第三百九十三話 『こちらとしても困るんだけどね?』
「――ちっ、どうやら死にたいらしいっ!!」
不穏な動きに気が付き、即座に魔法を発動させた。
間髪入れず炎の膜の内側で爆発が起きる。
右手で掴んだままの
……間に合わなかった。
腕は爆発が起きる前に膜の外側へと出ていた。
私がどんな魔法を使おうと間に合わないだろう。しかし、テイルだって
「な――っ!?」
テイルが驚愕に声を上げる。そのままの姿勢で動く様子もない。
……いったいどうしたんだ? 両腕を上げようと
何かの魔法にかけられた様子もない。それは私の“眼”が証明している。
ヤーンを放ってテイルを助けに行くか? ――いや、ここで逃して次にどんな手を打ってくるか分からない以上、私が動くわけにはいかなかった。完全に避けられなくてもいい、せめて防いでくれと奥歯を噛み締めたその時――
横合いからテイルの目の前へと誰かが飛び出した。
ヒューゴじゃない、アリエスやハナでもなかった。
……明るい栗色の髪の房が揺れる。
それは――この場において最も非力と見ていたアルル・ルードだった。
飛ばされた腕はテイルの首元ではなく、
「ア、アルル……」
私が右手で掴んでいた先から声がした。
私の半ば本気の炎を受けても、身体の五割近くが黒焦げになる程度で済んでいるのは、防御の方に魔力を全力で回した結果らしい。今や完全に私に命を握られている状態だったが、声が震えているのは別の理由で動揺しているからだろう。
どうやら、こいつも彼女を傷つけるつもりは無かったらしい。
「私は――貴方のことを疑うべきだった。私が、一番最初に気づくべきだった。私が……貴方を止めなければいけなかった」
「ヒューゴ! 早く魔法で焼いて――!」
自身の左腕を握り込んだままの、奴の左腕を外そうとしているが上手くいっていない。余程の力で掴まれているのだろう。見かねてアリエスが声を上げたのも束の間――
ベギッと嫌な音が響いた。
「……っ!!」
痛みにアルルが歯を食いしばる。息を呑む一年生たちを背に、私の右手に押さえつけられたままの奴を真っ直ぐに見つめていた。
「貴方の復讐が正しいものなのかは、私には分からない。でも、私の中の正義は……。私の中の“天秤”は。関係の無い、罪の無い無関係な
同じ部屋で、同じ時間を過ごしてきた後輩の言葉が、裏切りを犯したという事実と共に跳ね返ってくる。徐々に奴の身体から力が抜けていくのが分かる。
「……もう、止めてください。……先輩」
復讐に、終わりが来る。
「そう……か……。――残念……だよ」
諦めの声だった。自分が間違っていると自覚したのか。いや、最初からそんなことは理解していたのかもしれない。それでもなおやり遂げようとして、失敗してしまった後悔の音だ。恐らくはこの学園で唯一、気を許せる相手だったのだろう。
彼女に諭され、空っぽの身体じゃ泣くことも出来ないか。
これ以上は悪さをする様子もない。めでたし、めでたし。
……
「――おい。誰がこれで終わりだと言った?」
「先輩! これ以上は――」
「こいつはもう――いや、だいぶ前から、この学園の生徒じゃない。自分の意思で、生徒の安全を脅かす魔物になることを――……あぁ?」
フェイル・フォンテルマンと深い繋がりがあった。禁書である魔導書を使い、私の大事な後輩たちを含めた一般生徒にまで危害を加えた。それを、ここで不問にするわけがない。私にとっての脅威度は、“魔神”とそう変わらないのだ。それなのに――
アルル・ルードが私の前に立ちはだかる。奴に折られた腕を庇うようにして支えながら、その傷を負わせた張本人を助けようとしている。理解ができなかった。あれだけ利用され、裏切られたのに何故だ?
「たとえ学園の生徒じゃなくなったとしても……私の先輩なんです」
「どちらでもいいんだ。どちらでもいいんだよ、そんなことは。少々手荒になるが、邪魔をするなら少し眠って――」
ここで完璧に奴の息の根を止めるつもりでいた。それを邪魔するようなら黙らせるのも
――が、またしても邪魔が入ってしまう。
「――ふぅむ、そうなると死体の処理をしないといけない。それは……こちらとしても困るんだけどね?」
「――――っ!?」
「学園長!?」
扉を開けて入ってきたわけでもなく、突然に姿を現したヨシュアに誰もが驚きの声を上げる。私としては最悪のタイミングだった。怒りすら湧いてくるほどに。
「ヴァレリア。君はときにやり過ぎるきらいがある。こうして止めないといけない私の身にもなって欲しいのだけれどね。流石に学園の中で、これ以上の騒ぎを見過ごすわけにもいかないのですよ。私は“学園長”ですから」
「今更のこのこと出てきて何を言ってんだ? 今も昔も、問題を放置して眺めるのが趣味の癖をして! なぁ、そうだろう!?」
「遅れてしまったことについては謝ります。結果として、君たちに危険が及んでしまった。――けれど、学生が起こした問題については、なるべく学生の間で解決できるように、というのがこの学園の方針であることは理解してほしいですね」
何が“学園長”。何が“この学園の方針”。
「――とはいえ、先ほども言った通りです。このままでは、度を越してしまう可能性が出てきてしまった。この件は、私や他の先生たちに預からせていただきますよ。このヤーン・ライルズ君の身柄を含めて、全部です。ヤーン君、君の持っていた魔導書についても、聞きたいことが山ほどありますから」
ここまで人にやらせておいて、最後の最後で口を出してくるのか?
そんなものを、認めるわけにはいかないだろう……!?
「おい、話を勝手に進めるんじゃ――」
「構わないね。“ヴァレリア”」
息が止まるかと思った。それほどの圧力が私にのしかかってきた。
口調は変わらないが、一切の温度を持たないその言葉に、その場の空気が凍り付いたとさえ感じた。時間さえもが、奴の手の中にあるかのような――
勝てない。それは絶対の事実だ。場を支配するのは力であり、ここで私が暴れたところで捻じ伏せられてしまうだろう。
全てが止まってしまったかのようなこの空間で、しばらく思考を巡らせ、出した結論は“退く”という選択肢だった。
「――チッ」
ここで言い合いをするわけにもいかない。テイルたちも混乱が収まってはいないだろう。何か聞かれたときに、上手くやり過ごせるかどうかの自信がなかった。
「先輩、どこへ――」
「これで用は済んだ。寝るから起こすなよ?」
発散することのできない怒りが、自然と歩みにも力を込める。ドスドスと踏み鳴らして、我ながら幼稚なことをするもんだと自嘲しながらも、まっすぐに【知識の樹】の自室へと戻ることにした。
――――。
「クソッ、ヨシュアめ……!」
肝心なところで私の邪魔をしてきやがって……!
これまでの私の苦労がすべて無下にされた、その苛立ちを抱えながらベッドに飛び込んだ。ヤーン・ライルズがどうなろうと知ったことではないが、奴の持っていた情報や魔導書の中身について、私だって知りたいことは山ほどある。
あの場で殺してしまっては手に入らないものも有ったと考えるのは、ヨシュアの正当性を認めるようで気に食わない。あんな形で掠め取るようなことをして、後から『何も出てきませんでした』なんて言ってみろ。ただじゃおかないからな。
問題が解決したことにより、すでに魔力の減退は収まっている。内心ではまだモヤモヤとしていたが――悔しいことに、その日の眠りはとても心地よかった。
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