幕間 ~ヒューゴ 卒業後~
炎を見ていると、なんだか落ち着くよな。
これは火に耐性のあるドワーフの一族だからなんだと思っていたんだが、テイルによると『それは大昔のヒトから遺伝子に組み込まれた本能だ』と言っていた。その割には、テイルは火があまり好きそうじゃなかったけど。
炉の炎はメラメラと燃え上がっていた。こうやって鍛冶を手伝ってくれているときは、妖精は普段にも増してイキイキしているように見える。どれぐらいかというと、魔物と戦っているときより2倍増しぐらい。
「……よし、そろそろか」
熱によって色の変わった鉱石を、
叩いて、叩いて、叩いて。
そうしていくうちに、不純物が取り除かれ、純粋な金属に変わっていく。
親父から何度も聞かされていたし、ちゃんと理解していた。
……いや、理解したつもりになっていた。
学園から戻ってから、いろいろな本を読んで気づいちまったんだ。……俺、親父のやっていたことを全然理解できていなかったんじゃないか?
『まっ! アンタが本を読むだなんて、明日は山が噴火するんじゃないの?』
お袋が目を丸くするのも当然の反応だった。学園に行くまでの自分なんて、本をマトモに読んだこともなかったし、代々受け継がれてきた技法書すら少し目を通しただけでやめてしまっていた。親父の背中を見ていれば、それで十分だと思っていたからだ。
それが――不思議なことに学園から帰ってからだと、本に書かれている内容がするすると頭に入ってくるようになっていた。自分に足りなかった部分を、知識が埋めてくれるような感覚がした。
学園で学んだのは魔法のことだけじゃない。頭が良くなったとは感じないが、それでも色々なことが分かるようになった気がする。
自分の住んでいる国のこととか、仕事と仕事の繋がりのこととか。飯のときに学園を卒業してからの変化について聞かれて、『世界が広くなった気がする』と呟いたら、親父もお袋も嬉しそうにしてたっけか。
――――。
実家に帰ってからは、家業を継ぐこと――つまりは鍛冶師としての修行の毎日だった。山に材料を取りに行くのは、だいたいが俺の仕事になっている。工房に入ったら親父の手伝いが中心。といっても、材料を運んだりするぐらいで、俺が手を出せることなんて殆どない。
『職人の業は見て盗め』
学園で魔法を教えてもらうときとは全く違う。
こっちが、職人の本来あるべき姿だ。
だから、言われた通りにひたすらに観察した。
(……こういうのは、テイルとかアリエスが得意なんだよな)
自分は何でも感覚で覚えていたし、周りからもそう言われるばかりだった。だけれど、誰かに甘えるわけにもいかない。継ぐのは俺なんだから、俺が出来なくちゃいけない。
火の入れ方、温度の上げ方。どの程度まで上げればいいのか。火から出し、鉱石を叩くときだって、いくらでも情報は入ってくる。叩き方はもちろんだけど、背中の筋肉の動き一つ見れば、どれだけの力を込めて叩いているのかが分かる。
カーンッ、カーンッ、カーンッと、甲高い音が工房に響く。
動きの一つ一つが流れるように行われていて、そのどこにも迷いはない。
「やっぱり……親父はスゲェ……」
目標はやっぱり、親父を超えるすごい鍛冶師になることだった。今はその壁が高くて、全く越えられる気はしないけれど。それでも、自分が少しずつでも成長していることを実感する。
夕方になって、親父が仕事を終えたら俺の時間だった。
飯を食って、夜に眠るまで。その間は自由に工房を使わせてもらえる。
日中に親父を見て学んだことを実践する大切な時間だ。
自分が考えた通りに、身体は動いているか。動いていないのなら、それはどうしてなのか。ちゃんと動いたとしても、それで完璧なものが仕上がるわけでもなかった。
