第三百五十八話 『やあやあ、子猫ちゃん』
「さぁて、本命の子猫ちゃんはどこにいるのかな?」
これまで学科棟を見てきたが、戻っているような素振りは見られなかったし。念のため寮も見てきたのだけれど、やはり影も形もなかった。……となれば、人知れず今も学内をぶらついているに違いない。
どういう経歴でこの学園に来たのか、ヨシュアから聞いとけばよかったか……。
その子猫ちゃんが持つ、細かい能力的なことも分からない。もっと言えば、魔法を扱うことについての適正に関しても、だ。ヨシュアが誘った以上、何かしら特別な部分があるのだとは思うが……。
入学式の様子を眺めていて気づいたことといえば、その魔力の感じからしても黒猫の
「ま、何にしても、見つけられたらの話なんだが……」
ほんの少しでも視界に入れば、変装していようが何をしていようが、魔力で判断が付くのだから。なので、優先すべきは――子猫ちゃんがどこをうろついているのかアタリをつけることだった。
無駄に広い学園だ。闇雲に探したって、見つかるアテもない。
中央棟の尖塔まで登って、上から見渡してみるか? いや、その時間も勿体ない。どこかで騒いでくれていれば楽なんだけどにゃあ……。
――――。
『お、おい! やばいんじゃないか、あれ!?』
「…………んん?」
人の多い方にはいないだろうが、一応は確認しておくかと中庭の方へ足を運んだときだった。
『まさか、爆発したりしないよね!?』
『どこの科がやらかしたんだ!? 早くなんとかしろよ!!』
なんだか騒がしいな? 何があった?
向こうの方でなにやら慌ただしい生徒たちの声。まだ距離はあるものの、覗き込んでみれば原因は一目瞭然。青空に
思わず目元を覆う。流石に直視してたら網膜が焼き付きそうだ。
――直感があった。
あれは……アリエスの持っていた
となれば、何があったのかは想像に
ただ、状況はいろいろと異なっているのが問題だ。
私の妖精は私の半身であり、思い通りに動いてくれるため
『水の魔法を使える人はいないか!? 消火だ! 早く消火するんだ!!』
あの様子から見ても、装置はかなりの高温になっているだろう。ただ熱もそうだが、もっと厄介なのは光の方だ。対象を視認するのもままならず、闇雲に魔法を撃っても直撃しないのだから熱が冷えることもない。
もう少し低い位置ならまだしも、あそこまで浮き上がってしまっては簡単には手が届かないのだ。私が魔法でどうにかする手もあるが、それはそれで影響は出るだろうし……。
――と、顎に手をあて悩んでいたその時だった。
「おっ―――?」
皆が目を細め、空を見上げる中で――私だけが気づいていた。草むらから飛び出し、足元を通り過ぎていった一匹の黒猫の姿に。
――見つけた。そして見逃さない。
黒猫が人ごみの間をすり抜けていく間に、一瞬にして人の姿へと変わっていくのを。そして、先を歩いていた男子生徒の色付きの眼鏡を掠め取った瞬間を。そしてそれをかけたかと思うと、すぐさま学科棟の壁を蹴り上がっていくのを――
「まさか、アイツ……あれを止めるつもりか?」
この騒動を収めたとて、アイツ自体には何の得もないだろうに。それでも動かずにはいられない性分なのか。一番に浮かんだのは、『面白い奴だな』という感想だった。
ただ慌てふためき、傍観していたその他大勢。対処しようにも闇雲に動いているだけの一部分。そのどれとも違う。単身で飛び込み確実な方法で問題を解決しようとするその行動力――悪い印象を受けようはずがない。
そして、例の新入生が取った行動は、考え得る手段の中では及第点というものだった。浮いていた火球の近くまで飛び上がり、人の少ない箇所に蹴り落としたのだ。本人もダメージを負っていないようで、また素早く黒猫の姿へと戻って草むらの中へと飛び込んでいく。
さて、もう目を離さないぞ?
