幕間 ~ハナ 卒業後~
「ん――あさ……?」
目が覚めたときの私の視界は、いつだって薄暗い。ぼんやりと明るいのは、きっとすっぽりと被った毛布越しに、太陽の光が降り注いでいるからだろう。
過去にあった出来事のせいで、一人で眠るときには身体を小さく丸めて眠るのが私の癖になっていた。それは、卒業後に一人暮らしを始めてから一年経った今でも変わっていない。
眠り方というのは、その人となりがよく出ていると思う。
学園にいた頃も、みんな個性豊かで。どんな時だって、大の字になってぐっすり眠るのがヒューゴさん。寝方自体はその時その場所で様々だけど、なぜだか手を組んで眠っているのがアリエスさん。テイルさんは、直ぐに起きれるようにと、どんな時だって座った姿勢で眠っていた。
環境が変わっても、一度染み付いた癖というのは抜けないものだなぁ……。
「よいしょ……」
たくさんの水を貯めておいて、水分のたっぷり含んだ実をつけるエニグレープの木。その身を3つだけもぎ取って、中の水を水桶に移していく。植物を育てるときにこの水を使うと、とても元気に育ってくれる。
ボルダー村での生活は、平穏な毎日――とっても満たされたものだった。
争いなどとは程遠い、素朴な日常。
人に対して恐れる必要はなく。恐れられることもなく。
こうして毎日、植物の世話ができる。
――その幸せを、私は噛みしめている。
「それもこれも、学園で過ごした3年間があったおかげ……」
学園での生活は楽しかった。
テイルさん。ヒューゴさん。アリエスさん。
その他の、たくさんの先輩と先生方。
『こんな日がずっと続けば』なんて思いながら、たくさんの人に囲まれながらいろいろなことを学んで。そして、誰にも言えない過去を抱えながら生きてきた。
物心がついた頃から妖精さんと意思を交わせるのが当たり前。両親が早々に亡くなってしまい、村で一人で暮らしていけるのも、妖精さんたちが助けてくれたおかげ。
ただ、周りの人から見ればおかしなことだと気づけなかった。“皆とは違う”という、それだけのことで、恐れられるとは思わなかった。村から迫害されるだなんて、予想もしていなかった。
私を村から追い出そうとし、代わりに怒った妖精さんがその人を傷つけた。森へと逃げた弱い私を生かすために、動物たちも犠牲になった。
……とても怖かった。
あの時、村で起きたことが、ここでも繰り返されるんじゃないかって。
それで、必要以上に自分を殻の中に押し込めてしまって。
周りの人たちに置いてかれていると焦って。そして――
2年生。自然区。グループ対抗戦。
私の中にずっといて、知らずに助けてくれていた“精霊”ヴィネ。
私自身の力では抑えきれず、また人を傷つけることになりそうだった。孤立していたあの日に戻るところだった私を助けてくれたのは――他でもない【知識の樹】の皆だった。
こんな私でも、仲間だと受け入れてくれた。
同じ
魔法学園というコミュニティは、私にとっては家のようで。
――だからこそ残っていた、卒業したらどうしよう、という不安。
学園長に連れられるように入学した私には、帰る場所なんて無い。皆は卒業していくのに、自分だけ学園に残るのも嫌だった。だからこそ、ココさんとトト先輩についていく形でボルダー村に訪れたときに運命を感じた。
お二人のお家は様々な花や薬草でいっぱいで。それは、自分の大好きな匂いで。村の周りは自然でいっぱいだし、『こんな所で暮らせたらなぁ』と、不意に思って自分でも意識しないままに家主であるハウレスさんに尋ねていた。
『あの……私……卒業したら、この村でお仕事を手伝いたいです』
ハウレスさんは、快く返事をしてくれて、村に住める場所を用意すると言ってくれた。卒業するまでの1年間の間に、私に十分過ぎるものを与えてくれた。
村で余っていた土地に、一人で暮らすにはとても広いお家。その側には薬草畑と温室も用意されていて。それに、初めは私のほうが戸惑ってしまうぐらい、村の人たちが私が魔法使いでも気にしない。不思議に思って尋ねたことがあったけど、トトさんやココ先輩が生まれて育った村なのだから、と説明されてあっさり納得できてしまった。
私が常に心のどこかで望んでいたものが、そこにはあった。
――家族。
物心がついた頃には、それはもう失われていた。
そして、それからも与えられることはなかった。
学園で皆と過ごしていても、どこか私の心には小さな穴が開いていた。ヒューゴさんがご両親について話していたときだって、羨ましい……という気持ちが湧き上がらないでも、少しだけ心の中がチクリと痛んで。
きっと私は、寂しかったのだと思う。
寂しさといっても様々な種類があって、それは学園で埋まるものじゃなかった。
村の人たちはとても温かい。こんな私とも分け
「やあ、おはようハナちゃん」
「あっ……。ハウレスさん、おはようございます。えっと……モクモ草を3束と、シェパド草を2束でしたよね?」
私は『住む場所を与えてくださったのですし、好きなだけ持って行ってもらっても構いません』と伝えたのだけれども、ハウレスさんは『良い取り引き相手でありたい』とちゃんと私が育てた薬草を買ってくれる。
「それは……スヴニアの花だね?」
お金を渡しながら、ハウレスさんは窓際に置いてある一輪挿しに反応した。
「はい。学園を卒業した記念に貰ったものなんです」
魔法によって枯れることのない、とっても素敵なお花。他所から株や種を持ってきて植えても、環境が違いすぎてちゃんと育つことは無い。学園でも自生することのない花なので、わざわざ別の地方から取り寄せたのだと思う。
