第二百九十話 『私は今、ここで証明する』

「何が起きたんだ……!?」


 ――ほんの一瞬の出来事。


 徐々に浮き上がっていくアカホシの身体を、覆っていた光ごと貫いた“何か”。光の筋のようなものが見えたが、正体は分からない。ただはっきりしているのは、それがアカホシに向けた攻撃だったということ。


「あの状態のアカホシを“撃った”……」

「ムーンショットが……? でもどうして……」


 彼女は協力を拒んで去っていったはずだ。むしろアカホシを目覚めさせ、この状況を作った張本人。ここまでしておいて気が変わった……? まさかそんなわけが……。


「『どうして』? そんなこと知るかよ。分かってンのは、今を逃すともうアカホシアイツを倒すことができねェってことだ。……テメェもアタシももう限界、あとはテイルたちに任せるしかねェ」


 もうマトモに戦えるのは自分たちしかいない。

 そんなことは分かっているけど――そう簡単にはいかない。

 ……障害はまだ残っていた。最大で、最悪の障害が壁となる。


「アグニ……!」


 分厚い外殻によって形成された巨体。降下してきたアグニを前にして、果たして勝つことはできるのか。……リーヴ王たちはやってのけた。彼らの活躍により、もうボロボロの状態でも――ここまで弱っていてもまだ、その圧は消えてはいないのだ。


 限界が近い状態になってもなお、主人を護ろうと君臨する。


 翼には穴も開いており、右腕は落とされている。あちこちには無数の傷が刻まれているも、その動きに鈍重さなど欠片もない。突進さながらに、砂埃を上げながらこちらへと接近してくる。


 全員で迎え撃つか……? いや、圧倒的に分が悪い。

 だからこそ――自分が我先にと前に出た。


 イリス王妃たちの魔力はまだ右手の紋章に残っている。多少の誘導はできるはずだ。直線的な突進を誘導し、後ろにいるミル姐さんたちから攻撃を逸らした。


「このまま俺だけを狙い続けていれば、きっと突破口が……――?」


 ――ぽつりと、何かが肌を打った。


「……水滴?」


 天気も限界だったのだろう。アカホシによって放射されていた膨大な熱量のせいか、幾度となく押し開かれていた曇天も、いまや雨雲へと変わっていた。


 相手がロボット――電気で動くものならショートするのを期待してもいいだろうが、相手は魔力で動く機石生物マキナである。下手をしたらこちらのナイフが滑るぐらいで、損は有れど得はないように思えた。


 ゴォッッ――


「くっ……!」


 まるで特急列車が走り抜けたかのような音が鳴った。首をもぎ取りそうな勢いで、アグニの左腕が頭上を掠める。風圧だけでも吹き飛ばされそうな勢いだった。


 身体の動きさえ見ていれば、どちらの方向から来るかはわかる。回避できない速度でもないが、当たれば骨の一本や二本どころではすまない。こちらの体力が尽きるのが先か、アグニの魔力が尽きるのが先か。どちらにせよ、長々と続けるわけにはいかないだろう。


 機能停止に陥らせるぐらい強力な一撃――ヒューゴの攻撃を確実にぶち込むためには、アグニの動きを一瞬でも止める必要があった。


 ……全員アカホシを止めるために魔力を殆ど使い果たしている。

 振り絞って一度か二度が限界ってところか。


 どうする……!?


「――私が行く。テイルは下がってて」

「アリエス……!?」


 意を決したように唇を真一文字に結び、ゴーグルを外したアリエスが一歩前に出ていた。まさかこの攻防に割って入るつもりでいるのか。


「見ててよね。私が本気で頑張るところ」

「無茶よ。……アンタ死にたいの?」


 死地に向かうようにしか思えないアリエスを、シュガークラフトが止めようとする。突破口を開くといっても、ヒト一人でなんとかなるものではない。それが、いくら機石魔法師マシーナリーだといっても、だ。


