幕間 ~アリエス 卒業後~

 卒業してからようやく半年。

 初めて空を飛んだあの瞬間を、忘れることはないだろう。


 機石の力によって得た浮力で、中型の飛空艇が地面から離れていく。


 ――不思議と恐怖は感じなかった。


 小さな頃に本で読んだ物語。ヒトと竜のペアが3つあって、それが複雑に絡み合っていく。私はその中でも、ひときわ一人の少女に憧れを抱いた。空を飛べなくなった竜と、空を目指す少女の物語が私の人生に影響を与えたといっても過言じゃない。


 半年と時間はかかったけど、私は夢を叶えることができた。


「ようやく叶う……空の旅――!」






 卒業してから一番に、クルタにいるじっちゃんたちに挨拶に行った。


 学園に3年間通って卒業したぐらい、別に凄いことでもないけど、それはもう嬉しそうで。その日の夜は工房をお休みにして、小さなパーティーを開くぐらいだった。


 実力を披露する意味も込めて、数日だけ工房のお手伝い。


 じっちゃんは『あっちゅうに追い抜かれてしもうたなぁ』と言っていたが、私からすれば全然そんなことはない。


 何かを作るだけなら、最新の技術を使ったほうが早く出来るのは当たり前だ。

けど、長い年月をかけて磨いてきたセンスでしか生み出せないものだってある。


 組み上げられた機石装置リガート動きの一つをとっても、細かいこだわりがあったりするのだ。一つ一つの機構が連動していて、同じ動きをする別の機石装置リガートと比べてみると、それぞれの部位に対しての負荷のかかり具合が全然違っていたりする。


 ――自分だって、学園で3年間遊んでいたわけじゃない。


 キンジー先生も凄い機石魔法師マシーナリーだったし、いろいろなことを教えてもらった。それでも、技術だけじゃ駄目なんだ、知識と経験をもっと積んでいかないと、という気持ちにさせられる。


「アリエスちゃんは、ずっとここの工房で働くのかね?」

「ううん。お金を貯めて飛空艇を買ったら、それで世界中の空を旅するんだ。それが終わったらどうするかは……その時考えることにしてる」


「そうかそうか。やりたいことがあるなら、それが最優先じゃて」

「アタシらなんて、もう買い出しに行くのにも一苦労だからねぇ。あちこち行くなら若い時がいいわよ。ねぇー?」


『そうよそうよ』と賛同する声があちこちで上がった。


 あはは……。みんなまだまだ元気だと思うんだけどなぁ。


「アリエスちゃんが寂しくなったときは、いつでもここに遊びにおいで。人間誰しも、ふとした時に帰る場所が欲しくなるもんじゃ」


「みんな……」


 流石は人生の大先輩だ。私のことを――人というものをよく分かっている。

学園であれだけ一緒に過ごしていたけど、卒業してからは皆ばらばら。


 ヒューゴはともかくとして――ハナちゃんも、テイルも自分の住む場所を見つけていた。ハナちゃんはココさんやハウレスさんといろいろ話してしたし、ほぼ決まったようなものだったけど、テイルがエルネスタ王国へ行くのは少し以外だったな。


 ……私だってもう親の元には戻るつもりもない。きっと今の私は、前よりもずっと“嫌な子”になっているだろうし。私は私のやりたいことをして生きていく。だから、この結果には後悔なんてなかった。


 けど――旅にだって道連れは欲しくなるものだ。

 一人で学園から離れていくとき、不安を感じなかったのかと言えば嘘になる。


 飛空艇を買って、自由にあちこち行けるようになったら、真っ先に皆の顔を見に行こうと思った。それが原動力だった。






 技術はあるけど、ギルドに所属して仕事を受けるというのは、なんだか自分には合っていないような気がしていたし、でもそれだとお金を稼ぐのも大変だというジレンマ。


 大きなカジノで馬鹿勝ちしたこともあったけど、その後に別の場所で大負けして遠のいてしまった。真面目に機石魔法師として機石装置の修理業でもしばらく営むか、と思ってもいきなり見ず知らずの土地で開業して満足な収入を見込めるはずもなく。


 なんだったら、魔物の駆除を請け負った方が実入りがよかった。

 ただ――こうも安定していない収入では目的の額までが遠い。


 学園にいたときは刹那的なお金の使い方をしたって平気だったけど、学園を出ればもう大人と同じ扱いだ。未来を見据えて行動する必要があるのは分かっていたつもりだったけど……。


 そんなときに偶然に出会ったのが、ルルル先輩だった。


 ルルル先輩はルルル先輩で、実家の方のお金周りが芳しくなくて、立て直すために東奔西走しているらしかった。


「そっか……。アリエスちゃんも夢のために頑張ってるんだね」


「――あ、そうだ」

「…………?」


「仕事と夢、両立させる方法があるんだけど、乗っかってみる?」


 ――というわけで、アルル先輩の提案に乗っかり、紆余曲折があって飛空船を購入することができた。


 殆どはルルル先輩の交渉術のおかげだったけど、かのサープリアス卿と対面することになるだなんて。


 流れるようなサラサラとした金色の髪に、左目の眼帯が印象的な女の人だった。そこらの男性よりも背の高い、すらりとした身体つきは気品に満ちあふれていると同時に――とても格好良い。


 サープリアス伯爵、ライカ・トリルフェーン。


 実際に巨人を見たことがあるからこそ分かる、【巨人殺し】の異名の凄さ。


(“あれ”を殴り殺せるってどういうこと……?)


 ルルル先輩が伯爵に提案したのは、出資だった。


 投資に値するだけのリターンは返せるという保証をもって、会社の設立と飛空艇の購入をしてほしい、という申し出。向こうからすれば小娘同然の私達の一方的なお願いを受け入れてくれるわけが無いと思っていたんだけども――


 いくつかの契約書を交わしただけで、それはいとも簡単に実現してしまった。


 小さい頃からの知り合いで、よく面倒を見てもらっていた、と後から明かされて耳を疑ったけれども、それなら『そういうこともあるかぁ』で済んでしまう。


やはり持つべきは、太いパイプだということがよく分かる。


 仕事の内容は実にわかりやすいものだった。


 飛空艇に荷物を積み込み、必要とする人の元へと届ける。運送業だ。


 この世界では、陸路が中心。海路は魔物に襲われないために限られた区域でしか行われない。空路が一番早いけれども、それを選ぶものはほぼ皆無と言っていい。


 飛空艇を手に入れるまでのハードルが高い上、空で魔物に襲われたときには身を守る術が限られているからだ。


「購入してもらった飛空艇は改造OK」

「そこで私の出番ってわけね」


 離れたところから対処できる魔法使いなら尚の事、機石魔法師マシーナリーなら飛空艇の操作だってバッチリだ。ルルル先輩は私が一年生の頃に卒業してしまったから、それ以降のことは殆ど知らなかったけれど、そこは同じ機石魔法師マシーナリー。一目見ただけで、その実力を察してくれた。


 今の私には機石竜アグニだっていた。

 空を飛んでいる最中に魔物に襲われたって


「始めは働き詰めになるだろうけど、私の見立てでは2年で契約にあった借金を全額返せるようになる。それからは――」

「それからは自由の身?」


 わざと試すような笑みを浮かべてみせる。

 私としても、ここまできて降りるなんて言わない。


 せっかく与えてくれたチャンスなんだから。ルルル先輩は私に対して価値を見出してくれた。私も最大限に利用させてもらおう。


「出来れば人助けに奔走する私を世界中に運んでくれると嬉しいんだけど」

「もっちろん!」


 そうして、私は空を飛ぶための翼を授かったのだった。

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