第四百一話 【ローザ 妖精たちの大親分】

 ――時は少しだけ遡り、中央棟の大図書室へ。


 中央棟の規模からは考えられない程に広大な図書室。その主であるローザは、カウンターの上をそっと撫でながら考えを巡らせていた。


 先ほどから感じていた、怪しい魔力の気配。

 何がきっかけなのかは分からない。

 ――しかしながら、兆候はあったようにも思えた。


 ただ、問題はその正体がはっきりとしないこと。


 図書館に置いてある書物はすべて把握。記憶力に関しては学園内の誰よりも長けているローザである。自身の身の回りで起こった出来事に関しても、一つの漏れも無く記憶している。大概のことはその知識で解決できていた。


 学園内で何か起きても、詳細を聞く前には大体の顛末の予想が付いていたし、生徒たちの悩みを聞いてもたちどころに最適解を導き出す。厳しいところはあるが、教師からも生徒からも信頼されている人物である。


 ――が、今回に限っては答えが出ない。

 その不快感が、べっとりとまとわりついている。


 意図的に、かのような感覚。

 そこにあるべきものが、違和感。


「まさか……私が“記憶できない何か”があるってのかい……?」


 そういった魔法も確かにこの世には存在する。対象の記憶を消す魔法だ。しかしながら、ローザの体感では、忘却している出来事は恐らく一つや二つどころではないのは明らかだった。それだけの回数、魔法をかけられていれば、まず間違いなく痕跡が残っていなければおかしい。


(それが無いということは逆に――)


 様々な可能性を削り落としていき、ローザは一つの考えに到達する。


「記憶する側の私ではなく、記憶される対象に魔法がかかっている……」


 誰にも記憶されない魔法。もしや自分だけじゃなく、他の者からも認識されない規模のものだとしたら。それは――もはや“呪い”だろう。しかし、そう考えてみると、思い当たる節が無いわけでもなかった。


「たしかあったはずだ。違和感の元になっていたものが」


 小さな記憶の一つ一つを、脳内にある無数の引き出しの中から取り出していく。彼女ならそれができる。大きなものから順番に、どれだけ小さなものでも見逃さないように。


 過去に犯人を探すも見つからなかった、“事件”とは呼べないほど小さな出来事。


 例えばそれは――“魔界”や“魔神”について書かれた本のこと。誰かが貸出しをしたのなら、自分が覚えていないわけがない。少なくとも、貸し出すことは禁止されている上に、その棚に近づくことさえ一般の生徒には許されていない。教師だって、ローザや妖精たちに隠れてというのは難しいだろう。


 学園長であるヨシュアならあるいは、とローザは考えたが、そういったことはヨシュアが学園から姿を消した以降にも一度だけあったのである。


「私や妖精たちの記憶にのならあるいは――」


 教師ならば、そういった魔法を受けたとしても自身の力で解決できるだろう。そういった手段を持たない者――例えば生徒が被害を受けている可能性はある。だが、そういった状況で学園に残る理由は……?


 今の状況を見るに、過去に起きた“学園内に複数の魔神が出現した事件”は決して無関係とは思えなかった。少なくとも、ローザはそう判断した。


「……あの事件の引き金を、その生徒が引いたと考えるのが妥当か」


 “あれ”を起こすために、自身を他人の記憶に残らないようにして、図書室で情報を集めていたと考えることもできる。となると、教師か生徒かを絞るのもまた難しい。


「…………」


 ヨシュアがそれを野放しにし続けるだろうか。逆にヨシュアが手引していたという可能性もあるが、今度はそんなことをする理由が無いという部分に突き当たってしまう。


「本人が目の前にいれば話は早いんだがねぇ――ん……?」


 腕組みをして唸るローザの前に、急いで飛んできた妖精が一匹。

 あまり見かけることのない妖精だった。妖精魔法科の生徒のものではない。


 ヴァレリアに関しての記憶が無いのだから、ヴァレリアとともに行動する妖精も記憶から消えていてもなんら不思議なことではなかった。


「――――」

「なんだって……!?」


 ――が、妖精に伝えられた出来事を、ローザは迷わず信じた。


 学園の地下にある“門”から定期的に“魔神”が漏れ出てきていたこと。そして、それが今、溢れ出していること。それを止めるために、妖精の主人であるヴァレリアという生徒が一人で戦っていること。学園の生徒たちを守るために協力してほしいということ。


