいる癖に、想定外イレギュラーを望んでいるという矛盾。失敗続きの計画に、一石を投じた彼のアドバイス。


 そうして今、こうして彼が動いているのも――物語を動かすために必要不可欠だと感じたからだった。使える駒を、駒を、彼は待ち望んでいるのである。


 ヨシュアとは古くからの友ではあるが、親しいわけではない。ただ、“対等な立場”であるだけ。それでも、格としては少し劣っているが故に、ヨシュアがロアノの力を一部分だけ借りたのとは勝手が違う。


 ……こうして、交渉のために赴く必要があった。

 その結果として、のだとしても。


「キミが僕の力を借りるのなら、それなりの対価が必要だよ」

「仕方ねぇなぁ……“2本”でどうだ?」


 男が指で本数を示す。それは男にとってはそれを確認したロアノは、少しだけ考えた素振そぶりを見せてから、にっこりと笑顔を見せて小さく頷いた。


「交渉成立だね」


 右手を鍵盤の上で軽く踊らせて、ピアノの音色を奏でる。

 その音に反応するように、大理石の床が魔法光で輝き始める。


 ――学園の外、ニハルやミルクレープたちが戦っている遥か上空で、月が強く輝く。その一瞬の変化に気づけた者がどれだけいただろうか。


 ロアノの力による“時間の膜”が、透明なドーム状に学園を覆っていく。内側と外側は隔てられ、膜の内でだけ特殊な時間の流れていく。何が起きているのかを把握できるのは3人だけ――


「さぁて、ここからが面白くなってくるところだぞ」


 普段は裏方に回っている男の、最初で最後の時間稼ぎ。

 “男”は歯が見えるぐらいに大きな笑みを浮かべていた。

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