第三百八十六話 『“本物サマ”のやり方を見せてやる』

「ふっ――!」


 飛んできた拳を受け止め、勢いを完全に殺さずに後ろへと流す。そのまま顔に肘を見舞うも、仰け反るだけで終わってしまう。


 ゴキンッという重たい音と、確かな手ごたえ。しかしながら、無表情のままこちらを見つめ続ける、とても不気味だった。顔面という急所にダメージを負っても、痛がるどころか怯む様子もない。


 ――すぐさま反撃が飛んでくる。


 他の魔神とは違い人の姿をしてはいるが、生身の人間と同じように考えていては駄目だ。最初は生き物であるかどうかも疑わしい姿をしていたのだ、殺すにしても簡単にはいかないのは覚悟の上。どうする? もう一度、魔法で焼いてみるか?


「……はぁ……ぐっ……くそっ、身体が重いなぁ……!」


 ……ただ、厄介なのは魔力が抜けていくこの状況だ。

 原因はぼんやりとだが予想はついている。


『残念ですが、あれはキミが身に付けたところで効果はありませんよ』


 ――なにが”魔力の消費を抑える腕輪”だ……!


 ちょうど時を同じくして開始されたスカイレース。その生徒たちが身につけているであろう魔法具の腕輪。いま起きている異常事態はそれ以外に思い当たらない。


「何度ぶん殴っても動き続ける……壊れた玩具おもちゃじゃあるまいし!」


 魔力を込めた一撃が、相手のこめかみに決まった。が、やはり動きは止まらない。そもそも脳というものがあるかも怪しいのだ。根本的に身体の構造が違うのだろう。


 二発、三発と私の拳が一方的に相手に決まる。大の大人ならば、この段階で意識が飛んでいてもおかしくはない。それでも止まらないという脅威。


 しかしながら、体力と魔力がどんどんと削られていくことで、疲労が溜まりつつあるのを感じていた。せめて……せめて、魔力の方だけでもどうにかなれば。


「くそぉっ! ヨシュアめ……!」


 な……!!


 本来は学園の魔力から供給されるはずだったはずだ。それが例の呪いによって、私の身の内にある魔力まで引っ張られて抜けているのだ。


 仮に腕輪が元からあった物だったのだとしても、ヨシュアはこうなるのを分かった上で使っているであろうことは想像には難くない。


 唯一の救いは、抜けている自分の魔力が全体から見れば極僅ごくわずかであるという点だろう。でなければ、こうして戦うどころではなくなっている。レース参加者全員の魔力など、自分一人では到底賄えるはずもないからな。


 最初のときに比べれば、魔力の減り具合がだいぶ楽にはなっている。既に何割かがレースから脱落したからだろうか。とはいえ、完全になくなったわけではないので、依然として身体を脱力感が襲い続けてはいたが。


「そのタフさも私の真似か? それともお前自身のものか? んん?」


 何発か打撃を加えた感じでは、金属のような硬さはなかった。

 それなら刃物で切り刻むことだって出来そうなものだ。


 戦闘を長引かせたくはない。


 先程から、相手の動きが良くなっているように感じるのだ。始めは単調な大振りの拳ばかりだったのが、巧みな足さばきとは言えなくとも身体を使うようになってきていた。


 生き物を殺すのなら、一番楽なのは焼くことだ。次に斬ったり刺したり。殴り殺すだなんて、リスクも高いし時間がかかる。どうせ相手は素手なのだから、リーチの差からしてもこちらが有利なのは間違いない。


 一抹の不安はあったが、背に腹は代えられない。

 紅の刀身を持った細剣レイピアを鞘から抜き、相手を脳天から叩き斬ろうとした。


「なっ……!?」


 完璧な一撃のはずだった。にも関わらず、相手を叩き斬ることが出来なかった。正確には、刃は相手の脳天に沈んだものの、首まで両断したところで止まってしまったのである。


 疲労感を抜きにしても、そこらの生物ならば骨ごと断てるほどの切れ味はあったはずだ。明らかに生物――人の身体とは違う物質であることを確認できた。少なくとも、頭が割れているこの時点で死んでいないとおかしいはずなのだから。


 命の危険は“まだ”感じない。

 ただ“厄介”、この一言に尽きる。


『キミなら余裕だとは思いますが』だと? ふざけやがって……!