始まったばかりの追いかけっこだが、さっさと終わらそうじゃないか。
――――。
一度見つけた魔力は、決して見紛うことはない。
草むらに隠れて移動しようと、この私の目には筒抜けだった。
こちらも目立たないように後を追い、人気のない学科棟裏へ。対象が安心して緊張を緩めたのを確認し次第捕獲だ。なぁに、多少雑にやったって気づきはしないだろう。こっちは影の薄い学園生活を何年も続けてきているんだ。
派手に動けば動くほど、人の記憶に残りやすく、そして忘れた時の違和感が大きくなるのなら、その逆を徹底すればいい。視界の隅に入ったとしても、次の瞬間には忘れ去られるような、そんな幽霊のような存在でいられるように。
――ただ、それも今日で終わりだ。
私はこの学園に蘇る。一人の先輩魔法使いとして。
四人の後輩を教え育て、学園を守り続ける者として。
『すぅ』と大きく息を吸った。
それはきっと、身体中に活力を行き渡らせる儀式のようなもの。
「――やあやあ、子猫ちゃん。どうした? 迷子かなー?」
「――っ!!」
音もなく近づき、むんず、と首根っこを掴んで持ち上げた。あまりに突然だったからか、鳴き声を上げるも暴れるもなく、ビクリと身体を震わせてからは、固まってしまっている。
「…………」
……軽いな。まともにメシを食ってこなかったのか。
よくよく観察してみれば、こうして持ち上げた後ろ姿だけでも、やせ細っているのが見てとれる。入学式の時に見た限りでは、戦えるだけの身体づくりはできているみたいだったが……。
ところどころには、うっすらと傷の痕も残っていた。
日常的に付けられたものであるようだった。
一人で森の中を駆けまわろうが、こうはならない。野生の魔物に襲われたにしても、傷の程度にばらつきが少ない。あの身のこなしを見る限りにも、ただ虐待を受けていたとも思えない。となると――
……誰だ。こいつを使っていたのは。
身体も小さく、まだまだひ弱なこの少年を、道具として扱っていたのは。
――はっ。
自分の心の奥底がスッと冷えていくのを感じ、黒猫を持ち上げている手に力が入ってしまう前に、慌てて頭を振って怒りの感情を追い払った。
いかんいかん。初対面からこんな表情をしてたら、嫌われてしまうぞヴァレリア。
そう思い直して、大きく深呼吸をする。たったこれだけのことでも、自分の頭の中を冷静な状態に戻すのに大いに役立つ。大事なのはコミュニケーションだ。それは私が、散々この学園で学んできたことだろう?
威圧感を与えずに、友好的に接しないとな。
そもそもこの状態で会話が出来るのだろうか。猫という生き物を実際に見ること自体が初めてだったが、どうやら鳴き声も特徴的らしい。代表的なのは『ニャーン』だそうだ。図書室の本で読んだ。あそこは、どんなものに関しての本も置いてあるからな。だてに知識の森だのなんだのは言っていない。
「ほらほら、鳴いてみ? ほら、ニャーンて」
「…………」
……鳴くどころか、一言も喋ろうとしないな?
別に猫の姿で
ま、ただの猫として嘘をつき通すつもりなら、それはそれで面白いんだがな。
抵抗して無理やり逃げ出そうとするよりはずっといい。なんなら、このままグループ室に連れて行ってしまえば、疲れなくて済むし、話は早いしで一石二鳥だ。
よし、それがいい。そうしよう。
「あー、可哀想に。今はどっこも騒がしいからなぁ。驚いて怯えてしまってるんだな? なぁ、そうだろう? んふふふふ……」
掴んだ状態でぐるりと回し、こちらに向かせる。驚きに目を見開いているようで、黄色にほんのり薄く緑の入った瞳と切れ目のような瞳孔がよく見えた。フラル――竜の瞳に似てはいるが、やっぱり細かい部分は違う。
うんうん、私の美貌に驚いているんだな、きっと。
こんな先輩に指導されるのだから、お前は幸せ者だ。
「んふふふふふふ……」
ここまでちんまいと、なんだか変な感情が湧いてくるな。
間違いなく、私のグループ四人目はこいつで決まりだ。
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