第三百九十七話 『今回もこれでオシマイッ』
「そろそろ例の時期がやってくるかにゃあ」
――まるで車輪のように、ぐるぐると回っているだけ。
テイルたちがこの学園を去ってから、2年が経過した感想がこれだ。
年を追うごとに入れ替わる生徒たち。つまりは2つの学年が卒業していくのを見送り、新たに2つの学年が新入生として入ってくるのを迎えた。
新たに【知識の樹】に後輩を迎えようという気にはなれなかった。唯一のメンバーだったテイルたちが、私の期待していた以上に出来の良い、可愛い後輩たちだったからだろう。そしてその別れが、私の心を深く、深く
『また同じ思いをするぐらいなら……』
“私らしく”もないし、認めたくはないが、これが本音。学園を護る者として、魔神との戦いだけに集中しよう。その心がどこまで建前でないのか、だなんて自分でも分かってはいない。
こういう時期は前にもあったじゃないか。
――そう呟いて、自分を誤魔化してばかりいた。
前とそう変わらない。耐えられないほどじゃない。
しかしなんだろうな。自分の世界が色を失ってしまったみたいだ。
人生の彩りっていうのは、いうなれば火花のようだと、ふと思う。剣と剣がぶつかったときに、カッと光って飛び散るアレだ。
生徒との関わりは最低限に抑え、やるべきことだけをやる。さしずめ、空を斬っているような状態だ。咲き乱れる火花を遠巻きに眺めているだけでは味気ないというものだろう。自らの手で交わってこそ、熱が、光が、その感触が、彩りとして焼き付くのだ。
「テイルたちは何してんだろうなぁ……」
卒業したらどうする、という話はしていた。きっと皆、その通りの未来を歩んでいるに違いない。少なくとも、どこかで野垂れ死にはしてないだろう。そんなヤワな育て方をした覚えはないからな。
ただ、私が出来るのは想像することだけ。
2年の間――手紙なんて届いていない。音沙汰などは一切こちらには入ってきていない。……私のことを憶えていないのだから当然だ。
きっとクロエの方には来ているだろうし、それを読めば卒業後に何をしているのかも分かるのだろう。だが、そうはしない。そこに書かれた言葉に、私へと向けられた物は一つとして無いから。
頭では理解している。
けど、目の当たりにしてしまえば、きっと寂しくなってしまう。
学園から出ることができないのは承知の上でも、見守り、送り出すことしか出来ない自分の境遇を恨まずにはいられなくなる。だから――
かつてしていたように、心が死んでいくのを感じながら戦い続ける。
期待しなければ、辛く感じることもない。
求めさえしなければ、失われることもない。
今のこの学園で、私の名を呼ぶ者は一人としていない。
「……ヴァレリア」と、自分が忘れてしまわないよう確認する。
ヨシュアは“あの日”をきっかけに姿を消していた。
“あの日”というのは、学園に複数の“魔神”が現れたあの事件の日のことだ。
表向きは、事件の原因究明や、外部に対しての火消し――ということになっているが、私は知っている。ヨシュアの力ならば、そんなことをする必要が無いことを。
となると、“これ以上は手を出す必要が無い”と判断したということだろうか。
興味を失った? ……それはそれで構いはしないが。
ヨシュアがいなくなっても、学園が無くなってしまうわけじゃない。臨時として学園長の席に座ったテイラーが、思ったよりもまともに運営していたのが意外だった。
……いや、どちらかといえば他の教師に丸投げだったか。
ローザを筆頭に、
それに伴い、魔力の急激な減衰も滅多なことでは起きなくなって、“張り合いが無くなった”というのも変な話だが、単調な日常を送らせてもらっている。
テイルたちもヨシュアも学園からいなくなり、私のことを知るものは実質的に一人もいなくなったわけで、どれだけ好きに動こうと咎める者もいない。本当に、ただ一つの使命感だけで動いていると言っても過言ではなかった。
――予兆を感じ、警戒を始め、学園の行事の裏で“魔神”を迎え撃つ。
事前に何かしらの指示はされていたのか、時期は完璧に合っていた。
定期的にそれを続けているだけで、あっという間に時が過ぎていった。
……ただ、車輪だっていつかはガタがくるんだよ。
最悪の場合、根本からポッキリってこともあり得るわけで。
ある日のこと、“門”が開く予兆――首の後ろの強い
「……珍しいな」
時刻は深夜。しかしながら、例の時期が近づいてきたということで警戒していたため、眠りは浅く、直ぐに目が覚めた。寝室から出てだいたいの時刻を把握したところで違和感を
