第三百六十話 『課題を与えようじゃないか』

「――と、いうわけで、だ」


 パンッと手を叩き、こちらへと注目させる。


「全員自己紹介をしてくれたってことは、ウチに入るって認識で間違いないな? 何か異論のある人はいるー? ないよな? どうせどこかに入るまでは、ドタバタと追いかけ回されるだけだぞ?」


「もちろん、俺はここで決まりッスよ!」

「私は……ここが一番落ち着くと思うので」

「まぁ、どこに入ったって同じだろうしねぇ」


 三者三様、みんな肯定的な返事でとても良い良い。

 ただ――返事が一つ足りないのは気のせいかにゃあ?


「…………」

「子猫ちゃんは? んんん?」


 まさかここまできて、断るなんてことはしないよな?


「……自己紹介したんだから、“子猫ちゃん”はやめてください。俺だって、別にどことかはこだわってないし……ここで構わない」


なんともまぁ、煮え切らない態度だ。こいつは相当なひねくれ者だな。


 ともあれ、こうして新入生四人が集まり、グループ【知識の樹】を結成できたのは、実に喜ばしいことである。面子は集めた、自己紹介も済ませた、となれば次にやらなければならないことは……。


「よーしよし! それじゃあ、全員加入けってーい! それでは、キミたちに“渡したいもの”があるので――ほら、ハナ以外は全員こっちに集まれ。そしたら、一人ずつ手を出してみ」


「え……?」


『え……?』じゃないよ。どうして四人とも身構えてんだ。


 全員の加入が決まったんだから、今度はその証である紋章クレストを刻むに決まっているだろう。まぁ、“刻む”とはいっても実際に彫りつけるわけじゃないし、痛みはない……はずだ。まぁ、ハナさんの時には上手くいったからな。


「なんでハナさん以外……?」

「はやぁぁぁぁぁくっ!」


 話が進まないじゃないかよ、もう!


 一から十まで説明すれば話は早いのだろうが、こっちとしてもアッと驚いて欲しい気持ちもあるわけで。その二つがせめぎ合って、どうにももどかしい。


 有無を言わせず新入生たちを急かすのもやむなし。最終的には、一番近くにいたアリエスからとなった。


 おずおずと手を差し出しながら、不安そうにこちらを上目遣いで見てくる。よーしよし、カッコいいのをバッチリ入れてやろうじゃないか。


「あ、右手ね。左手じゃなくて」

「は、はい……」


 別にどちらの手に刻まないといけない、なんて決まりがあるわけじゃないが、ハナの時は右手だったし揃えた方がおさまりも良いだろう。並んで見せる時に手が当たる心配もないしな!


 ――集中する。


 左手を下に。右手を上に。

 触れたアリエスの手の感触から、緊張しているのが伝わってくる。


 素早く、それでいて丁寧に。

 包み込む両手の隙間から、漏れ出てくる淡い魔法光。


 もう手慣れたもので、紋章クレストを刻み込むのに、そう時間はかからなかった。


「はい、完成!」


「……なにこれ?」

「うおぉぉぉぉ! カッケェ!!」


 驚きに目を丸くして、自分の右手の甲をまじまじと見つめるアリエスと、その紋章クレストを見て目を輝かせるヒューゴ。どうやら好評なようで良かった。


 学園の生徒として予め刻まれていた円枠の中に納まった、大きな四枚の花弁。私の記憶に根強く残る故郷の花――スヴリアの花だが、我ながら上手くできているじゃないか。


「これが! このグループ【知識の樹】に所属している証だぁ!」


 学内で生活するにおいて、この紋章クレストは自らの所属を示す大切なものだ。どこにも所属していない生徒は、丸枠のみとなって、寂しい思いもするだろう。


「で、なんでハナさん以外なんですか?」

「あの……私は一足お先に貰っていたので……」


 そう言って、ハナが三人に紋章クレストの入った右手を見せた。






 よしよし、これで四人全員が、正式に【知識の樹】のメンバーとなったわけだ。


『へへっ、どうだカッコいいだろ!』

『全員に同じものがあるだろうが、馬鹿』

『綺麗な花の紋章だね』

『スヴリアの花っていうんですよ』


 そんな感じでワイワイと楽しそうに紋章クレストを見せあう新入生たち。既に仲が良さそうにも見えるが、ここはやはり交流を深めてもらうべきだろう。


「んっふっふー。ようこそ、と歓迎したところで――どうだ、まだまだヒヨッコの君らに、課題を与えようじゃないか」


「……課題?」


 学園の生徒として活動していくなかで、学外へと出て依頼をこなすことだってあるだろう。……だが、私は“呪い”によってこの学園から出ることができない。普段から行動が制限されている私が、彼らを手助けできることはきっとそう多くはない。


