4-3-1 ヴァレリア編 卒業後Ⅰ【それぞれのイマ】

幕間 ~テイル 卒業後~

「ありがとう、テイルくん! 助かったよ!」

「どうも! また、困ったことがあったら言ってください!」


 活気に溢れた街の通りの端で、抱えてた荷物の重みからようやく開放され大きく伸びをする。依頼主である店主に手を振って、自分の家へとのんびりと戻っていく。


「おや、テイル。ひと仕事終わったところかい? 少しつまんでいきなよ」

「あぁ、一つだけ貰うよ。はい、こっちが代金――」


 ――パンドラ・ガーデンから遥か北東、エルネスタ王国。

 学園を卒業して行く宛も決めていなかった自分は、そこに身を置くことにした。


 亜人デミグランデに対しての偏見などもなく、なにより国王であるリーヴ王とも面識がある。経歴などよりも実力が全てという極端な場所ではあったが、それについてはよく知られているので予想していた以上にこころよく迎えられた。


『俺でも働けるような場所ってありますか……?』


『そんなつまらないことを気にするな。君は国を救ってくれた恩人のようなものだ。俺の気が向いたときに頼み事をするから、それを請けてくれないだろうか。それ以外は適当に国の奴らの問題でも解決してやってくれ』


 ――言うなれば、“何でも屋”というところだった。


 住人たちの手に負えないような魔物の討伐したり、難民がやってきた時に城へ案内したり、荷物を運ぶのを手伝ったり、事故が起きたときに救助を手伝ったり……。


 腕っぷしだけなら自分よりも優れた者はいるだろうが、"魔法”という大きなアドバンテージを持っている自分は重宝されているようだった。


 "国を救った”と言ったって、あれはミル姉さんたちの手伝いをしただけに過ぎないし、機石竜アグニを直接に迎え討ったリーヴ王たちの方が何倍も凄い。にも関わらず、こうして職(?)を与えてくれ、住むところまで提供してくれたのだから頭が上がらない。


 城にも頻繁に出入りしているため、兵士長であるガフーさんやメイドのマナさん、仙草プリムネアの管理をしているマルゥ以外の城の人たちとも顔見知りになった。最初の頃はもっぱら王様からの頼まれ事のみだったのが、徐々に街の人達からも信用されるようになって――まぁ、不便のない生活を送れてはいる。


 あまり深くは考えていないけれども、この地に永住して骨を埋めるのも悪くはないかな、というぐらいには居心地が良かった。


 ……まぁ、卒業から既に1年経っているけども、未だ独り身。

 結婚なんてものを考える余裕はまだ無いのだけれども。


 前に冗談混じりにリーヴ王から『見合い相手でも探してやろうか』とも言われたけれども、その時はなんとなく気乗りがせずに断ってしまった。


 なんだかトントン拍子に幸せな生活を掴めそうで、本当にこれでいいのかと考えてしまうのだ。学園にいた頃には想像すらしていなかったぐらいにイージーな人生。このまま10年、20年と続けられるのは想像に難くない。


 とはいえ、状況に甘んじて怠けたりなんて出来ないのだけれど。

 王様や住民たちからの信頼もあるし、それになにより――


「どこをほっつき歩いてやがったんだ、テイル。遅ェぞ」

「ごめん、ミル姉さん。仕事だったんだよ」


 ……"師匠”が近くにいるのだから、腑抜けた姿を見せようものなら――間違いなく地獄のシゴきが始まってしまうことだろう。


 ――――。


 城下町の外れの方には、とある施設があった。住民たちも、王様でさえも出入りすることはまず無い、機石魔法の技術によって巧妙に隠された建築物。そこを利用しているのは、数体の機石人形たち。


 テスラコイル。

 シュガークラフト。

 ムーンショット。

 そして、ミルクレープ。


「……アカホシの状態は? 今日も変わりがない?」

「……あァ。眠ったまま、起きる気配がねェ。アリエスもたまに来てはテスラコイルと話し合ってるが、糸口は掴めないままだ」


 ――1年前、あの時は暴走を止めるために仕方がなかったとはいえ、アカホシが受けた負傷は相当なものだった。あれから素体ボディの修復は済んだとはいえ、もともと心の方が壊れてしまっていたこともあったのだろう、いくら待っても目を覚まさず眠り続けている状態。