“門”が開く時期は定期的であるとはいえ、そのうちの時間については微妙なズレがある。基本は昼間や夕方ということが多いが、早朝だったり日が落ちた後ということもあった。そりゃあ数年間、数十回も戦っていれば、いろいろな状況があるだろう。
――が、日付を跨ごうかというド深夜に“門”が開くのは中々に珍しい。
生徒が残っているはずもなく、全員寮で寝静まっているため、学園の方に気を配る必要がないだけ気が楽ではある。――が、やはり違和感は拭えない。
……さっさと片付けに行くか。
魔力は十分、むしろ有り余っているぐらいだ。
立てかけていた
生徒とすれ違うことなんてあるわけがない。教師だって最近は授業の時間外でも厳しかったのだし、この期に及んで夜中に出歩く生徒がいるとは考えていないだろう。
だから足音も気にせず、足早に進んでいく中で――意外な者たちと出くわしたときには、不意にも肝が冷えてしまったことは否めない。
「――っ」
「ご、ごめんなさいっ」
片方は私以上に驚いた顔をして、そしてもう片方がバツの悪そうな表情ですかさず謝ってきた。これ以上声を上げられても面倒なので、人差し指を口元で立てて『シーッ』と伝える。
――――。
クロエとアリューゼの二人。どちらも私と同じ《特待生》だ。
……たしか、アリューゼをこの学園に連れてきたのはテイルたちだったな。
彼女は
おおかた、夜行性のクロエに付き合わされて、学園内を徘徊していたというところだろうか。クロエは言わずもがなの
「――《特待生》だな? ローザには黙っておくから、早く部屋に戻って寝ろ」
状況が状況だ。ここで話している時間が惜しい。簡潔に、事情を知っていることを匂わせた上で、表に出て来るんじゃないと命令した。ローザの名前は《特待生》にはよく効くからな。
返事を待つこともせず、そのまま二人とは別れた。
どうせ、部屋に戻る頃には今のやりとりも忘れていることだろう。なんとなく外に出て、なんとなく戻ってきた。そのまま朝まで眠っている間に、私が問題を解決するだけである。
万が一にも追ってくることはないだろうが、“門”への道のりすら憶えていない彼女では、無駄であるとしか言いようがない。
……まぁ、運良く辿り着く頃までに、“魔神”を片付ければいいだけの話さ。
――――。
「――はいっと、今回もこれでオシマイッ」
地面を埋め尽くす程に散らばった“魔神”の腕を蹴飛ばしながら、
忌々しい“門”だよ、ホント。
もうすっかりと見飽きたそれに目を向けながら、これまでの戦いをぼんやりと思い出していた。……得るものよりも、失うものの方が多い戦いだった。
強いていうなら“力”を手にしたとも言えなくはないが、どちらかといえば“手に入れざるを得なかった”と言う方が正確だろう。そうしなければ死んでいた。
ただ、悲しいかな。私が死んでも“門”は消え、学園には平和が訪れる。
……それは受け入れられないから、こうして
いつか“門”が消える、その時まで。
溢れ出てくる“魔神”をここで撃退し、学園に被害を出さないようにする。
“門”の維持と忘却の呪いは、私の魔力によって
この“門”さえ消えれば、呪いも消えるだろう、というのがヨシュアの推測だ。
……学園を護りきれば、また生徒の一人として学園に戻れる。
これは、私が幸せな学園生活を送れるようになるための戦いだ。
『生徒として過ごすには、長いこと学園に居すぎでは?』という、テイルからのツッコミが聞こえて来そうだった。うるさいな。
幸いなことに、私の美麗な外見は、多少の年月如きじゃ変わらない。
うん、まぁ、大丈夫だろう。きっと溶け込めるさ。
ヒトの寿命は平均で60年ほどと学んだ。竜はほぼ永遠の命を持っている。竜とヒトの子である私が、あと何年生きていられるかは誰も知らない。少なくとも、50年60年は全然いけるだろう。
私が死ぬか、“門”が消えるか。
よくよく“門”を観察してみれば、心なしか薄くなっているような気がしないでもない。もしかして、魔力の供給だけで維持し続けるのにも限界が来ているんじゃないのか?
「…………ん?」
ただ――“門”の変化は見た目の薄さだけではなかった。
「なんだかヒビ割れが……大きくなっているような……」
初めて見た時は、こんなに大きかったか? 四方八方に長く伸びていたっけ?
最後にまじまじと眺めたのはいつだっただろう。
このヒビ割れが、更に大きくなったらどうなる?
そんな考えが頭をよぎったその時――
ピシリ、という嫌な音が、私の鼓膜を揺さぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます