第二百九十一話 『器用な生き方はできない』

 ――大雨の中、身体は冷えつつある。体力の消耗も激しい。


「まだだ……。まだ終わっちゃいない……」

「あれだけのダメージで、まだ動けるのかよ……」


 何度斬った。何度叩いた。

 それでもなお、起き上がるというのか。


 遥か彼方からの銃弾に撃ち抜かれ、半壊状態。

 主を護るものアグニも、もういない。


 だというのに、なぜまだ戦う姿勢をやめないのか。


「――そう造られた人形だからさ」

「テスラコイルっ!? なんでお前が……」


 そう訊ねたところで、素直に答えるような奴じゃない。『そんなこと、いちいち説明させんなよ。自分で考えろ』と一蹴。ミル姐さんたちがそれほど驚いた様子を見せないということは、ある程度は想定していたに違いない。


 ……撃たれたのはあくまで端末の一つ。

 自分たちとは別に、他の端末をこちらに向かわせていたのか。


「おかしな話さ。世界を救ったときでさえ、こんなにボロボロになることはなかったってのに。今じゃ、僕以外の全員が満身創痍。……笑っちゃうね」


 アカホシはギリギリ人の形を保っているレベル。ミル姐さんは片腕を失い、シュガークラフトは両腕が溶けたまま。テスラコイルが小脇に抱えているのは、頭と胴体だけになったムーンショットだ。


「こんなになるまで戦う必要がどこにあったんだよ。あの時に終わっていれば、こんなことにはならなかった。諦めてしまえば、犠牲になるのはアカホシだけだった。……それでよかったんだ」


 キチキチとマントの隙間から音を立て、裾から刃が顔を覗かせた。


「『まだ終わりじゃない』だなんて、馬鹿な奴らが無理矢理に引っ張ってきて。どいうつもこいつも、勝手なことばかりいって迷惑なんだよ。最悪だね。放っておけば死ぬってのに、それじゃあ駄目だって言うんだ。ミルクレープたちの声だけじゃない。僕の中で、僕の心までがそう叫び始めていた。……結局、僕まで染まっていたんだ」


 二本、三本、四本と数を増やし、ゆらりとアカホシへと狙いを付ける。しかし一辺に襲い掛かるわけでもなく、殆ど徒手に近い状態のアカホシを、チクチクといたぶるように細かい攻撃を繰り返して。


「……加減をしてる?」


 絶対的な優位にいるテスラコイルの背中に、どこか違和感を感じる。


 やろうと思えば、簡単に制することができる。にも関わらず、そうしない意図とは。その背中からは『近づくな』という無言の圧力が漂っていた。


「所詮は人形だってのに。造られた理由以外で、生きる目的なんてないのに。移ろいゆく世界に、適応なんてできるはずがない。用が済んだら消えるだけ、そうあるべきだろ?」


 その立ち回りといい、何かのタイミングを計っているようだった。

 自分たちには見えない“何かを”――


「戦争はもうとっくの昔に終わった。僕たちの戦いも、ここで終わる」


 ――だけど、相手はアカホシだ。

 そんな余裕を見せられる相手じゃない。


 手負いの獣こそ、最も危ない。

 それは、機石人形グランディールだろうと変わりはなかった。


「うるさいっ……!!」


 一瞬だけ見せた爆発力。全身全霊の一撃が、テスラコイルの刃を砕く。しかし、既に限界に達しているアカホシの攻撃は精彩を欠いていた。たとえ戦闘を主としていないテスラコイルでも、楽々と回避できそうだったのだが――


「――っ……!」


 アカホシの腕が、その腹を貫く。


「なんで避けねぇんだよ……!?」


 一歩も動くことなく。両腕を広げて、受け入れるていた。避けきれなかったのではなく、最初から避けるつもりがない。自分たちのように消耗しているわけでもないのに、なぜ……!?