 だからこそ、四人の結びつきが重要なのだ。仲間として共に戦う以上は、連携を取れるようになるのは必須であり、その為には互いのことをよく知るのが唯一の近道なのである。


 ……私に戦いの全てを叩きこんでくれたミルクレープ。彼女との戦いは呼吸がバッチリと合っていたし、この上ない安心感があった。どんな敵が立ち塞がろうとも、負ける気がしなかった。


 頼れる仲間というのは大切な存在だ。

 新入生たちには、そういうものになって欲しい。


「おっしゃ、任せてくださいよ! 何をすればいいんです?」


 至極単純しごくたんじゅん、行動を共にする以外にありはしない。


「――見学だよ。今日の予定にあっただろう? “構内自由見学”って。四人で学内を回るついでに、互いの親睦しんぼくを深めてくるといい。広いからあっという間に日が暮れるぞー」


 流石に初日から地下まで潜ることはないだろう。変に念押ししても逆に怪しまれるし、本来ならば見つかることはない場所なので触れないでおこう。迷うことはないだろうが、それでも隅々まで回ろうと思ったら、一日かけても足りることはない。


 図書室だの、各自の魔法科棟や工房だの、三つ四つ回れば丁度いいぐらいだろう。

 ……私もこの学園ができてすぐの頃は、あちこち回り尽くしていたな。


 …………あー。

 なんだか昔のことを思い出していたら、また身体が怠くなってきた。


 まーだ完全には魔力が回復してないんだろうな。

 ちょっと張り切って魔法を使ったらこれだ。


 さっき使って机の片隅に置いてあった、携帯用のお香袋を持ち上げて、口元に沿える。『スゥー、ハァー』。大きく息を吸うと、香りと共に魔力が行き渡ってくるような気がする。


 あくまで香りは回復を促すだけであって、直接にこれで魔力を補充しているわけでもないのだが、それでも元気になったような気になれるのは凄い。


「…………」


 しかし、新入生たちの怪訝な目線が突き刺さる。

 何かよからぬ想像でもしているのだろうか。ただのお香だぞ。


「あ、気にしなくていいからね。これ、ただのお香らから。うん……うん……ふへへへへ……」


 安心させようと、何かしらの説明をしようとしたが……あー、クソ。効き過ぎだ。しばらく我慢していたとこに、今日一日で連続で吸ったおかげで、意識してないと口元がにやけてきて、呂律ろれつも回らなくなってくる。


「嘘つけぇっ!! 中毒性高そうな雰囲気がプンプンしてんだよっ!!」


 たまらず声を上げたのは、テイル・ブロンクスだった。いやぁ、キミが突っ込むのかい。口数の少なくて暗い奴かと心配していたが、なかなか元気じゃないか。


 アリエスも『うんうん』と頷いているし、ハナは困ったような表情でこちらを見ている。ヒューゴは……ずっと尊敬の眼差しを向けていてよく分からんな?


 こうして見た限りではバラバラの四人だけれども、なんだかんだで上手くやってくれることだろう。……いつか、自分と一緒に戦ってくれる日も来るのだろうか。そんな日なんて、来ないのが一番なんだがな。


 一年か。二年か。三年か……。


 まだこいつらが学園にいる間に、“門”が消えてくれればいいんだが。


 そうすれば、いろいろなことができる。授業を覗きにいってもいいし、五人で学外の依頼に挑むのも楽しそうだ。学園の行事にだって、大手を振って参加できるじゃないか。私にとっての、輝かしく、新しい学園生活――


 頬杖をついたままに思いを馳せて、口元がまたニヤついてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る