第四百五話 【ミルクレープ 積年の恨み】
夜の学園中庭、天高くに昇る満月と、周囲を埋め尽くす“魔神”の群れ。その端で、ミルクレープはヨシュアの名前を大声で呼ぶ。学園中のどこにいようと聞こえるぐらいに響いたそれは、まさしく“
『チッ』と舌打ちをするも、学園内はあまりに異様な状況。ここから探しに行くのは困難を極めるだろう。たまたま生徒たちが数人おり、“魔神”に襲われていたので助けることが出来たが――
「……オイ、アカホシ――」
「わかってる。まずは彼らの安全を確保するのが先決だ」
「……本当に大丈夫なの?」
ミルクレープの呼びかけに、小さく頷くアカホシ。その様子に心配そうなシュガークラフトだったが、それも致し方ないことだった。なにせ、彼が修復ポッド内で目を覚ましたのは、ほんの数日前のことなのだから。
パンドラ・ガーデンから遥か北にある王国、エルネスタ。その外れに
そして、アカホシを“かつて世界のために戦った一人の英雄”として認め、彼の修復を望み、テスラコイルが工房を設けることを許可した。今に至るまで、そこで長い時間をかけて本体も精神も壊れ果てていたアカホシの修復は行われていた。
時には学園を卒業した後のアリエス・レネイトも工房に顔を出し、技術的な面で様々な協力を惜しむことなく行っていた。戦いの直後は酷いものだったボディの損傷は、一年という時間を経て完全に修復され、精神についても異常は無い、とシュガークラフトとテスラコイル両者から診断を下された。
――にもかかわらず数年間眠り続けていたのに、今になってなぜ?
ある日突然に、これまで変化の無かった修復ポッドが反応を示し、中にいたアカホシが静かに目を開いたのである。その時の『行かなければ……』という彼の呟きから、テスラコイルは定期的にどこかから漏れ出ている“魔界”の魔素が影響を及ぼしたのではないか、というのが結論だった。
もともと“魔族”と戦うことを使命に作られた人形たちである。
特にそのリーダーであるアカホシならば、恐らくは――と。
テスラコイルのレーダーをもってしても、反応がすぐに消えてしまうため、詳細な地点までは絞れなかったにも関わらず――アカホシは目を覚ました直後から、その存在も知ることのないパンドラ・ガーデンに向けて出発しようとしていたのである。
『データとしての何かじゃなく、勘のようなものが働いたんだろうさ』と、やけくそ気味にテスラコイルはそう言うしかなかった。
起き抜けのボディチェックもしないままに、アカホシの強い意志によって飛び出した5体の
(嫌な予感が当たりやがる……。学園がこんな状態だと分かってりゃあ、事前にテイルたちを連れてくることだって出来てたのによォ……!)
「ニハル・ガナッシュ!!」
「ヒェッ!? な、な、なんでしょうっ!?」
まさか数年前に学園で顔を合わせていたきりのミルクレープから自身の名前を呼ばれるとは露ほどに考えておらず、不意打ちに飛び跳ねるニハル。
数分前に勢いよく
「今の学園の状況を説明しろ!!」
「はいぃっ!!」
そうしてクロエから伝え聞いたことを元に、現在の学園の状況をミルクレープたちに説明する。地下にある“門”のこと、そこから溢れ出している“魔神”のこと。生徒たちの避難については、ローザが妖精を用いた転移魔法を使ったこと、不運にも自分たちはそこからあぶれてしまったことを伝えた。
「じゃあ、図書室に行けばローザがいるということだな? なら私たちが道を開くから、さっさと避難しやがれ! テメェら如きがここに留まってたら、死んじまうのがオチだろうが!」
「それが――」
ここでニハルは、自分たちが未だ中庭に留まっている理由を伝える。その“門”のある地下空間で、一人戦っている生徒がいるのだ、と。それを聞いた瞬間、『それを先に言いやがれ!!』とミルクレープは大声を上げた。
「今も一番危険な場所で!! たった一人で――!! 学園を守るために戦っているなら!! 死なせるわけにはいかねぇだろうが!!」
