おまけ これは君の物語

『……私の大事な後輩たちだ、手を出すな』

『やれやれ……。ここまで聞き分けのないのは珍しいですね』


 それは――テイルたちが魔人化したグレンを抑えていたその裏側の話。


「これで私に刃を向けたのは二度目となりますね」

「散々ムカついてはいたが、もう限界だ。お前は越えちゃならないラインを越えた」


 二度目――。一度目は、二人が初めて対面したときだった。

 それ以来、反発することはあれども一度も歯向かったことはない。

 拾われた恩も、育てられた恩もあったが、そのストックはとうに尽きた。


「私を殺すつもりですか、親としてここまで育ててきたのに。とても残念ですよ、ヴァレリア……」


「嘘をつけ。私のことなど、ただの駒としてか考えていないくせに。ミルも私も、都合の良いように動くから手元に置いていたに過ぎないんだろうが」


 警告はされていた。他でもない、ミルクレープから。

 駒として扱われ、捨てられた彼女から、『お前もそうなるぞ』と。

 だから――このことについては、別段怒りを覚えているわけではない。


「……否定はしません。だからこそ、“壊したくない”のですよ」


「そいつは、“私だけ”の話だろう? それが許せないって言っているんだ」


 刃を突き付けられたもなお、『ふふ……』と小さく笑う。

 そのヨシュアの余裕が、ヴァレリアを苛立たせる。


「勝てないことを理解してもなお立ちはだかるなんて、全く合理性を欠くことです。彼らに対して、どうしてそこまでするのですか?」


「既に教えてやっただろ。私の使命のためだ」


 大切な――命に代えてでも守りたい後輩たちだから。

 ヴァレリアが兜を脱ぎ、


「“その姿”を表に出すのは嫌なのではなかったかな?」

「お前に剣が届くのなら、何だってしてやるさ」


 そこにあったのは鱗に覆われた頭部。面は兜の形に合わせたかのように前に真っ直ぐに伸び、大きな口が切り開かれたように広がっている。


「――やれやれ、どうやら本気のようですね。なにかあれば儲けものと生徒たちと交流をさせたのも、変に裏目に出てしまったらしい」


 肉食獣のそれ。蜥蜴、鰐、否――


 口の端から炎をチラつかせるそれは、竜のもの。


 それは、テイルたちにも秘密にしていた、ヴァレリアの正体――


ならば、面白い結果になると思っていたんだが。ここで剣を引かないというのなら――覚悟はできているのだろうね」


 ふわりと、ヨシュアの身体が宙へと浮き始めた。






 ――――。


「ぐあっ……!」


 力の差は歴然だった。


 ヨシュアの身には傷一つついておらず、服に焦げた跡さえない。

 一方のヴァレリアにおいては、凄惨せいさんたる状態だった。


「完全に竜へと変われたのなら、腕の一本を焦がす程度はできていたかもしれませんね。今となっては、“古き世界の支配者たち”はもういない」


 地面からは幾つもの光の針が剣山のように飛び出している。何本もの針に四肢が貫かれている状況であり、身動き一つ取ろうものならたちまち全身に激痛が走るであろう。


「そろそろ時間切れのようです。長々と遊びに付き合ってきましたが、向こうも終わったようですしね。……何か言い残すことは?」


 まるで赤子の手を捻るかのようだった。剣はヨシュアの肌を貫くことは一度としてなかったし、炎はまるで触れるのを拒むかのように避けていく。“神”としての存在がこれほどのものなのかと、ヴァレリアは思い知る。


(――勝てない……!)


 この世界にある上での“ルール”がそもそも違う。

 “存在の格”とも言える何かが、決定的に足りない。


 倒れ込み――全身が串刺しになる直前、光の棘が全て消え去った。床の冷たさを感じながら、ヴァレリアは口から血を吐きながらも必死に言葉を絞り出す。


「アイツらに……手を……出すな……!」


 彼女がここで倒れてしまった以上、テイルたちを守る者はいない。

 それでも……それでも、守りたい。


「私の命はどうだっていい……だから――」

「それは――私へのお願いですか?」


 ヨシュアは簡潔に、それだけの言葉を口にする。

 この状況のヴァレリアに対してならば、それだけで十分だからだ。


 ――――っ。


『人にものを頼むときにはそれ相応の態度があるだろう』

『全ての決定権は私が握っているのですから、どうすればいいかは分かりますね?』


 どれほどの屈辱。未だかつてない選択。


 奥歯が砕けるのではないかという程に噛みしめながら――ヴァレリアは上体を起こす。決して命令されてしているわけではない。これも自分が選んだこと。


「お願い……します……――!」


 地面に頭を擦り付け、懇願する。

 ヨシュアに対して土下座をしていた。


 自分が拾われた時にだって、こんなことはしなかった。

 持ちうるプライドは全て捨て、後輩たちを守るために服従の姿勢を見せる。


 その様子を見下ろしながら、ヨシュアは満足そうに微笑んでいた。


「成長しましたね。以前の君なら、決してそんなことはしなかった」


 親と呼べるべき存在もおらず、孤独に生きていた幼きヴァレリアを拾ったのはヨシュアだった。彼女に食事を与え、家を与え、知識を与え――そして学園を用意したのもヨシュアだった。


 全ては、ヴァレリアという特別な存在の成長を観察するため。


「その成長に免じて、ここは引いてあげましょう。もとより彼らに対しての興味は薄いものでしたし、友人たちからのアドバイスもあったのを忘れていました」


「それでは、遊びの時間は終わりです。さぁ、ガーデンに戻りなさい、ヴァレリア」


 君たちの家ともいえる学び舎、魔法学園パンドラ・ガーデンへ。

 私たちの実験室、観察箱ともいえる神々の箱庭パンドラ・ガーデンへ。


 その時が来るまで、この学園と生徒達を守り続けなさい。

 そして決して、決して忘れないように。


 微笑みを残しながら、ヨシュアは消えていく。

 身体を光の粒子へと変え、バラバラとほどけていくように。


 最後に一つだけ。彼女への言葉を残して。


「これは――“君の物語”なのですから」

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