第三百五十九話 『自己紹介の時間だ』

「やあやあ、みんなお待たせぇー!」


 勝手知ったる我が自室、兼工房。黒猫片手に勢いよく扉を開けた私を出迎えたのは――私が直々じきじきに勧誘した三人の新入生たちだ。


「悪かったね、待たせちゃったねぇ!」


「待たせただなんて、とんでもない! 何時間だって余裕で待つッスよ!」


 流石に何時間も待たれたら、私のことを忘れられかねないんだよなぁ。


 ――ヒューゴ・オルランド。


 中庭で上級生に絡まれているところを助けてやったら、尊敬の眼差しを向けられてしまった。まぁ、同じ炎の妖精魔法師ウィスパーだし、なにかと勉強の手助けはしてやれそうだ。


「私たち、みんな暇ですし……。あはは……」


 そりゃあまぁ、忙しくなさそうな奴に声をかけてきたからな。


 ――アリエス・レネイト。


 機石魔法科マシーナリーとして入学してきたが、学園の先輩たちからは教わるつもりはないと言っていた。なかなかな豪胆な新入生である。まぁ、その発言に見合うだけの実力は持っているようだが。私の突然の勧誘にも乗ってきたあたり、わりと順応能力も高そうだった。


「あらあら、可愛いお客様もご一緒なんですね。お菓子も出しましょうか?」


 うんうん、ちゃんと言われた通り、お茶でも飲んでちゃんと待っていてくれたんだな。……そのお菓子はどこから持ってきたんだ?


 ――ハナ・トルタ。


《特待生》ではないものの、学園長であるヨシュアがどこかから学園に連れてきたという妖精魔法科ウィスパーの新入生。見たところでは、植物などの大地に関係した妖精と契約しているようだ。月並みな感想だが、実力は未知数といったところ。さて、どれだけの能力を秘めているのか。


 兎にも角にも、この三人が快く私の勧誘を受けてくれた新入生である。


「よし、これでメンバーも揃ったことだし! 自己紹介といこうか!」


 テーブルを囲む椅子は四つ。既に三つは埋まっている。

 もちろん、残った最後の一つは私がぶら下げている子猫ちゃんのためのものだ。


 ちょこんと残った椅子に座らせて、私は私で自分専用のテーブルにつく。窓際に用意させていた豪華なテーブルと椅子。座り心地のふかふか具合を堪能しながら、ゆったりと腰を下ろした。


 スゥー、ハァー。


 身体が少し怠く感じていたので、お香の入った袋を口にあて大きく深呼吸。ヒューゴのときに魔力を消費しちゃったからなぁ。こうして、こまめに回復しておかないと。


「そうだなぁ……まずは君から!」

 

 どうせなら、種明かしは最初にした方がいいよな?


 ヒューゴとハナも、アリエスから私が最後の一人を連れてくることを聞いていただろうし、それで実際に持ってきたのが一匹の黒猫なのだから、困惑しても仕方ないことだろう。


「…………?」


 そう思い、子猫ちゃんを使命したのだが、反応が薄いではないか。


 三人は自分ではなく目の前に座っている猫が指名されたことに困惑している。当の子猫ちゃんは、まさか自分の正体がバレているわけがないと高をくくっている。


 ……面倒だが、仕方ないにゃあ。


「ほら、?」

「――――っ!」


 言い当てられた本人はともかく、周りの三人まで唖然としていた。

 ……まぁ、実際に見ない限りは分からないよな。私以外は。


「あぁ、そうか。自己紹介こういうのは、こちらから先にするものだったか。悪いね、うん。なんせまだ慣れていなくてねぇ。私は――《監督生》のヴァレリア。所属は妖精魔法科ウィスパーだ。君たちを心の底から歓迎するよ」


 そこまで言ってから、全員の顔をしっかりと確認するため、そして私の顔を憶えてもらうために、かけていた色眼鏡を外す。


 これから始まる三年間という学園生活の中で、唯一の生徒たちだ。たった四人。されど四人。それだけで、何もかもが違う。


「ようこそ――」


 ……えーっと、グループ名は何にするんだったっけ。


 ――思考。0.1秒。


 私が監督するグループ。この部屋にいる五人の繋がりを示す、大事な名前。象徴となるものだ。それぐらい大事なものだから、変な名前にしてはいけない。


 とりあえず、学園ってのは勉強する場所だから、“知識”ってのは欲しいな、うん。問題は知識の何なのかって話だ。ただ単純に学び、蓄えるためならば、図書室だって変わりはない。知識の森だとか知識の泉だとかは、モロに被るので避けたいな。


 ――ここまで0.5秒。


 もう『ようこそ』って言っちゃったんだから、最後まで言い切らないとダメだろう。『名前は今考えている最中だから、少しだけ待ってくれ』なんて恰好の悪いことは言えない。これまでの記憶を手繰り寄せろ。何かいい名前、出てこい――!