「だから!! 助けに行くつもりなんですよ!!」
そう言い合って一拍。すぅと大きく息を吸い、ニハルとミルクレープは前方の“魔神”の群れに向き合った。目指すは地下へと続く扉、その奥にある“門”である。
しかしながら、そこに水を差すようにテスラコイルがミルクレープに呼びかけた。
「おい……」
「あ゛ァ……?」
彼が指さした方向に視線を向けた、その先には――
「ヨシュア――」
ザァ、と
学園に向かう道中でミルクレープから、この事態は学園長が引き起こした可能性があると伝えられていたこともあり、全員が明らかに敵意を露わにしている。
「よりにもよって、これがテメェの目的かよ?」
世界を救うため、“魔族”を滅ぼすこと。
その使命を自分たちに与えたヨシュアが。
よりにもよって、学園中に“魔神”をばら撒いている。
本来ならば学園を守るために動いていないとおかしい者が、そのような気配を一切見せずに静観していることが動かぬ証拠だった。
「――ええ。現段階では、順調に私の望んだ筋書き通りに進んでいます」
「……よォく分かった」
人の心など持ち合わせていないことぐらいわかっていた。
相手は他でもない、“神”なのだから。
「テメェがこの世界にいること自体が、大きな間違いだっ!!」
ミルクレープの胸の内側で、核機石が強く魔法光を放つ。敵意は既に限界を超え、明確な殺意へと変わっていた。地面が砕けるほどの強さで飛び出しヨシュアを切り裂かんと腕を伸ばしたのだが、その程度は予想していたと言わんばかりに彼は静かに笑みを浮かべていた。
すっと上げた右手の前に小さな魔法陣が浮かぶ。
その直後――ミルクレープは制御を失い地面に叩きつけられ、他の機石人形たちもその場で倒れ伏してしまった。
「え、えぇ!? うええぇぇぇぇ!? みなさーん!? どうしたんですかっ!?!?」
クロエとアリューゼを庇いながら“魔神”に魔法を撃ち続けるも、突然に起きた事態に困惑するニハル。倒れ伏したミルクレープたち自身も、何が起きたのかを理解できていない。
「キミたちを造ったのは私でしょう。当然、緊急停止の命令を出すこともできます」
その仮面のような表情に、ほんの少しだけ笑みが強くなる。
『全ては自身の手のひらの上』と言わんばかりだった。
「遊び終わった玩具を出しっぱなしにする趣味はありませんよ。既に役目を終えた“駒”が盤上に戻ることも、私は認めた覚えがありませんね」
「クソッ……! ヨシュアァァ――!!」
この身が壊れんほどの怒りに叫び声を上げるも、その手足に力が入ることはない。これまでの恨みを乗せた一撃を叩きこんでやらねば、死んでも死にきれない。そんな感情が五体を包んでいた。
――その時だった。
「……なんだっ!?」
更なる異変が、学園を包んでいく。魔法が発動した気配はなかった。にもかかわらず、その変化は明らかで。ニハルは思わず呟いていた。
「あり得ないですよ、こんなの……!」
学園全体を覆うようにして、透明な膜が出現したのだ。
それはローザが学園中に妖精を散らばせて行使した転移魔法よりも、遥かに広い範囲を対象にしており、そんなことは並大抵の魔法使いが行える芸当ではないことだと、ニハルは断言する。
「テメェ……まだ何かするつもりか……!」
膜の内側――クロエやニハルを始め、機石人形のミルクレープたち、“魔神”たちにも変化はない。ただ、これ以上に状況が悪くなる予感しかしなかった。
「いえ、これは私ではありませんよ。……ですが、誰の仕業か、大体の予想はつきます。困ったものですね……勝手なことはするなと言っておいたのですが」
『やれやれ……』と呟いて、ヨシュアは小さく肩を
その視線は、真上に輝く満月へと向けられていた。
「ここからしばらくは、退屈な時間になりそうですね――」
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