第四部

4-1-1 ヴァレリア編 過去Ⅰ【竜とヒト】

第三百十話 『竜の時代は終わったのよ』

 これは、私――ヴァレリアの過去語り。


 ヒトではなく、竜でもない。

 そんな中途半端な私が、今にいたるまでの話。

 独りで孤独に戦い続けるまでの経緯いきさつ


 ――学園ではそうだったが、別に生まれてからずっと一人だったわけじゃない。きっと私にも母親がいた。恐らく父親もいたのだろうが、残念ながらどちらについても殆ど憶えていない。


 ただ兎にも角にも、私も誰かの腹から出てきた以上は親がいないとおかしいわけだ。問題はいつまでいたのか、いつから居なくなったのか。少なくとも二本の足で歩けるまでは母親はいたような気がする。


 なんとなく、というのもあるし――私を物心が付くまで世話してくれた竜と出会った時期を逆算しても、それぐらいが丁度いい計算になるだろう。


 ――そう、乳飲み子を卒業したあたりの子供が一人で生きていけるほど甘い世界じゃない。両親がいなくなった後に、私を保護してくれた“竜”がいた。


 運が良かったのか。それとも親が頼んだのか。


『あーあーやだやだ。見てられないっての。……来なさい、私が面倒見たげる』


 まるで燃えているかのように赤く、光沢を持った鱗。高くから見下ろしてきて、まだ幼かった私は身動き一つ取ることができなかった。フラルが言うには泣き出しはしなかったというのだから、きっと親の姿と似ていたんだろうと勝手に想像している。


『私の名前は――“フラル”。アンタは自分の名前をもう言えるの?』


『あ……――』


『あー、いいわ、見た感じそこまで賢そうじゃないから。それにアンタの名前が“ヴァレリア”だって、私は知っているのだし』


『ばれ……りあ……?』


 誰かに名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。少なくとも、自分の記憶の中では。フラルが適当に名付けたのか、私の親から教えられたのか、どちらでもいいがとにかく私が自らのことを『ヴァレリアだ』と認識し始めたのはここからだろう。


 とにかく、私はフラルに拾われ、彼女から様々なことを学んだ。


 食事の獲り方を教えられ、戦い方を教えられ、この世界で生きていく術を身に付けていった。私が人の姿をしているのに、育ての親代わりのフラルが竜の姿をしていることを疑問に思ったことはある。


『どうして“ふらう”は、わたしとちがうの……?』


 当時の私は常に半竜の状態で。全身には鱗が生えており、頭には角があったものの、それ以外に竜らしい部分などなかった。炎は少しだけなら吐けるが、翼も備わっていない。どちらかといえば、人に近いとフラルは言っていた。


『ヒトでもなく、竜でもない。……まったく、変な子だわね』


 竜だけではなく、人の血も混ざっているから、こういう見た目をしている。そもそもこの世界では竜は自然に発生するものであり、子供が生まれるというのは聞いたことが無いと言っていた。


 私の母親に関しても、姿を人のものへと変化させることができる特別な竜だったらしく――だからといって、人と交わるだなんて正気ではないと呟いていたこともある。


『わたしのおかあさんのこと、しってるの?』

べっつにぃ。私はただ世話を頼まれただけよ。ちょっと面白そうだから引き受けただけ。……“もう戻ってこれない”って言ってたしねぇ』


 過去に“世界が混ざり”、そこから竜という種族の力が落ちていったこともあったんだろう。彼女は『暇だったから』とぞんざいな返事しか返さなかったが、竜という種族の血がこの世界から失われていくことを危惧していたのかもしれない。


 少なくとも、育てられた私の側は、ちゃんと愛情を感じていたのだから。






『アンタは、そうねぇ――』


 共に過ごし始めて数年経って、私も身体が成長しはじめ――フラルの協力無しでも一人で魔物を狩れるようになったあたりのこと。


『――竜であり、ヒトでもある。そんな特別な存在なのかもね』


 なんだか感慨深げにそう言われ、くすぐったい気持ちになったのをよく覚えている。その頃のフラルの様子といえば、悟ったというのか、ふと遠くを眺めてから溜息を吐くことが多くなっていた。そんな中での発言だった。


『ま、私の方がフラルよりもずっといろんなことができるからな!』


 竜の特徴を持ち合わせたヒトの身体の構造というのは、我ながら面白いものだった。爪は強靭で獲物を狩るのに便利だし、竜よりも複雑に動かせる指は道具を扱うのにとても役に立つ。フラルは特別な力を持っており、鱗と同じ色をした金属を自由に操ってはいたけれども、細かい作業を行うのは自分の方がずっと上手かった。


 退屈な日もあったけれど、フラルが話し相手になってくれていたし、ただ生活していくだけなら特に不自由もなかった。このままずっと一人と一頭で生きていくものだと思っていた。なのに――


『……そろそろ、私も眠りに就くときが来たらしいわ』

『なんだよ急に……どうしてそんなことを言うんだ?』


 突然に告げられる別れ。


 見た目からして、全く老いた様子を見せていないフラルだったが、そもそも竜がそういう種族だったというだけ。見た目では分からないものの、その生命力はどんどんと衰えていたらしい。


 竜という種族は、生物でありながら、生物としてはあまりにも特殊な存在だった。死んでも死体として肉が残ることもなく――自然の一部となり、再び自然の中から生まれ出る。しかし時代が移り変わり、その力を失っていくうちに徐々に転生できない竜が増えてきたのだという。


 今となっては、選べる終わり方は二通り。


 そのまま自然の一部へと還っていき、この世界と魂を一つにして世界を見守り続けるか。それとも、同じく自然の力を司る妖精へと力を与え、新しく精霊という形に生まれ変わるか。


『あーあーやだやだ、こんなことを伝えたって、何かが変わるわけでもなし。そんな感傷に浸るような性格でもないってのに。……まぁ、竜としての私は消えるけど、その魂だけは残り続ける。この世界の一部としてね』


 ――私を育ててくれたフラルは、前者を選んだ。


『残された私は……どうすればいいんだ?』

『さぁね、そこまでは面倒見きれないわ。きっと――私で最後の代だしねぇ』


 待ち続けていても、新たなフラルは生まれない。何十年、何百年待っても、それは変わらない。これも変化していった世界に合わせた、一つの“自然の摂理”なのだとフラルは言っていた。


『……もう、竜の時代は終わったのよ。これからは、アンタ自身の手でアンタの生き方を見つけていきなさい。一人で生きていく術は教えてあげたんだから』


『寂しいよ。フラル』

『不思議なことに、私も同じ気持ちだわ。それじゃあね、ヴァレリア』


 私と目を合わせた彼女は、それから静かに目を閉じると――真っ直ぐに天を仰いて、ピタリと身体の動きを止めた。


 生物としての息遣いも無くなり、その身体に変化が起き始めたのは少ししてから。鱗の光沢が少し色あせたかと思いきや、腹や首元あたりの柔らかい部分までが同じような色彩へと変化していく。そのまま見た目が、ガチガチに硬質化していくのが分かった。


 全身が、鱗と同じような赤金あかがねの塊へと変わっていく。

 魂も何もない、ただの無機物へと。

 これが彼女としての、自然の一部になるという終わり方らしい。


『これが……竜の終わり』


 半分ヒトで、半分竜の私はどうなるのだろう。

 ――と、夜でも赤く輝く“フラルだったもの”を見上げて思う。


 その夜は、月がとても眩しく見えた。

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