第三百八十四話 『――上等っ!』
「“門”の調子はどうですか?」
トレーニングは午後からということで、後輩たちは授業に出ていたり、他の用事を済ませていたり。
私はというと、来たくもない学園長室に顔を出して、ヨシュアと膝を突き合わせていた。
「……“兆候”は既に来ている。この調子なら、次のイベントの時期とは無事重なるだろうさ」
首の後ろあたりを撫でながら答える。ピリピリとした不快感が、日に日に増して行くのを感じている。
“全く何もない”ということの方が、かえって厄介な状況を生み出す、というのが分かってからは、こちらの方がある意味では安心できるが。
やってくる時期が分かっていても、“門”の前に必ず現れるとは限らない以上、気は抜けない。
「そうですか、それは良かった。今回のレースに関してはいろいろと手が込んでいますから、前回のような余計な横やりが入っては興が醒めてしまいますからね」
今回はアリエスも気合を入れているスカイレース。どういった意図があるのか、飛べる者限定というのは思い切ったことをしたものだなと思う。
前回の、参加資格は自由であっても、他の参加者を様子をみて辞退してしまう者が多かったことを
そのための魔法具まで用意したというのだから、『手が込んでいる』というのも
「あの腕輪もわざわざ用意したのか?」
テイルが運営を担当している生徒に聞いたものを伝え聞いた程度だが、どうやら身に付けているだけで魔法を使う時の魔力の消費を抑えることができるらしい。
この魔法学園においては、この上なく重宝される道具だろうに、今の今まで用意していなかったのが不思議なくらいだ。
「えぇ。今回のレースでは無いと困る生徒が多くいるでしょうから、少しでも公平性を保とうとした結果ですよ。コースが長い分楽しめますが、途中で魔力切れを起こしてリタイアされても困りますからね」
「魔力の消費を抑える腕輪なんて……そんな便利なものがあるのなら、まずは私に言うのが筋じゃないのか? これがあればどれだけマシになるか――」
「残念ですが、あれはキミが身に付けたところで効果はありませんよ」
「……? どういうことだ?」
尋ねてみたが、はぐらかすばかり。
抑えられる魔力の量に限界があるとか、そういう理由でもあるのだろうか?
こういう時はもうどれだけ問いかけたところで無駄だ。コイツは答えたくないことには絶対に答えない。それなら、と本題に移ることにした。
「それはそうと、うちの後輩がレースに参加できない危機に瀕している」
「……アリエス・レネイト、ですね」
スカイレース。空を飛べる者限定という縛りのせいで、参加できる者が限られたこのイベントに、唯一参加できる可能性があるのはアリエスのみ。といっても、その飛ぶための道具である
「機石魔法の工房に探索の依頼として行ったときに持ち帰ったものだ。外部から依頼を受けたのだとしても、お前が直々にテイルたちに任せたんだろう。何かしらの情報ぐらい持っていてもおかしくないし、なんなら修理ぐらいできるんじゃないのか?」
「そうですね……。私は修理するつもりはありませんが、工房で見つかった資料については、その翻訳のために機石魔法科のキンジー先生に渡しています」
資料に書かれていた内容はすべて自分たちの用いているものとは別の言語で記述されており、少なくとも機石魔法を学んだ者でないと読むことは難しいらしい。
「キンジーに?」
「えぇ、依頼を受けた生徒が頼んできたら、複製した資料を渡すぐらいはしていいと伝えていますので、アリエスさんが頼めばすぐに解決すると思いますよ」
「まどろっこしいことを……」
キンジーの所に私が出向いたとしても、素直に資料は得られるだろうか。
とりあえず、やるだけのことはやってやらないと、このままではアリエスが不完全燃焼のままで終わってしまう。参加できずに終わってしまうだなんて、諦めるにも諦めきれないだろう。
「おっと」
機石魔法科棟の1階にあるというキンジーの工房の前の廊下にさしかかったところで人影を見つけて、無意識に身を隠す。別にすれ違ったぐらいならば一瞬で記憶から消えてしまうのだが、そこはなんとなくだ。
キンジーの工房から出てきたのはテイルだった。