 考えれば考えるほど苛立ちが募る。


 ヨシュアが余計なことさえしなければ、いろいろと試すことができたのだ。時間をかけてジリジリと焼いてみたり、炎を纏った刃で細切れにしてみたり。目減りしていく魔力のせいで、無駄撃ちができないと尻込みをしてしまう。


 戦闘に集中しなければ、というのは頭では理解しているものの、魔力が刻一刻と失われているという焦りが、どこか集中力を欠く結果となっていた。


 だからだろうか。敵の“成長速度”を見誤ってしまったのは。


「っ――! さっきよりも早く……!?」


 このまま身動きが取れない、ないし武器を奪われるのはマズい――そう考えて慌てて刃を引くのと同時に、相手が距離を詰めてくる。頭は一瞬で元に戻っていた。たった一歩の距離が縮まるのは一瞬で、敵の攻撃を捌くには手に収まった細剣レイピアが邪魔になってしまう。


「ぐっ……!?」


 片手だけでは受けるのもままならず、致命傷には至らなかったが脇腹に重たい一撃を食らってしまう。響く痛みはまだ耐えられる範疇はんちゅうのものだった。私が飛び退いて距離を離すと、追撃まではまだ真似を出来ないのか追ってはこない。


 すぅ、と息を大きく吸って、細剣レイピアを鞘にしまう。

 両手が空いた状態でないと、今の奴を相手にするには足りない。


「かかってこいよ。“本物サマ”のやり方を見せてやる」


 ――そこからは苛烈な殴り合いが始まった。


 とはいえ、自分の動きが理解できている以上は、その真似をしているに過ぎない相手の動きだって対応できないはずもない。魔力の減衰に波があるのは、スカイレースの方で順位争いでも激しくなっているからだろうか。


(――アリエスはいいトコまで食い込んでいるかな)


 あれだけ熱心に機石バイクロアーの修理を行って、ピカピカになるまで整備していたんだ。アリエス自身の機石を操る能力だって、決して他の魔法使いたちに引けをとらない。優勝できたあかつきにはうんと褒めてやろう。


 だが、その為にも――目の前のコイツをさっさと片付けないとな。


 拳を防いで、躱して、受けて。こんなことの繰り返しでは息の根を止めることはできないことぐらい分かっている。だから、機を窺うのだ。相手は私の動きを模倣している。私自身が、自分が完璧な存在でないことを理解している。動きの癖を客観的に見るのは初めてだが、それでも暫くして見えてくるものだってあった。


 ……こんな動きをしていたっけか?


 自分の知らない自分の動き。模倣しきれていないのか。それとも勝手にアレンジが加えられて始めているのか。……長引かせない方がいい。最初から分かっていたことではあるが。


 知らない動きであっても、“私の動き”が色濃く残っているので、まだ癖を掴むことはできる。さっきからチラチラと気になっている。自分にも身に覚えがないことも無い。


「まだだ……まだ――ここぉっ!」


 見えた――弱点っ!

 ……実質的には私のだが。


 一打、二打、三打、特定の流れの後に大きく動く一瞬がある。自分が対面する側になって初めてしっかりと確認できた弱点。隙のできた左肩の内側に、動きを合わせるようにして右手を添わせた。


 こいつを見るのは初めてだろう。真似することもないだろうがな!


 手のひらから超速で噴射する帯状の炎が、相手の肩口をザックリと焼き切った。炎の勢いにより大きく吹き飛ぶ左腕。痛みも感じないのだから、失った左上にしばらく気付かず空振りでもするかと思ったのも束の間――自分の脇腹に鋭い痛みが走った。


「な……なんだと……?」


 相手の右手に握られていたのは、私の細剣レイピア。その、模造品レプリカ。姿をそっくりに変えられるのだから、武器を模倣することが出来てもおかしくない。これまで出さなかった理由は分からないが、完全に不意を突かれてしまった。


 ここから仕切り直し? ……馬鹿言え。


 この先は一歩も退けない。どちらが先にくたばるか。

 全身に魔力を漲らせ、後先考えて戦うのを止める覚悟を決めた。

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