 自然の化身である妖精は、

 だからこそ、次の瞬間にはローザは動き出していた。


「――集合しな! 今すぐにだよ!」


 その号令は妖精から妖精へと伝わっていき、一瞬で数十の妖精たちがローザの目の前に集まった。


「まずは教師陣に連絡。あとは学園の中を回って残っている生徒がいないかの確認。いれば、そこから離れるんじゃないよ。時間がきたら私の魔法でまとめて移動させるからね。ここからは一分一秒を争う。さぁ、働きな!」


 パンッ、という手を叩く音を合図に、妖精たちが一斉に学園中へと散らばっていく。図書室の妖精たちはローザと長い時間を共に過ごしてきた。完璧な統率が取れており、まるでローザの手足のように動く。


「各教師はそれぞれの自室にいる。ウィルベルは……よし、保健室だね。万が一、負傷者が出た時にすぐに対応できるよう、そこで待機しているよう伝えてくれ。他の教師は“魔神”の出現を警戒しつつ、生徒が学園に残っていないかの確認をするように。テイラーは……なんだって? 学園長室にいない?」


 教師たちの元へと向かった妖精たちから、すぐさま魔力が返ってきたことを確認するも、現在の学園長であるテイラーだけが捕まらない様子。『こんな肝心な時にどこをほっつき歩いているんだい、あの馬鹿は』と唸るも、このまま指揮を執り続ける。


 こうしている間にも、各所に散らばった妖精たちから洪水のように情報が流れ込んでいた。


 各科棟一階に残った生徒は無し。

 二階にも無し。

 中央棟周辺の中庭にも無し。

 学園裏側、《特待生》各生徒就寝中。

 それぞれに妖精が一匹ずつ付いている最中。

 学生寮に到着。男子寮、女子寮ともに建物内の生徒全員の転移準備。

 学園地下に繋がる通路に向かった妖精からの応答無し。

 中央棟グループ室にて生徒を一人確認。


「…………」


 応答の無くなった妖精が気になる。“魔神”と接触したのだろうか。

 そんな中で、学園に散った妖精たちから準備が完了した旨を伝えられる。


「《特待生》の方は――クロエとアリューゼが見当たらないだって!? 何してるんだい、さっさと――……いや、このまま予定通りに学園に残った生徒たちを転移させる! 各自、そのまま生徒と繋ぐ魔法陣を出しな!」


 そう命令をして、ローザは目の前に巨大な魔法陣を展開する。図書室の床を突き破り、広大な図書室を埋め尽くすようにして、大木が生えだした。


 大木の枝の一つ一つに大きな硬い殻のついた実が成っていく。

 対象となった生徒の一人一人が、実の中で魔法の眠りに就いていた。


 図書室は学園内の中でも特別な場所である。外部からの侵入に対しては強固なシェルターの役割を果たす。ここで眠ってさえいれば、余程のことが起きない限りは安全だった。


 一つ、また一つと実が成っていき、その中に生徒たちが転移されていく。


「これでしばらくの安全は確保でき――」


 夜が明けて生徒たちが眠りから覚めるまで、この場所を守り通す。教師たちの確認作業が終わり次第、人員を割り振って応答の無くなった妖精を探しに地下の確認もしなければ。クロエとアリューゼのことも気になる。その段取りに移ろうとしたのだが――


「ぎぃええぇぇぇぇぇ!?」

「――っ!?」


 中央棟――グループ室の方から、けたたましい叫び声と、直後に爆発音が響き渡ったのだった。

 


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