4-2-3 ヴァレリア編 監督生Ⅲ【レースの裏側】
第三百八十三話 『アリエスに話すか?』
時間というものは、常に一定に流れているはずなのに、気が付くとあっという間に過ぎ去ってしまっている。“魔界”について調べながらテイルたちの特訓に付き合う毎日だったが、気が付くともう次の学内イベントの時期が迫っていた。
とはいっても、その内容を知ったのはテイルたちの口からだった。
「――すはー……。んー? レース大会?」
決められたコースを参加者たちが競争する単純明快な催し物である。確かに、これまでも何度かやっていたというのは聞いていたが、そういう時期が来たんだなぁとぼんやりと思う。
「楽しそうじゃないかぁ。出れば?」
「……まだ、今の状態じゃ出れないんです。飛べる奴がいないので」
「なんで? 飛べばいいじゃん」
「行けばいいじゃん、みたいなノリで言うの止めてもらえますか」
ただ、今回は地上ではなく空中を駆けるスカイレース。飛行魔法かそれに準じた道具を利用してゴールまで飛び続ける必要があるとのことだった。惜しいなぁ、地上がコースならばテイルも優勝を狙えたかもしれないのに。
とはいえ、誰も空を飛ぶための魔法は持ち合わせていない。新しく覚えるとしても、空を飛ぶ魔法はなかなかに制御が難しく、一朝一夕でなんとかなるようなものでもない。
「はぁ……。アリエスの
「あぁ! だから下に引きこもってるのかぁ」
機石工房から持ち帰った
「どうにかならないですかね」
「“なんでも出来る”と
陣として描くならともかく、魔法式を格納させて、それを命令通りに動かすというのがイメージが湧きにくいという部分もあるだろう。それと、手先が致命的に器用でない。
「だいたい、先輩は飛べるんです?」
「……私? 私は――」
――飛べない。飛べないが……なんでも出来ると言った矢先、『飛べない』だなんて口にしたら負けだろう。どうにか有耶無耶にして誤魔化そうと、香を炊いていた紙袋の中に頭を突っ込んだ。
鼻から一気に香りを吸い込むだけで、頭の中がぼんやりとしてくる。
「なんだかこうしてるとな……。身体がフワフワしてきてな……」
「…………」
よっぽど意識が朦朧としてきた時には身体が浮く感覚がしてくる。まぁ、実際に飛んでいるわけでもないのは重々承知しているが。
適当な雑談をしてテイルに蔑むような視線を送られていた中で、ハナがひょっこりと顔を出した。
「――あら、今日はお二人でいらしてるのですね」
私とテイルだけでいるのが珍しかったのか、少しだけ驚く様子を見せた。
「あれ、ヒューゴは?」
「ヒューゴさんは……ちょっと居残りがあって……」
ハナの話によると、実技の方はわりと良い結果を残しているのだが、座学の方はさっぱりとのこと。いつかやるぞと思っていたが、とうとうその時が来てしまったか。今回のレースには選手として参加することはなさそうだし、そっちの特訓も必要なのかもしれない。
「それでは、私は先に降りてますね」
テイルがハナに、アリエスはもう来て下に降りていると伝えると、少しだけ準備をしてお茶を淹れてから階下へと降りていく。
「ありゃ、ハナちゃんもう降りちゃうのぉ……」
「うふふ。放っておくとアリエスさん、ずっと頑張っちゃうので」
ほんの少しだけ冗談交じりに引き留めてみると、微笑みながらそう答えた。
どうやら、ハナが『たまには休憩していただかないと』と口にするほどに、アリエスは根を詰めているようだった。まぁ、
それでも、一応は毎日の走り込みは続けているのだから偉い。
「意外だったな……」
テイルがポツリと呟く。
いったい何が意外なのか、ハナが小さく首を傾げて。
「…………?」
「何かに真剣になるところなんて、殆ど見ないだろ」
それは、テイルから見たアリエスの印象だった。賭け事に関してはともかく、わりとなんでも要領よく立ち回るタイプで、出来ないことは出来ないと見切りをつける性格だと思っていたらしい。
しかしながら、ハナはそれを聞いて『そんなことないですよ?』と小さく笑う。
「テイルさんがいない間も、『私も頑張らないと』って言っていました。昨日なんて、絶対に直すって遅くまで残っていろいろ試していたみたいですし」
少しだけかいつまんで聞いた程度だが、テイルたちは魂使魔法に使用するための宝石を探していた。2つ必要で1つは手に入ったらしいが、同程度のものをもう1つ見つけるのが大変なんだとか。
どういった事情があるのかは分からないが、アリエスにとってはそれだけ熱を入れる理由があるのだろう。
「アリエスさんも、頑張るものや“きっかけ”が見つからなかっただけで、怠け者っていうわけじゃないんです」
「べ、別にそこまでは言ってないけど……」
どうやら、ハナの方がアリエスのことをよく見ているみたいだな。
「んふっふー、テイル? お前たちが入学してすぐ、問題を起こして謝りに行かされた時なぁ。あの時のこと、憶えてるか?」
「……【銀の星】との話ですか」
テイルの表情が少し曇る。やはり、あまり良い印象は無いんだろうな。
この間の学生大会でも、その【銀の星】のリーダーに敗北してしまったのだから、それはもう対抗意識でガチガチになっているに違いない。
「それがどうしたんですか?」
それは――テイルたちの知らない裏側での話。
アリエスと、私と、ハナの間に留めていた秘密の話。
「あの日のあと、アリエスが一人で話をしに行ってたんだがにゃあ。『あのままじゃ、きっと駄目だから』って言ってさ」
「…………」
『はぁ……』と溜め息を吐きながら、テイルが額に手をやる。自分の失態と、それに対して気付かないうちにフォローされていたという事実。
「せ、先輩……それはアリエスさんが秘密にしてほしいって……」
「返事をしたのはハナちゃんだけで、私は何も言ってないからにゃあ」
別に必要の無いタイミングで、話をするようなことはしないというだけで。今はテイルにも話しておいた方が良いと私が感じたのだ。アリエスだって、私が素直に従うはずがないと理解した上でああ言っていたのだろうし、これで困るような事態になることはない。
「アリエスに話すか?」
「……いいえ」
確かめるように尋ねてみたが、ハナも糾弾するつもりはないらしい。
「ま、なんにせよ、だ。あれはあれで、適当にしているように見えて、わりとしっかりしているんだよ。知らないところで、けっこう助けられたりしてんだぞ?」
今はまだ、それぞれの生い立ちについて深いところまでは知らない。ただ、テイルが孤独に生きてきたのであろうことぐらいは、同じ臭いを感じた私はよく理解している。だからこそ――テイルの欠点といえる部分にも気づいていた。
なまじ一人で出来る器用さを持っているからこそ、誰かを頼ることを極端に嫌っているきらいがあった。
――仲間なんだから、頼ったっていいんだ。
「そうみたいですね……」
アリエスはアリエスで、仲間に対して甘えるような行動を取るようなこともあるけど、それでもテイルよりは生き方が上手だった。それでも、やはり限界はある。今の私にできることがあるとすれば――
「私は手伝えないから、今回はお前らでしっかり支えてやるんだぞ」
仲間たちから、アリエスを積極的に手助けさせることぐらいだった。
困っている仲間が目の前にいて、それを見過ごすことができない優しい奴らが揃っている。学生大会ではそれぞれが優勝を狙ってバラバラに動くこともあったが、今回はアリエスの背中に全て乗っかる形になるのだろう。
【知識の樹】が一丸となるには、よい機会だった。
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