 ミル姉さんの言っていたように、機石魔法師マシーナリーであるアリエスも顔を出して様子を見ているのだけれども、目を覚まさない原因が分からないのだった。


 ――――。


「……もう卒業して一年か」


 なんだかんだで、時間があっという間に過ぎたな。


 学園にいたときの仲間たちとは、定期的に連絡を取り合っていた。


 ヒューゴ、アリエス、ハナさん。

 あとは、ルルル先輩やトト先輩、グレナカートたちの近況も人伝いに聞いている。

 クロエたちも、学園から届く手紙によると、楽しくやってるようだった。


【知識の樹】――始まりはどんなものだったっけ。もう昔のことなので覚えてはいないけれども、定理魔法科マギサ機石魔法科マシーナリー妖精魔法科ウィスパーとバラバラだったメンバーで、監督生もいなかったのによく3年間も頑張れたものだと思う。


 あの頃の面子が今なにをやっているかというと――


 アリエスは夢だった自分の飛空艇を持って、世界中をビュンビュンと飛び回りながら運び屋をしているらしい。アカホシのアグニを借りたままだし、野盗が襲ってきても返り討ちにしているのだとか。


 ハナさんは生まれ故郷のカメリアに戻るのではなく、トト先輩やココさんと共にボルダー村に住むことを決めた。彼女の薬草畑はハウレスさんも絶賛するほどの出来で、村の人からも頼りにされているらしい。


 ヒューゴは実家に戻って、一人前の鍛冶師になるために日夜修行をしている。エルネスタ王国からはダリオンはそう離れていないので、年に何度か顔を見に行ったりもしているが、いつも通りといった感じでやっている。


 ――学園を卒業してから、各々が自分の道を歩んでいた。


「…………」


 懐から、一輪の花が入ったケースを取り出す。


 ラッパのような形をしており、四枚の花弁で形作られている。前にハナさんに名前を教えてもらったのだが、スヴニアという名前の花だそうだ。


 卒業の記念に誰かから貰ったのだが、肝心なその誰かをよく憶えていない。学園長だったか、他の教師の誰かか、にはるん先輩じゃないだろう。ともかく、それほど綺麗な花ってわけでもないのに、なぜだか目は離せなくて。


 魔法がかかっているのか、どれだけ経っても枯れる様子はなく、こうして透明なケースに入れて持ち歩いては、たまに眺めて学園にいた頃を思い出していた。


「そろそろ……いい頃合いかもな」






「――少しだけ、いとまを貰ってもいいですか?」

「珍しいな、わざわざそんなことを伺いに来るなんて」


 朝から城に出向いて、リーヴ王に休みをくれと頼みに行った。


 謁見の間にある二つの玉座。そこに腰掛けているのは、リーヴ・エルネスタ王と、イリス・エルネスタ王妃だ。片や剣を極めた者として讃えられている剣王、片や魔族――それも上位魔族ガリアと呼ばれる吸血鬼という、国を治めるには十分すぎるほどの実力を持った二人である。


 貴族でもなんでもなく、実力一本で王の座に座り続けているだけあって、あまり王様といった雰囲気ではない。


「毎日が休日みたいなものなんで、心苦しくはあるんですけど……」

「いや、別に構いやしない。城の兵士たちも最近は退屈していたみたいだし、息抜きに仕事を振るいい機会だ。それで、何日ほどを予定しているんだ?」


「それほど長くは。十日ほどで戻ってくる予定です」

「それだけの日数ということは、どこかに旅行でも行きたくなったか?」


 ――目指すは遥か南西の地にあるガーメント大森林。

 馬車と船を乗り継いでいっても、それぐらいはかかる計算だ。


 本当に今更なことだったが、今の自分の実力ならば報復に殺されるということもないだろう。……自分は行かなければならない。一つの"ケジメ”をつけるために。


「……少しだけ、実家に顔を出そうと思います」


 テイル・ブロンクスという"自分”が生まれ育った地へ。

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