 ――――ようこそ。


「――【知識の樹】へ」


 頭の中に、ふっと湧いてきたイメージ。それは――大きな、とても大きな大樹だった。自然区に自生しているようなものではない。学園の心臓ともいえる、あの場所のものである。


 忌まわしき場所であり、思い出すたびに喉の奥に泥が詰まったような感覚になる、“門”のある学園最深部。巨大な魔法石に絡まる、木々の幹。上下に根を張る大樹が鮮明に脳裏に浮かび上がったのだ。


 それは学園を支える私自身を表す言葉であり。そして、知識を吸い上げ、枝葉を伸ばし、大きく成長していく、学園の生徒たちへの望みでもあった。


 …………。


「さぁさぁ、自己紹介の時間だ。私はちゃんと紹介したぞ。みんなの名前と所属する科、あとは得意な事とか、適当によろしく頼む。では、はい!」


 先ほどと同じように指し示した先で座っているのは、小さな黒猫――ではなく、黒髪の少年だった。どうやら観念して、正体を現すことにしたらしい。そうそう、素直なのが一番だぞ。


「……テイル・ブロンクス。定理魔法科マギサ


 素っ気なく、一言、二言。声に覇気がないな。


「ほー。得意なことは?」


「…………」

「…………?」


「……まだ、ない」


 まだ無い? “まだ”とはどういうことだろう。少しばかり考え込んでいたみたいだし、言えない部分に関わるのだろうか。それならそれで、別に構わないが。


「ふーん。ま、得意なことが見つかっていないことだってあるだろうさ。私だって、魔物を狩ることしか能がないと言われていた時期もあったしなぁ。……この学園生活で見つかるといいな、得意なこと」


 そう言って微笑みかけてやるも、笑顔を返してくることもなく。そっぽを向いてしまったので、さっさと自己紹介を進めていくことにする。


「さぁて、次は誰だ?」


「ハイハイ! 俺がいきます!」

「お、元気がいいね」


 出会ったときから元気がいいな。燃料切れするってことがないのか。


「ヒューゴ・オルランド! 妖精魔法科ウィスパーッス! 家が代々鍛冶屋をやっていて、炎の妖精と仕事をしてるんで、いつか仕事を継ぐためにも一人前の妖精魔法師ウィスパーになっとかないとなって!」


「なるほど、ということは妖精魔法は大得意ってわけだな。将来家業を継ぐために、この学園に来たと。……なかなか期待が持てそうだねぇ」


 一概に言えることではないが、基本的に妖精との付き合いが長ければ長いほど、妖精魔法は扱いやすくなっていくものだ。代々ともなれば、それなりのノウハウを親から受け継いでいるだろうし、意外と優秀なのかもしれないな。


「それでは、残り二人。女の子の番だな」


「えっと、アリエス・レネイトです! 機石魔法師マシーナリーとして、この学園に来ました。私も……人に自慢できることは、機械いじりと魔法の腕ぐらいしかないかな。あはは……」


「その腕は勧誘したときに一度見せてもらってるな。機石魔法師マシーナリーは一人だから戸惑う部分もあるかもしれないが、アリエスならきっと大丈夫だと私は思ってるよ」


 魔法の系統が全く違うから、グループ内で孤立してしまうかな、とも考えていたが――こうして実際に見てみると、わりと強かな雰囲気もあるし、逆にグループを良い方向に引っ張っていく存在になったりするんじゃないだろうか。


「さぁ、最後はハナだな。よろしく頼むぞ!」


「え、あの、あの……ハナ・トルタです。……私は、その……学園長さんに呼ばれてこの学園に来たので……どうすればいいのかも、まだよく分かっていません。好きなことは、お花や木を育てることです。あ、えっと……妖精魔法師ウィスパーです。よろしくお願いします」


「よしよし、頑張って自己紹介できたな。まぁ、心配することはない、なるようになるさ。私という先輩がいる、同学年の仲間がいる。それだけで、学園生活は楽しいものになる。私が保証してやる」


 途中途中で詰まりながらも、ちゃんと最後まで自己紹介できたハナを褒めてやる。


 ハナだけじゃない。この場にいる全員が仲間であり、支えあって学園生活を送るのである。背中を預けて戦う未来の戦友なのである。形も大きさも違う歯車がかみ合ったとき、どんな未来が紡がれていくのだろう。


 そんな期待を胸にして、もう一度全員の顔を目に焼き付けた。

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