「ここでやってみせないと。一か八かに賭けるんじゃない。奇跡は自分の手で起こしてみせる。……最後に大金星を上げるのは私なんだから」


 ニコリと笑うも、心なしか表情が引き攣っているように見えた。

 もはや背水の陣。腹を括り、失敗したら死ぬつもりでいる笑顔だった。


「……私ね、一年のころからずっと後悔していたことがあったんだ」


 アリエスが右腕の腕輪に魔力を集中していた。

神の右腕デルマ・ニスタ。クルタの街で新たにアリエスが得た工具。

『これならどんなものだって分解できちゃう』と息巻いていたのは数日前のこと。


「地下工房で機石兵器イクス・マギアと戦ったあの時、私はなにもできなかった。機石魔法師マシーナリーの私が一番しっかりしてないといけなかったのに、未熟だったせいでハナちゃんを怪我させてしまったし、みんなを危険な目に遭わせた。……私が、あの時機石兵器イクス・マギアを止めることができればって、ずっと考えてたの」


 アリエスの右手に沿うようにして現れた巨大な工具の数々。その一本一本が指や腕の筋肉の動きに連動し、思うがままに動く代物しろものだ。しかし、それが果たして通用するのだろうか。あの、機石の竜に……。


「みんながどんどん成長して、なんでもできるぐらいに強くなっていくのを見ていて、悔しかったんだ。本当にみんなと肩を並べていてもいいのかなって。……だから――! 私は今、ここで証明する! 学園で最高の機石魔法師マシーナリーであることを!!」


「…………!」


 その目には諦めの色も捨て鉢な気配も微塵もない。

 全身全霊をかけて、勝利を掴む者の目をしていた。


「……やれるのか」

「……任せてよ」


 なら、ここで選手交代だ。そう言わんばかりに、ゴツンと拳を合わせた。


「揃いも揃って馬鹿ばかりだわ……! あの子の内臓に傷一つでも付いてみなさい。迷うことなくアンタから抜き取って移植してやるんだから。覚悟しておきなさいよ」


 わざわざ一人で行かせた自分に対して、シュガークラフトは憤慨していた。

 ……案外、アリエスのことを気に入ってたんだな。


「アイツができるって言ったんだ、任せてやれや。アタシらが気張る時間は終わったってことだ。……なァ、そうだろ?」


「かならず成功させます。アリエスならやってのけてみせる。俺たちの仲間で、抜群の才能に溢れた、一流の機石魔法師マシーナリーなんだから」


 決して出来もしないことを軽々しく言う性格じゃない。本当に無理なときは無理と言うし、ほんの僅かでも可能性が残っていれば決して諦めない。だから、彼女が『頑張る』と言ったのなら――それはまだ、終わりじゃない。


 ならば俺たちにできるのは、アリエスを全力でサポートすることだ。


「ヒューゴ! アリエスが必ず勝機を作る、その瞬間を絶対に逃すなっ! ハナさん、ヴィネ! 魔法を貸してくれ! 地面からの打ち上げに使うやつだ!」


「おっしゃあっ!! 任せとけ!!」

「は、はいっ!」


 ハナさんに駆け寄り、パシンと、手の平を叩き合わせた。


「――《クラック》!」


 ハナさんが浮かべた魔法陣に触れると同時に、魔力を流して使用権を“借りる”。ハナさん自身が使うよりも、その効果は幾分か落ちるだろうが――あの威力とスピードならばアグニの攻撃を防ぐには申し分ない。


 押し上げた大地の柱を盾として使うか? ――いや、そうじゃない。


 ――左腕を大きく振りかぶるアグニ。横薙ぎにアリエスを切り裂こうとしていた。


「《神の右腕デルマ・ニスタ》……! じっちゃんたちに貰った“力”で――アンタを分解してみせる……!!」


 アグニのあの能力ならば、大地の盾ごとアリエスを薙ぎ払いかねない。ならば許されるタイミングは、早くもなく遅くもなく。下から腕を突き上げることのできる一瞬だけ。


「私は常に進み続ける。昨日までの私よりも、より新しい自分に! 分解したものは、いつか未来の一部になるから。“進化を生み出す柔軟さ”が私の魔法っ!!」


「アリエスさん……!」

「頼むぜ、二人とも……!」


 合わせられるかどうかじゃない。……合わせてみせるさ。横薙ぎに振るわれる腕から目を離さない。魔法を出すポイントは指定済み。魔法陣はしっかりとアリエスの前方に浮かび上がっている。


