閑話 はみ出し者の兄弟二人
「そういえば、先輩はついてきてくれないんですか?」
「四人で行ってくる方がいいだろう? いきなり
どうせ日が落ちるあたりまでかかるだろうし。一人でここでボーッと待っておくぐらいなら、別行動をとった方が時間の使い方としては良いだろう。それに、これはテイルのためでもあるんだからな。
『ほーら、行った行った』と、テイルたちを部屋から追い出し、深呼吸を大きく一つ。学園内をうろつくだけでも気合を入れないとだ。
卒業により減った分だけ、新たな生徒たちがやってきた。新鮮な環境に胸を踊らせ、はしゃぐ
新入生たちも含め、今の学園の顔ぶれを憶えるという意味でも、やはりこの部屋に引きこもっておくわけにもいかない。
「さて、と。それじゃあ“こいつ”を返しに行ってきますかぁ」
テイルから取り上げた色付き眼鏡を指でくるくると回す。
本来の持ち主である男子生徒の顔はなんとなく憶えているし、新入生のようだったから、見つけるのもそう苦労しないだろうとは思う。さっさと用を済ませて、さっさと戻って来るに限る。そう思い、椅子から勢いよく立ち上がったのだが――
……部屋の中に、自分以外の気配を感じた。
「……何の用だ」
いつの間に来たのだろう、ヨシュアが部屋の隅で壁によりかかり立っていた。別に驚きはしない。こいつはいつだって神出鬼没、そのくせに望んだ時には出て来ない。むしろ、話ができるチャンスだと思うことにしよう。
「テイル・ブロンクス、ヒューゴ・オルランド、アリエス・レネイト――それにハナ・トルタとは……面白い四人が集まりましたね」
「何でもお見通しってわけか? それは神様としての能力なのか? それとも、どこかで覗き見でもしてやがるのかね?」
「キミにとっては、どちらも大した違いはないのでは? ですから、明言は避けておきますよ。――それに、これは学園長としての仕事の一つでもありますから」
学園の中で起きていることは全て筒抜け。にもかかわらず、その対処は他人にやらせて自分は眺めているだけ。趣味の悪いことこの上ない。
機会があるのなら一発ぐらい殴り飛ばしてやりたいが、私では到底敵うはずもないし。それに、この学園で過ごしている以上は、この部屋といい魔力回復のための香といい、全く世話にならないというわけにもいかないのが
いつまでコイツに、育ての親ヅラを続けられるのだろうか。
「新入生たちのこと、詳しく知りたいのでしたら手を貸しますよ。学園に来るまでの経歴などを知っていた方がやりやすいでしょう」
「余計なことはするなよ」
ぎりり、と奥歯を噛みしめる。
どこまでも私の逆鱗に容易く触れてくる男だ。
私の自由を奪い、その上、楽しみまで奪うつもりか?
「そういうことは、本人たちが話したくなったときに聞くものだろうが。そういうのも、
テイルも、ハナも、ヒューゴも、アリエスも。
今日から、“私の後輩”となったのだ。
「……そうですか、それは野暮なことをするところでしたね。それはそうとして、ヴァレリア。彼らの世話をしながら魔神たちと戦えそうですか?」
「出来そうか、そうでないかの話じゃない。やらないといけないんだ。あいつらに
『手を出したら許さない』だなんて、わざわざ言葉にはしない。
本気で相手を射抜くつもりで、殺意のこもった視線をヨシュアに向けた。
…………。
「分かっているのでしたら良いです。期待していますよ」
『ふぅ』と小さく息を吐いて、先に退いたのはヨシュアの方だった。
本気を出さずとも、私程度では歯が立たないことを分かっている。だから、拘りもなく、簡単に退いてくれる。嫌というほど理解しているから腹が立つ。
『放っておいてくれ』なんて言えたら、どんなに楽になれるんだろうな。
――――。
ヨシュアのせいで気分は最悪だが、切り替えていこう。
そろそろ学内の空気も落ち着いてきたみたいだ。勧誘する側もされる側も疲れてきて、中庭の密集度もある程度は解消されているはず。各々が散らばって行動し、一日の終わりまでゆったりとした時間を過ごすことだろう。
「さぁて、悪ガキの臭いがしたんだが、どこにいるかね」
第一印象で人を判断するのは良くないと言われたことも何度かあるが、第一印象が悪い奴は中身も悪い奴と相場は決まっている。そうでなければ、わざと他人に悪印象を与える余程の変わり者なわけだし、やっぱり悪い奴だという結論に落ち着く。
ああいった人種が、長々と人通りのある場所に居続けるだろうか。……いや、仲間とつるんで、
となれば、自然区だとか……あとは棟の裏だとか……。
……なんだか、最近そのあたりに立ち寄ることが多かったな?
