4-3-2 ヴァレリア編 卒業後Ⅱ【崩壊へのカウントダウン】

第三百九十九話 【クロエ 繋げる戦い】

「ハァ……ハァ……!」


 学園の中を全力で走るのは何年振りだろう。

 クロエはそう思いながら階段を駆け上がっていた。


 点々とある明かりに照らされた階段は、永遠に続いているかのようで。下っていたときよりも長く感じるそれに疲労感を覚えながらも、クロエは足を止めない。


 腕の中には、不安そうに彼女を見上げる炎の妖精ヴァレリアの半身

 一方的に名前を知る、“誰とも知らない生徒”に託された妖精だった。


(――なぜ、私の名前を知っていたんだろう)


《特待生》ではない。一度も見たことのない姿だったから。一般とはかけ離れた能力を持ってしまったが故に、外の世界からはみ出してしまった者。殆どの《特待生》がつらい過去を持っており、他者との交流を好まない者も少なくない。


 同じような境遇を持った者とすら顔を合わせたくない、ということもあるため、クロエも顔を見たのはたったの数度という生徒だっている。しかしながら、《特待生》なのに一度も見たことが無い、なんてことはまずあり得ない。


(一般生徒が、こんな時間に、それもあんな場所で何をしてたの……?)


 学園のことを隅々まで把握していたつもりのクロエですら、一度も踏み入れたことのない場所。見覚えのない地下深くまで長々と繋がる通路をたった一人で歩くのは、とてつもない不安感があった。


 一歩一歩を踏み進める度に、“嫌な感じ”が湧き上がって。近寄りがたい、そんな空気が充満していたのに、何故だか自然と引き寄せられるかのように、迷うことなくたどり着いてしまった“謎の空間”。


 ……不思議な場所だった。


 定期的に開く“門”に振り回されていたのは、決してヴァレリアだけではない。“半魔族”であるクロエも多少なりとも、向こう側から漏れ出る魔素によって影響を受けていた。


 身体の内にある魔力が昂ぶり、どこか落ち着きが無くなる。定期的にそんな時期が訪れるため、『そういう身体の変化なんだろう』と本人は感じていた。――テイルたちが卒業する年に起きた、あの事件が起きるまでは。


 定期的に開いていた“門”に起きた不具合。それにより学園中に漏れ出た複数の“魔神”。クロエ以外の生徒にとってはただの“普通よりも大きくて凶暴な魔物”という認識に過ぎなかったが、彼女や一部の教師はその魔素の濃さから違和感を抱いていた。


「……もしかして――」


 階段を上り終え、息を整えながらクロエは呟く。

 考えずにはいられなかった。


(あの時と同じことが、また起ころうとしている……?)


『逃げろっ!!!』と叫んだあの生徒は誰だったのか?

 あの時にも、あの場所に関わっていたのだろうか?


 ――しっかりと確認する暇すらなかった。それが、クロエの中では心残りとなって足を重くする。あのまま、あの場所に留まっていては危険だということも分かっていたし、だからこそクロエは彼女の加勢に入るべきだと考えた。


 今すぐにでも回れ右して彼女の所に戻らないのは、託されてしまったから。あれだけ真剣な表情で、声で、頼まれてしまっては、断ることなどできないのがクロエだった。


「ハァ……! この子を……ローザ先生のところに……!」


 再び走り出す気力を取り戻し、薄暗い石造りの通路を駆けていく。


 利用する者が少ないのもあってか、学園の“表側”も場所によっては大概だが、“裏側”の複雑さはその比ではない。階段は規則性もなく上へ下へと伸びているし、どれだけ移動しているかが把握し辛いのだ。“表側”と違って風景から現在の位置を把握することができないのも致命的だった。


 なにより――“表側”に比べて致命的な欠陥が一つある。


「…………っ!?」


『ゴゴゴッ……』という地響きが聞こえ、足を止めるクロエ。何事かと思った次の瞬間に、数歩ほど後方に離れた地点の地面から、先程に見たものとは違う“魔神”が飛び出してきた。


 ――これだけ狭い場所では、他に逃げる場所が無かった。


「お願い、足止めして!!」


 クロエは懐から人形を数体取り出し、そして“魔神”の方へと放った。


(きっと、あの子が抑えきれなかったんだ……!)


 死んだとは思いたくない。きっと彼女はまだ戦っていて、敵の数が多かったが故に漏れてしまったのだとクロエは考えることにした。心配ではあるものの――地上へ向けて走り続ける。


 今、優先するべきは――妖精を送り届けることなのだから。


 ベキベキと、背後から一体のゴゥレムが破壊される音が聞こえてくる。予め命令している行動を勝手にとるように設定した自律型のため、戦力としてはあまり期待できない。それでも数秒、もしくは数分でも時間を稼いでくれれば御の字。


(こんな狭い場所じゃ、“あの子”は出せない。まだゴゥレムのストックはあるし、図書室までは十分余裕があるはず。あれを地上に出さないようにしないと……)


 クロエと同じ《特待生》たちの部屋は、学園から少し離れた寮ではなく学園の“裏側”にある。地下ではなく地上部分にあるため、危害が及ぶにもまだ猶予があるのが救いだった。