 ヒトとは違い、痛みはないだろう。ショック死なんて無縁だろうが、そのダメージは決して無視できるようなものではなかった。アカホシの腕は、肘の先までしっかりと突き抜けており、簡単には引き抜けない状態になっている。


「僕がこんなことをするだなんて、世も末だぜ。シュガークラフトのことを、毎度毎度よくやるなとは馬鹿にしてたけどさ。……だけれど、なんだか不思議な気分だ」


 テスラコイルは両の腕を回し、アカホシの身体を抱きしめていた。

 それは、抱擁というよりも……拘束に近い。


「もう忘れてんだもんな。僕のことも、僕の兵器のことも」

「……!? 離せ……!」


 バリバリとマントを引き裂くようにして、テスラコイルの身体から幾本もの“脚”が飛び出した。計六本が、天を仰ぐように広がっている。例えるならば昆虫の脚、ないしは傘の骨のようにも見えた。


「……全員離れなさいっ! !」


 シュガークラフトが叫ぶ。


 脚とは別に、放射状に地面へと射出された八本のポール。等間隔に広がり、テスラコイルとアカホシを取り囲むように“設置”されていた。


「お前が率いて救った世界を、お前が傷つけてんじゃあ世話ないよな」


 一瞬だけ、パリッと音がした。それが前兆だった。


「《雷鳥トラスタ》」


 ――光の糸が、天に昇る。それも束の間。


 閃光と共に、空気が破裂した。

 衝撃破が発生し、轟音が轟く。


 まるで逆流したかのように、特大のいかづちが落ちた。その中心にいる、テスラコイルとアカホシの位置へと寸分違わず、である。上空の雷雲に蓄積された静電気が、テスラコイルが流した“呼び水”のような電気の筋を通って、堰を切ったかのように溢れていた。


 どんな魔法でも再現できることのない、自然の驚異。

 大気をつんざく稲光。


 兵器の使用者であるテスラコイルは無傷だったが、アカホシはそうではなかった。プラズマ状態を発生させるほどの超高温となる。待っ黒焦げにはなってはいないが、完全に動きを停止していた。


「……終わりだな」


 ミル姐さんがそう呟いた。


「……死んじゃったの?」

「いいや、これぐらいじゃあ死にはしない」


 これでもまだ、生きているのか……?

 数億ボルト、数十万アンペア、千ギガワットのエネルギーが突き刺さったんだぞ?


 直撃を受けても奇跡的に一命を取り留める生き物もだっているが、大概の生物は即死ないしその衝撃で命を落とす。そうならなかったのは、機石人形グランディールという“特別な存在”だからこそか。


「ただ、自力で目覚めることはできなくなっただけさ。だから――ここで壊す。。なぁそうだろう、王様」


「驚いたな……やってのけたのか」


 テスラコイルの言葉通り、リーヴ王がイリス王妃と共に現れた。見たことのない魔剣を握っていた。服は所々焦げていたり破れたりしていたが、負傷はしてない。


 これで一件落着、と誰かが言ってくれればよかったのに。

 先ほどのテスラコイルの言葉を、聞かなかったことにはできない。


「……皆さんも死ぬというのは、どういうことですか?」

「…………」


 ミル姐さんも、シュガークラフトも。テスラコイルも、ムーンショットも。

 誰もすぐには返事をしない。その瞳にあったのは――


 全てが終わったという安堵と、別の色。


「今度は私たちの誰かが暴走する可能性だってあるの。余計な脅威は排除しておく必要があるわ。……結果として、ここで私たちが破壊されても文句は言えないわね」


「確かに、“元英雄”である君たち“第零世代”は全員が戦う力を失っている。全滅させるには絶好の機会だ。だが……君たちはそれでいいのかな?」


「暴走したら最後、ちょっとやそっとじゃ止められない。僕たちこそ、機石人形グランディールの失敗作なのさ。後始末はしっかりとしないと。……僕たちはこの世界では生きていけない」


「ねぇ、ちょっと待ってよ! だからって自壊を望むの!? そんなのおかしいよ……!」


「アカホシを見ただろ。アカホシだけじゃない。僕やムーンショットもだ。奴隷として生み出された“第二世代”や、ヒトと並び立てる新たな“種族”として生み出された“第三世代”とは違う」


 ――本当にそうなのか?


