第三百九十五話 『五月蝿いったらありゃしない』
一つの年が終わり、そして一つの年が始まった。
魔法学園である以上は、出ていく生徒がおり、入ってくる生徒がいる。
一時期は静かな落ち着いた時間が流れていたパンドラ・ガーデンだったが――入学式を終えたその一月後には、元通りの騒がしさが戻ってきた。
それが嬉しいことなのかどうか。……少なくとも、今朝は最悪の気分だった。
――ズズン、という軽い振動と共に目が覚める。
パラパラと落ちてきたのは、天井の埃だろうな。
「ぐっ……!?」
それに合わせるように、後から襲いかかってくる倦怠感――
どうやら、学園の何処かが派手に壊れたらしい。
「ハァ……またか」
今年の一年生も中々にヤンチャ者が揃っているようで、こんな日は二度や三度ではない。頭をボリボリと掻いているその間にも、再び遠くから爆発音が響いた。
本当に、今年の一年はとんでもない奴がいるみたいだ。
……いや、うちの後輩たちのことを考えれば、人のことを言えた義理じゃないな。
「しかしまぁ、そろそろ誰かが止めていてもおかしくないんだが……。今日はいったいどうしたんだ? まさか外からの襲撃者――なんて命知らずはいないだろうしな?」
まだドンドンと轟音が鳴り続けていた。
“門”から定期的に漏れでて来る“魔神”は、この間にすり潰してやったばかりだし……前兆も無い。最悪の事態は無い、という自信だけはあった。
……本当に誰も止めに行ってないのか?
「……仕方ないにゃあ」
これ以上、学園を壊されてもかなわん。
人前に出るのは気が引けるが、やむを得ないだろう。ヨシュアの考えからして、教師たちも手を出すことは無いだろうし、私が止めに出るのが一番手っ取り早い。
吸い上げられてしまった魔力を補うため、手近なところにあった香を思いっきりに吸い上げ、ふわふわとした感覚になりながらも廊下へと出ていった。
「さてさてさてさて……どこで騒ぎが起きてるのかなっと?」
被害を拡大させるわけにはいかないといえど、別に血眼になって探す必要もないだろう。どうせ“向こう”から勝手に位置を教えてくれるはずだ。更なる倦怠感と、振動と共に。
キテるねぇ……。
断続的に響く音に導かれるようにして歩を進めていく。その道中ですれ違う数多の生徒たち。騒ぎに巻き込まれないように逃げてくる者、興味本位で見物に向かう者、その動きは様々だ。
「――ここが――――居場所――――」
「いいのかよ、おい……」
そうして辿り着いたのは中庭だった。
あたりはザワザワとした喧騒に包まれている。
邪魔になっていた生徒の山を押しのけるようにして、ゆっくりと進んでいくと――抜けた先には、呆然と立ち尽くしているテイルの背中があった。
「おやぁ……?」
テイルがいるのに、場が収まっていないのか?
そいつは珍しいこともあるもんだ。
2年生に上がったばかりとはいえ、これまで幾つもの修羅場を乗り越えてきた自慢の後輩だ。私が直々に面倒を見ているのもあって、そこらの生徒に遅れを取るようなこともないはずなのに……。
――少し興味が湧いてきたな。
中庭で暴れているのは、いったいどこのどいつだ?
「全くもう……
「重っ……!? ヴァレリア先輩!?」
気配を殺しながら音もなくテイルの背後に近づき、のしかかるように思いっきりに体重を預けた。……第一声が『重い』というのは、レディに対しての礼儀がなってない奴だな。
「人が気持ちよく寝てたのにさぁ。安眠妨害は犯罪だよ、犯罪。そうは思わないか? んふふふ……うへへへへへ……」
『耳元で怪しい笑みを漏らさないでください』と藻掻きながらテイルが呆れた声を出すが、私がそんな簡単に逃がすわけがないだろう。こっちは両腕を前に垂らして、がっちりと捕まえているのだから。
テイルの力では私を背負ったまま移動もできまい。
……ん? これって自分で重いことを認めてしまってる……?