「早く……早く図書室に――!」


 いったい幾つの階段を昇降したのか。クロエにとっては学園の“裏側”なんて殆ど庭のようなものではあるが、何かに追われての移動なんて経験がまず無いため、いつ“魔神”が追いついてくるかの不安感に重くのしかかってくる。


 先程の魔物は床――地面を掘り進んで追いついた。複雑に入り組んでいる地下通路だからこそ、直線距離で襲いかかられるのは脅威に他ならない。


 せめてもの保険とし、少しずつゴゥレムを撒きながら逃げ続けているクロエ。自律型の最大の利点として、術者が必ずしも近くにいなくとも魔力が切れない限り動き続けるという部分がある。


(これで少しでも足止めができれば――)


 ――というのも、淡い期待だった。


 音が近づいてくる。猛スピードで。ガリガリと鳴っているのは、通路の至る所を破壊しながら迫っているから。足を止め、クロエは覚悟を決める。


「……行って!!」


 腕の中にあった妖精を前方に放り、振り向く。

 ローザの元に行くのは妖精だけでもいい。


 自らがおとりとして、“魔神”を止めようというのだ。

 

「止めてみせる! 私が、ここでっ!」


 普段から“魔神”を返り討ちにしていたヴァレリアが異常なまでの強さだったのであり、本来は学園内の生徒がマトモに単身で戦える相手では無い。


 しかし――クロエは《特待生》である。


【百騎兵団】クロエ・ツェリテア


 生まれつき備わっていたのは、ゴゥレムを操る才能。本来ならば同時に操るのは2体が限界と言われているところを、彼女は現在6体まで操ることができる。魂使魔法師コンダクターとしての実力は一級品。学園内では彼女に並ぶ者はそうそうにいない。


 最も真価を発揮するのは、個を相手に数で圧倒する場面。

 まさに、今こそがその状況だった。


「踊れっ! 私の近衛兵――!」


 数十と所持しているゴゥレムの中でも、特に厳選された材料を用いて制作した人型ゴゥレム――彼女はそれらを“近衛兵”と呼んで特別に扱っていた。


 それらはクロエの操作技術により、一体一体が人間そのもの、もしくはそれ以上の動きををする。彼女自身は戦闘に参加できないとはいえ、1対6という数の差は、戦闘能力の差を埋めるには十分だった。


 クロエの頭脳と技術によって操られる6つの身体。一つの生き物のように完璧に統制が取れたその動きは、確実に“魔神”の体力を、肉体を削いでいく。


 2体の前衛が“魔神”の攻撃を確実に受け止め、その後ろに控えた2体がダメージを与える。後衛としてクロエを護る2体は、ゴゥレムたちを抜けて術師本人へと迫ろうとするのを確実に防ぐ役割を持っていた。


 一歩離れた状態で戦いを俯瞰ふかんする。彼女のゴゥレム操者としての観察眼だからこそ成し得ているわざ。それは、まるで完成された戯曲のように――この戦闘を眺める者がいれば、予め決められた動きではないかと錯覚するほどに、一分の狂いもないままに“魔神”と渡り合っていた。


「大丈夫だ……私も――ちゃんと戦えるっ……!」


 しかしながら――相手も生物であり、必ずしもそれを完璧に予測しきれるか、といえば否だろう。ゴゥレムの振るう刃が肉に沈むこともいとわず、“魔神”が暴れ狂うように右腕を振り回した。


「くっ……!」


 前衛の1体が弾き飛ばされ、そのままの勢いで壁に押し付けられた。――と、同時に、残りの5体のゴゥレムが“魔神”の背に刃を突き立てる。


 深く、深く――。

 柄まで通った5本のつるぎは、“魔神”の命を確実に奪った。


「勝てた……。私、一人でも……」


 その場に倒れ、動くことのない“魔神”の死体を見下ろしながら、クロエは大きく息をついた。クロエ自身には傷一つ付いてはいないが、その分ゴゥレムたちはボロボロになっている。命のかかった激戦であることには間違いなかった。


 そうして安堵はしたものの、あまり時間を使うわけにもいかない。


「送り出したのはいいけど、図書室の場所は知ってたのかな……? 自信満々に飛んでいったみたいだけど……」


 今の異常事態ともいえる学園の中では、どこが安全地帯なのかも定かではない。早く自分も妖精を追わないと――と駆け出そうとしたその時だった。


 また別の、新たな気配を感じて、クロエは青ざめる。


「……まさか、もう次の――?」


 “近衛兵”は一体失った状態だった。魔力は少なからず消費している。

 次こそは勝てないかもしれないと考えると、指先が震えた。


 “魔神”が姿を現す。当然ながら、向こうは無傷の状態である。


(来た――)


 数年前の“魔神”発生事件――あの時とは違う。


 一般生徒がいた。他の《特待生》もいた。それがとても心強く、誰かと共に戦うことが心地よかった。けれど、今は私一人しかいない。こんな時間に起きている人も殆どいないだろう。


 今度こそ、死を覚悟するしかない。――その瞬間。


 まばゆい光が、地下の狭い空間を埋め尽くしたのだった。

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