「元々そういう風には造られていないんだ。意志があろうと、感情があろうと、所詮はヒトの形をした兵器。僕たちは……誰もが望むような、器用な生き方はできない」


―――――――

 テスラコイルの言う通り、アカホシを……。


 破壊するべきだ。

▷破壊するべきじゃない。

―――――――


 ……そうじゃないだろ。


「――きっと俺たちの先輩なら、こう言うだろうな。『器用に生きるのが苦しいってんならさ、雑にでもいいじゃないか』って。これまでとは違う生き方だって、有るはずだろ?」


「ハッ、何言ってんだ。好きに生きた結果が“これ”だろ」


「『好きに生きろ』って言うだけ言って、その背中を見せてくれる人がいなかったんだよ、お前たちには。ただそれだけのことだったんだ」


 自分たちには先輩がいた。常に自由奔放な姿を見せつけていたヴァレリア先輩が。たまに反面教師にしないといけないとは思うけど、その自由さに支えられ救われることだってあった。


 何も分からないままに放り出されたら、誰だって壊れてしまう。

 自由に生きるのだって、簡単なことじゃない。


機石人形グランディールとして、“第零世代”として生まれたからって、周りと一緒に生きていけないわけじゃない。世界はきっと、そこまで狭量じゃない」


 まだやり直すことができる、と。そう思いたかった。


 けれど、機石人形グランディールたちはシュガークラフトを筆頭に難色を示す。『その保証がない』と。自分たちは彼女たちのことを知っている。生きていて欲しいと願っている。


「また誰かが暴走したら? 今回はなんとかなったけど、同じようなことは二度もできない。今度こそ止められないかもしれない。アンタたち分かってる? 奇跡的に回避できた悲劇を、また繰り返すつもりなのかしら」


 冷たい現実。『もしも上手くいけば』という希望的観測を積み重ねたところで何の意味はないと、シュガークラフトが一蹴する。彼女たちのことを思ってのことなのに、彼女たちも世界を想い、否定する。


 このまま話は平行線なのか?

 いや、そういうわけにはいかないだろう。


「そんなことにはさせないっ!!」


 どんなに正論を突き付けられようと、納得いかないことだってある。どれだけ『諦めろ』と言われようと、諦められないことだってある。誰よりも大きな声を上げたのは、我らが機石魔法師マシーナリー、アリエスだった。


「私が、なんとかします。失くした記憶も修復してみせれば、暴走する前に戻ると思うの。今はまだ難しいとは思うけど、学園を卒業したら機石人形グランディールのことも勉強して……」


 ミル姐さんに頼まれ、こうしてシュガークラフトに連れられ――


 この期間で嫌という程、機石人形グランディールの凄さを目の当たりにした。それも原初の五体、“第零世代”だ。機石魔法師マシーナリーとして、他には代えがたい経験ができたのだし、それを活かそうとしないアリエスではない。


 けれども、意気込みに対し現実が伴うのか、という問題はつきまとう。


「馬鹿ね。そんなこと、人間のアンタだけでできるわけないじゃないの」


 どれだけの知識がいるのか。どれだけの期間が必要なのか。

 そのどれもが未知数で、決して答えに辿り着けるとは限らないのに。


「じゃあ……シュガークラフトも手伝ってよ。知ってるんだからね、アカホシを元に戻すために、いろいろと試行錯誤をしてたことぐらい。もっと貴女の下で勉強すれば、糸口が掴めると思う」


 機石人形グランディールだけでは限界がある。人間だけでも限界がある。

 なればこそ、手を取り合ってくれないか、と。


 真剣な面持ちで右手を差し出そうとしたアリエスだったが、『あっ……』と何かに気づいたように引っ込める。……そりゃあそうだ。差し出された側のシュガークラフトは、両腕が無い状態だというのにどうしろというのか。


「…………。本当にやる気があるのなら、ね」


 行動を共にした時間だって、そう長いものでもない。けれども、その技術を比べ、磨き、教え教わってきたことで培った関係は決して薄いものではない。シュガークラフトだって、アリエスのことを気に入り、信じるに値する相手だと認めている。


 呆れたようにため息を一つ吐いて――

 彼女は困ったように眉根を寄せつつ笑顔を見せた。


「ハハハ……」


 その光景を見ながら、テスラコイルは乾いた笑い声を上げる。


「……わけわかんねーよ。“生きていい”って言われてんだぜ? 僕たちだけじゃない。アカホシ、お前のこともだ。元通りに笑える日が来ると思うか? なぁ……」


 瞳に光を失い、天を仰いでいるアカホシの顔に雨粒が落ちていた。


 まなこに溜まる水滴は、かさを増していき。そう間もおかず、なみなみと満ちて。目の端を伝って大粒となった雨水は滴り零れて。それは――どこか、泣いているようにも見えたのだった。

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