どうして、と考えて少しして、ははぁと思い当たった。
テイルも、アリエスの為に動いているのだ。
共に依頼を解決したのだから、機石魔法の工房に何かしらの情報があったのではないかと、私よりも早く思い当たったのだろう。
なかなか仲間の為に動いているじゃないかと感心していると、廊下の向こう側からヒューゴとハナもやってきた。少しだけ嬉しくなって、口元が緩んでいた。
一人で何かを作り上げる、というのは孤独との戦いだと思う。実際に手を動かすのはただ一人、周りの人間はそれに手を出すことはできない。かえって邪魔になってしまうから。
アリエスは一人で黙々と作業をしていた。
流石に地下に籠りきりでは息が詰まってしまうから、とハナに言われて、屋外で作業することにしたのだろう。もちろん、私がいる以上は部外者に近づかせたりはしない。
今日もアリエスが窓から荷物を抱えて出ていくのを確認して、私も寝室から顔を出す。外はもう肌寒い季節になっているが、妖精に頼んで快適な温度に保つようにしていた。
外からは見えない位置にいるため、こちらからアリエスの様子を確認することもできないが、妖精がゆらゆらと揺れて喜んでいる様子を見るに、気付いたアリエスから何かしらの反応を返されたのだろう。
数十分、一時間、二時間。
時間は淀みなく流れゆく。
きっとアリエスの作業の進行は芳しくないのだろう。ただただ無言でカチャカチャという音が微かに鳴り続けるばかり。答えが見つからないままに、自分の持ち合わせた知識と経験だけでそこに辿り着こうとする。それはとても難しいことだ。
テイルから聞いた話によれば、前回は出力が全然安定しないで初めっから全力で浮上してしまい、乗っていたヒューゴが天井に叩きつけられてしまったとかなんとか。
……答えは誰も持っていない。
仲間はいても、酷く、孤独な戦いだ。
「…………ん? どうした?」
アリエスの様子を見ていたはずの妖精が、こちらにふわりと飛んできた。
何事かと自分も窓からそっと覗いてみると、誰かがアリエスに近づいていく。
「――あぁ、あれは気にしなくていい。アリエスの味方だ」
機石魔法科の教師であるキンジー・メイクンだった。
ドワーフらしいというか、身長は低く、髭はもじゃもじゃで、そのくせ禿げを隠すように厚手の皮帽子を被っている。性格も、能力も、魔法使いというより、職人といった方がピッタリな教師だった。
どことなくアリエスとは趣味も合いそうだし、実際いろいろと面倒を見てもらっているところを学内で見たこともある。それになにより――
姿勢を正して気を付けの状態のアリエスをちらりと見ると、キンジーが機石バイク《ロアー》の上に何かを放った。……あれは――紙の束だ。
慌てた様子でそれを手に取り、ぱらぱらとアリエスが目を通していく。
中に書かれている何かに目を輝かせていた。
あまりの嬉しさにピョンピョンと飛び跳ねている。
――が、何やら残念そうな面持ちのままのキンジー。こちらまでは届かないが、アリエスに何かを伝えると、その様子がみるみるうちに
「……何か問題でもあったか?」
「――上等っ! 私の手で命を吹き込んでやろうじゃない!」
アリエスの張りのある声が夜空に響いた。
問題があって落ち込んだかと思いきや、次の瞬間には意気揚々と張り切りだして。キンジー共々にぃっと歯を見せて笑みを見せている。……よく状況は掴めていないが、どうやら目標は定まったらしい。
私が無理に手を出さなくても、仲間たちで上手く回っているようだ。
この調子なら、そう心配する必要もなさそうだな。
「それじゃ、後は任せたぞ」
妖精を窓辺に待機させたまま、寝室に戻ることにする。
気分の乗っている今は、気が済むまで作業をさせておいた方がいいだろう。
戻ってきて寮に戻る体力も無かった時のため、毛布をソファに出しておいてやる。比較的匂いが移っていないものを選んでやった。
魔力をそこまで消費しているわけでもないし、微かな香の香りが緩やかに眠りに誘ってくれるだろう。
――楽しみにしてるぞ、アリエス。
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