【知識の樹】に所属している
「花言葉は――『私を忘れないで』だったかな」
「ええ……」
この花を見るたびに浮かんでくる、学園でのたくさんの思い出たち。
それらは全て、私の大事な大事な宝物。
学園を卒業してからは、みんな別々の土地に分かれてしまって。当然ながら、学園にいた頃のように頻繁に顔を合わせることはない。テイルさんと、ヒューゴさんとは、卒業してから話をしたのは一度だけ。
お二人共、私が村に馴染んでいるのを見て、とても安心したみたい。
ヒューゴさんは、ダリオンにある実家に戻った。立派な鍛冶師さんになるために、毎日が修行だって言っていたかな。お父さんをいつか越えてみせる、と口癖のように言っていたけど、学園を卒業する頃にはすっかり妖精さんと心を通わせていたみたいだし、そう遠くないうちにきっと叶う気がする。
テイルさんは実家には帰らないと言っていた。それで選んだのは、かつて私達が訪れたことのあるエルネスタ王国。ミルクレープさんに頼まれてアカホシさんを止めた件をきっかけに、王様にも気に入られていたのも大きいみたい。
『自分には腕っぷしが全てな世界の方が合っているから』と言って笑っていた。
……きっと、それとは別にも理由はあった。
テイルさんは、とても優しい人だから。
――仙草プリムネア。
エルネスタ王国には、それがあった。
ココさんとトト先輩の病は、既にウィルベル先生が仙草から精製した薬のおかげで完治している。それでも――未来にトト先輩の子供や更にその孫が生まれたときに、同じ病だったときに助けられるようにしているのだと思う。遺伝性のものだと言っていたし、その可能性は決して0ではないだろうから。
こうして考えてみれば、私がこうして村で何事もなく過ごせているのも、そういったことが関係しているのだと思う。本人はあまり認めたがらないけど、テイルさんはヴェルデ一族の命の恩人なことに変わりないのだから。
ココさんに迫っていた寿命の心配も無くなって、安心したトト先輩はなんだか余裕を持った立ち振る舞いをする人になったと思う。数ヶ月前には『今のままの自分では視野がまだまだ狭いから』と言って、世界を回る旅に出ることを決めていた。『一人だけじゃ心配だから』と、ココさんも付いて行ったけど……そこは喧嘩しながらも上手く二人でやっているみたい。
そして、アリエスさんはといえば――
「――おっと、今日は“あの子”が来る日だったかな」
ゴォ、と突風が吹いたかと思いきや、あたりを暗い影が覆う。
ふとハウレスさんと共に空を見上げてみると――そこには大きな飛空艇が浮かんでいた。窓から身を乗り出して手を振るのは、とても親しみを感じる大事なお友達。
「やっほー! ハナちゃん、元気にしてたー?」
「アリエスさん! おはようございます、そちらも元気でしたか?」
学園を卒業したら、自分の飛空艇を持って世界中を旅したいと言っていたアリエスさん。半年ほど音信不通でとても心配だったのだけれど、見事に有言実行してみせたのがとてもアリエスさんらしい。
突然に今のように飛空艇に乗ってボルダー村に現れた時には、びっくりしてその場に尻もちをついてしまった。これだ、と決めたときには迷わず行動。学園にいた頃からそう。だからすっごく魅力的。
「ちょうど近くに配達する用事があったからさ、帰りに思わず寄っちゃった! ハウレスさんもおはようございます! また島の外にお薬を配達する用事があったら、遠慮せずに言ってくださいね! サービス料金で、パパッと飛んで行っちゃうから!」
「ふふっ。ありがとう、アリエスちゃん。今は特に無いけど、そのときになったら是非ともお願いするよ」
大空を自由に飛び回り、世界旅行は一瞬で終わらせてしまったみたい。今はその機動力の高さを活かして、運送業を営んでいると教えてもらった。島と他の大陸を繋ぐ役割も担っていて、それによってハウレスさんのお店の経営もとても好調だった。
飛空艇を購入するときに、一年生の頃に先輩だったアルル先輩に一部出資してもらったようで、たまに二人でいるところも目にする。
二人で危なくないですか、とは言わない。アリエスさんの凄さは、学園で過ごしていた間にいっぱい見てきたから。それにミルクレープさんたちから預かっている
「今からお茶を淹れようと思ってたんです。ゆっくりしていってくださいね」
「ほんと!? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなぁ」
突然の来訪だったけど、アリエスさんは頻繁に遊びに来てくれて、その度にとても嬉しい気持ちになる。お茶を飲みながら色々な話をして、一緒にお花の世話をして、そして1つのベッドに2人で眠って。
その夜は、小さく身を縮こませて眠らない珍しい夜だった。
テイルさん。ヒューゴさん。アリエスさん。
みんな、それぞれ違う場所で、自分の生き方を見つけていた。
「私もここで頑張らなくちゃ……!」
魔法学園での3年間は、私に一人で生きていける力を与えてくれた。けれど、それは昔の時のような孤独な生き方をするためのものじゃない。
“いつでも誰かに頼っていい”という安心。
人の暖かさが、とても心強い。
誰かに支えられて。その分、私も誰かを支えて。
学園を卒業した私は、ちゃんと生きているという実感があった。
ありがとう、みんな――
私はいま、とっても幸せです。
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