その日の気温、叩く金属の種類やその状態、使う道具――いろんな条件が組み合わさって、それに合わせた最適な動きが求められている。親父はその難しい工夫を、自然にやっているからスゲーんだ。"経験”だとか"年季が違う”ってのは、こういうことなんだろうな。
毎日が修行の繰り返し。代わり映えのしない日常、と不満を漏らす暇なんてありゃしないが――それでもたまに非日常というか、嬉しい出来事があったりする。
「――ヒューゴ! テイルくんが遊びに来てくれたわよ!」
遠くからお袋の声がする。
テイルは学園を卒業してからは、リーヴさんが治めているエルネスタ王国で暮らしているみたいだ。距離もそう遠くないので、ときどきこうして顔を出してくれる。
「こっちで話すよ!」
剣王リーヴといえば、この世界で右に出るものがいないと言われたほどの剣の達人。世界中の魔剣を集めたと噂されるぐらいの有名人だ。
そういえば、爺ちゃんが生きてたときに話してくれたっけか。まだ若かったリーヴ王に頼まれて魔剣を打ったことがあるとかなんとか。火山に棲む竜の牙を材料に使った炎の剣だったそうだ。
「魔剣かぁ。カッコいいよなぁ……!」
一言に魔剣といっても、種類は様々。
だけど、その“成り立ち”は大きく分けて2つしかない。
初めから魔剣として作られたものと、後から何かあって魔剣となったもの。何かってのはそうだな……幽霊が取り憑いただとか、三日三晩の儀式の末に不思議な力が宿っただとか、そんな感じ。
今となっては、魔剣の材料になるようなものが手に入りにくいらしくて、鍛冶師の息子としては少しツマラナイと思う。
「――やっぱりここは暑いな」
向こうからパタパタと手で仰ぎながらテイルが入ってきた。
今は別に毛深くないけど、それでも炉に火が入っているこの工房は暑いらしい。
「もしかして、邪魔だったか?」
「いいや。一段落ついたとこだったし、問題はないぜ」
今日の修行はこれで終わり。妖精に頼んで、炉の火を落としてもらう。
テイルは俺が工房の片付けを終わるまで、その様子を黙って眺めていた。
「前から気になってたんだけど――」
片付けもだいたい済んだ頃になって、静かにテイルが口を開く。
「――あれって特別なものなのか?」
そう言って指さしているのは……壁掛け棚の上にある、卒業の記念にもらった花――ではなく、その横にある紅い
あれについては、自分もよく知らない。知っていることといえば……。
「なんか、俺の爺ちゃんの代よりも、もっと昔の時代に、客から料金の代わりに貰った金属だってのは聞いたな……」
その金属に名前は無く、他に同じ金属で作られたものも知らない。親父でさえ、何も知らないと言っていた。一応は家宝として置かれているのに、それについて書かれた本すらない。
昔、親父に『あれで何か打たねぇの?』と尋ねてみたら、あまり興味が無さそうな答えが返ってきた記憶がある。親父は『材料の声が聞こえるんだ』と笑い、『待っているのさ。いつか、その時が来るのを』と頭を撫でてくれた。
……不思議な金属だった。
「なんだか、あれを見てると“頑張ろう”って気持ちが湧いてくんだよな……」
「…………」
俺がそう呟く横で、何も言わずに
なんとなくだけど、テイルも似たようなものを感じているんじゃないだろうか。
そういう魅力が、あの紅い金属にはあった。
「いつか親父を超える鍛冶師になるのが俺の夢だけどさ――」
たしか学園で初めて会った時にも、こう言って自己紹介をした気がする。いつも見ていた親父の背中を超える夢。あのときも、今も、口癖のように言っている夢。ただ、最近はその先を考えることが増えてきた。
「作ってみてぇよな。いつか、“最高の剣”だと胸を張って言えるような一本をさ」
テイルは笑う。『お前なら作れるさ』と。
まだ卒業して1年しか経ってない。まだまだ成長できる。
互いに頑張ろうぜ、と俺たちは拳を合わせた。
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