「――お、いたいた。やっぱりここかぁ」
ドンピシャだ。緑髪の男子が目的の新入生。
……その隣にいる紫色の男子にも見覚えがある。
「テメェ――! まだやり足りないってのか!」
お、そうだ。中庭でヒューゴに絡んでた上級生じゃないか。
確かに、どっちも悪ガキのような面をしているな。
心なしか、顔立ちも似ているような……?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、兄貴! そいつが持ってんのは、俺の――」
――兄弟だったか。なるほど、どうりで。
「中庭で落としただろう? たまたま見ていたんで、返しに来たのさ」
「落としたのか?」
「いや、誰かに獲られたような……」
おや、憶えてるのか。落とし物を届けたフリをしておくのが、一番穏便に済ませられると思ったんだが……どうやら、すんなりといきそうにはない。
「どっちなんだ。はっきりしろ、ヴァルター」
「……
弟の不明確な記憶に、兄の方は怪訝な表情をして首を傾げる。
テイル自身の姿を見られていないのと、私の“呪い”のせいで記憶が曖昧になっているんだろう。それなら適当に流せばいいものを……。
「弟から盗んだとあっちゃあ、ただで帰すわけにはいかねぇな。テメェが凄腕の魔法使いだろうが関係ねぇ。舐められたままじゃ、収まらねぇんだよ」
「まだ憶えていたことは褒めてやるが、できないことは口にするもんじゃないぞ?」
あれだけ力の差を見せつけたのだ。多少の時間が経過したからといって、記憶が残っているのは仕方のないこと。こんなことなら、明日に回しておけばよかったな、と思ったところで後の祭りだ。
「ぬかせっ――」
「ハァ……」
口早に呪文を唱え、妖精魔法を発動しようとしていたが――やはり未熟。
――っ!
ゴッという重たい音が響く。
奴の魔法陣から一滴の水も溢れる暇もなかった。
「腕が届くのなら殴った方が早い。また一つ利口になったな?」
魔法学園で学んでいるからといって、魔法だけを使っていればいいわけじゃない。魔法はあくまでも手段の一つにしか過ぎない。魔法にのみ頼るのは非常に危険だ。
この学園で1年以上勉強しておいてこの程度なのか? ミルクレープが学園にいれば、そんな生ぬるい教え方はしないのに。と、ふと考えてしまう。
彼女が今の学園の様子を見たら、舌打ちの一つでもしながら『なんだよ、この腑抜けた空気はよォ……』ぐらいは言いそうだ。はたして、この学園に彼女のしごきに耐えられる奴はどれぐらいいるだろうな。
「ほら、返してやるよ」
おっと、目的を忘れるところだった。
持っていた色眼鏡を、ヴァルターと呼ばれていた弟に放り投げてやる。
私が魔法を使わなかったのも、壊してしまっては元も子もないからな。
「最初から戦うつもりは無かったのに、馬鹿だなお前の兄貴は」
血は繋がっているようだが、互いを助け合っているようにも思えない。兄弟ってのは、仲が良いものと思ってたんだが、例外もあるらしい。現に目の前で兄貴が
「兄貴のことが嫌いなのか?」
「……は? 嫌いじゃねぇよ。他人に好かれるような性格はしてないし、尊敬はしてないがな。それでも、俺をこの学園に誘ってくれた。それだけで十分だろ」
「仲が良いのか悪いのか、よく分からないな。変な奴らだ」
「……ウルセェ。さっさとどこへなりとも行きやがれ」
どうせこのやりとりを憶えていることはないだろう。
私のことなど、存在ごと忘れ去られてしまう。
それでも、名前だけは聞いておこうと思った。
向こうは憶えていなくとも、私はちゃんと憶えていられるように。
「新入生、名前は?」
「ヴァルター・エヴァンス。
「そうかそうか、それじゃあウチの後輩も世話になるだろうな」
その時はよろしく頼むな。まぁ、憶えていないだろうが。
意味がつかめず眉を
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