 あとは出すタイミングを計るだけ。


「――今だっ!」


 全力で魔力を回す。ハナさんから借りた魔法陣を通し、ヴィネの精霊魔法が発動した。勢いよくせり上がる大地の柱によって、押し上げられた腕と爪はアリエスの頭上を越えていく。


 なんとか狙い通りに防げた。――だけではない。


「歪んだ外殻、捩じれた基軸。王様たちのおかげで綻びが生まれた……!」


 通り過ぎたアグニの腕が、ばらばらと部品をバラまいていた。それは散りゆく木々の葉のように、一瞬にして腕から先が数多の部品の山となって散乱していく。


「マジでやりやがった……!」


「まだ攻撃手段は残ってるだろうけど、これで近づけるはず! 胸の中央にハッチがあった! みんな、アグニの核を……機石を取り出して!!」


「既にヒューゴが飛んでる!」

「こいつをぶち破ればいいんだな……!」


 おまけの二発目。既にハナさんの魔法を発動し、ヒューゴを空中に飛ばしていた。


 その光景がとても懐かしく思える。まだ右も左も分からないような未熟な魔法使いだった自分達が、初めて命の危機を感じたあの戦い。何年経とうが、やってることは変わらない。


 前回はそのまま熱の排出口へと飛び込んでしまっていたが、今度はそのようなドジはかまさないと。アグニのがら空きとなった弱点に、長手鎚を全力で叩きつけるヒューゴ。爆発音が炸裂し、これで終わったかと思えたが――


「あ、開かねぇ……!?」


「外殻が歪んじまった……これじゃあ取り出せねぇ!」

「なんだって……!?」


 そこはやっぱりヒューゴだった。こんなところで詰めが甘い。

 ……って、この状況で洒落にならねぇぞ!?


「大丈夫です、私たちに任せてください……!」


 きっと私たちの魔法ならどうにかできる、とハナさん。

 そんな彼女を抱えて、アグニの身体を駆けあがる。


「押して駄目なら引いてみよ。外からが難しいのなら、内からこじ開けるまでだ……! 成長する植物の根は、時に岩盤すら突き抜ける!」


 ハナさんが魔力を込めた植物のタネを、歪んだ岩盤の隙間からねじり込んだ。数秒もしないうちに、急成長を始め、太い木の幹が岩盤を内側から突き破る。その枝々の先には光り輝く機石が収まっていた。


 まるで引き留めるかのように、幾つもの太い管が機石を包んでいる。なにやら怪しい光を放っており、次に何をしでかすのか予想もつかない。ただ、数秒もしないうちに何かが起こるのは確かだ。


「しぶとい……!」


「テイルッ!」「テイルさん!!」

「わかってる!!」


 ヒューゴとハナさんが同時に自分の名前を呼んだ。あぁ、分かってるさ。


 誰よりも早く。誰よりも正確に。俊敏さなら誰にも負けない。

 英雄にだって通用したんだ。誰にだって馬鹿にはさせない。


 木の幹を駆け上がり、一瞬で機石へと到達する。

 ナイフで管を切り裂き接続を断ったのだが、それでも機石の輝きは収まらない。


「どこか遠くに蹴っ飛ばせェ!!」

「――っ!!」


 地上からミル姐さんの声が響いた。考えるよりも先に、その指示に従う。

 まるでボレーシュートのように、思いっきりに機石を蹴り飛ばした。


 その数瞬後、二十メートルほど飛んだ空中で、爆発音を上げて機石が周りに炎をまき散らす。……ありったけの魔力を放つ一種の自爆だった。


 危なかった……。あのままにしていたら、ヒューゴはともかくハナさんやヴィネに被害が及んでいた。もちろん、自分も火だるまになっていたに違いない。けれど――あれがどうやら最後のあがきだったらしい。


 完全にアグニは沈黙し、その背後で守られていたアカホシだけが残されていた。


「残すは……お前だけだ、アカホシ」


 ――太陽が顔を覗かせることはもうない。

 雨脚あめあしは一向に強くなり、自分たちを冷たく濡らしていた。

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