「今それどころじゃ――目の前に、その“犯罪者”がいるんですよ!」
『ほら、見てくださいっ』と、指をさされた先にいた人物を視界に捕らえた瞬間――息が止まるかと思った。まさに酔いから覚めたというように、頭の中にかかっていた靄が一気に晴れてしまった感覚。
「――っ」
キラキラと光を受けて輝く金色の髪、そこに乗せられたフリル付きカチューシャと、同色の漆黒のゴテゴテとしたドレス。凶暴さをこれでもかと主張する牙と爪には、とてもじゃないが似つかわしくない。
その姿は、私のよく知る彼女――
「……ミルクレープじゃないか」
――ほぼ無意識に、その名前が口から
「ミルクレープって名前なんですか? あれ」
……あ、しまったにゃあ。
「あー……。気をつけろよ、テイル」
一瞬感じた嫌な予感は的中していた。ミルクレープがこちらを向いている。
「お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉい!! 今なんつったテメェ!!」
「何で!?」
「何処の誰とも分からねぇ奴が――アタシをその名で呼ぶんじゃねぇ!!」
当たり前のことだが、ミルクレープはテイルとの面識が無い。背中を預け合った大事な仲間である私はともかく、テイルがその名前を呼んでしまったのはまずかったか。
「とまぁ、フルネームで名前を呼ぶとキレる奴なんだ」
「分かっていてなんで呼んだ!?」
無意識だったし、私は呼んでも大丈夫だったし。それに、テイルがそのまま復唱するなんて思ってなかったからなぁ。とはいえ、あのキレようは少しマズいか?
戦いの中で興奮しているとはいえ、私が出てきたのだから暴れるのはやめて思い出話にでも花を咲かすのかと期待していたのに。
ミルクレープの左腕から出た刃がキラリと煌めいた。
次の瞬間、噴水の上から飛んで地面へと急降下する。
「なっ――」
「疾いっ!?」
常人離れした速度に、意表を突くような軌道。生徒たちからは消えたように見えたことだろう。流石に本気は出していないみたいだが、それにしてもこの状況は少々やり過ぎな気もする。
このままじゃあ――テイルが串刺しになってしまうだろう。
「――――」
「――おっと」
魔法で止まるわけがない。かといって、素手では私の肘から先がどこかに飛んでいってしまう。テイルに更に深く体重を預け、自分の腰に提げている2本のうち、短剣の方を抜いて刃を受け止めた。
「危ないにゃあ。大事な後輩に傷でも付いたらどうしてくれるんだ」
殺気はなかったが、それにしても力が入っている。
……もしかして、私を試しているのか?
刃を収め、今度は両手の爪で切りかかってきた。今度は明確に私の方を狙ってはいるが、私が抱えているテイルのことなんてお構いなしの様子。となるともう、その全てを受け切るしかないだろう。
右手に掴んだ短剣一本で全てを受け切る。
音もなく、右へ左へと。火花一つ散らしさえしない。
目の前で起きている事象に眉を
「テメェ、なんでアタシの技をそっくりそのまま使える?」
「――っ」
――冗談を言っているようには思えなかった。
ギチチ、と歯車が軋んでいるような、そんな感覚。
(……嘘だろう? 嘘、だよな……)
……確認、しなければ。
「……そっちができることは、私にだってできるさ。なぁ、ミル」
私の言葉は、震えていただろうか。
ゆっくりとテイルから離れ、一歩、二歩と前に出た。
「ここからは私が相手してやるさ。なぁに、退屈はさせない」
いや、まだ偽物という可能性だって捨てきれない。だってあのミルクレープなのだから。戦ってみればハッキリとする。全力のミルクレープを見れば分かるはずだ。とっとと引き出してみせよう。
赤い刀身の
短剣と合わせて、二本一対。
「魔法だと調整がききにくいからねぇ。こっちでいかせてもらおうか」
「ちーっと上手く真似れたぐらいで……いい気になるなよォ!!」
攻撃が激しくなり、火花が辺りに散る。手に振動が伝わるも、大きく弾かれないように短剣でいなしながら、細剣で突きを放つ。既に破壊され、文字通りの片手落ちとなっているが容赦はしない。急所への攻撃など通るはずもなく、関節部を突き壊すことを狙ってはいるが、やはり反応速度が尋常ではない。
やはり、こうして打ち合うことで確実に分かるものがある。
刃自体は私まで届いていない、しかし恐れていた事実をじわじわと突きつけられていく感覚。目の前の彼女が、間違いなくミルクレープだということを。
となれば、そこから導かれる真実は一つしかない。
――私のことを忘れているのだ。
その衝撃波、少なからず私の胸が大きく抉られる感覚。しかしながら、こちらの手を止めるわけにはいかなかった。
折れてはいけない。
涙をこぼすことも許されない。
……少なくとも、今この瞬間では。
「……このままじゃあ
まさか、出してくるのか?
私と学園にいた頃には、ついぞ一度も見せてくれなかった“奥の手”を。
異様な気配と共に、胸の奥に光が灯り、輝きが増していく。
「覚悟しろよ……。こっからが本当の戦場だ――」
その色が水色から、どんどんと赤みを増して――
「――はいはい。そろそろ終わりだよ」
その場の空気が、凍りついたかのように止まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます