幕間 ~分離~
“魔族を倒す”ことが生み出された理由。最優先となる命令。
その次に“重要だ”とされているのが、“自身の安全”。
――だからこそ。
この状況で『己の身を犠牲にする』というミルクレープの提案には、シュガークラフトも驚きの声を上げてしまう。少なくとも、他の面々は考えすらしていないことだった。
「アンタ……そんなことをしたら、身体がただじゃ済まないわよ!?」
もうムーンショットは戦力にならないと判断したミルクレープは、相打ち覚悟でアカホシの乗っているアグニを潰すつもりだった。そのための最終手段が、これである。
「ごちゃごちゃやってる暇はねェ! さっさとしやがれ!」
「…………」
シュガークラフトもテスラコイルも、もう反論するつもりはない。
飛翔するアグニ。その巨体故に、一挙一動にも魔力を食う。
にも関わらず飛翔したのは、これから放つ一撃の為に他ならない。
アカホシをアグニの装甲ごと撃ち貫く。それ以外に、止める方法は無い。
撃ち落とすには絶好のチャンスだった。
だが――
『アカホシ……。私は……お前を撃ちたくはない』
あれは紛れもなく、本心からの言葉だった。
数少ない彼女の言葉の中でも、とりわけに大切にされたもの。
慎重に選び取り、真っ直ぐに届くように祈ったものだった。
――撃ちたくない、と。
ムーンショットは依然として呆然とするばかりで、引き金を引けないでいた。
そんな彼女を、仲間たちは責めようとはしない。
いや、それどころではないと言った方が正しかった。
ミルクレープが胸元を開くと、胸部のあたりが開いて機石が露出した。本来ならば弱点である機石を表に出すようなことは、決して行わない。――が、緊急事態ならば話は別である。
姿を見せた機石へと、シュガークラフトとテスラコイルが手をかざして魔力を送る。二人ともその能力故に、魔力の扱いについては他の者よりも長けているからこそできることだった。
機石から溢れる魔法光の輝きが強く、強く増していく。
淡い青色をしていた魔法光が、
それは魔力を注ぎ終わり、再び胸部へと機石を収めてもなお、ミルクレープの破れた服が修復していく様が見えないぐらいに強力な輝きで。胸から肩回りにかけて、覆うように輝き続けていた。
機石人形にとっては、魔力の放出量がそのまま馬力となる。さらに言えば“第零世代”は後世にわたってもなお頂点に位置する性能を持った機石人形である。他の世代と比べたところで、一から五と一から十ぐらい違う。魔力の効率からして段違いだった。
バチバチと音を鳴らしながら黄金色の光が、ミルクレープの両腕へと移動していく。兵器に仕込まれた極小の機石を中心に、粒子が魔力に応じて集まり、形を変えていく。
獅子か、虎か。鋼の毛皮のように金色に輝く腕を振りかざし、上空に浮かぶ機石の竜へとミルクレープが跳び上がる。まるでレーザーのような熱光線を左腕一本で受け止め、勢いを失うことなくアカホシの乗り込んでいる胸部へと接近していた。
「前々から覚悟はしてただろうが――」
範囲を絞り、熱量を圧縮した熱光線に、左腕が徐々に綻びていく。金属部分は融解し始めていた。しかし、距離は既に十分。大きな攻撃の後には必ず隙が生まれるもの。
「アタシらの役目なんて、とうに無くなってることぐらい……!」
アカホシのこれまでの戦い方を間近で見ていたミルクレープだからこそ。
アカホシと何度もぶつかってきたミルクレープだからこそ、分かることもある。
一瞬の油断、一つのミスでも命取りになるような真剣勝負を、何度も重ねて、重ねて、重ねて。アカホシには勝利したことは何度もあったが、そのどれもが元々ミルクレープにとって有利な条件のものだった。
今のような圧倒的な不利な状況も、仲間にここまで力を借りることも、彼女にとっては初めてのこと。自分だけではたどり着けなかった、そんな限界の先。アグニの外殻を、その中にいるアカホシもろともにと、爪が引き裂いた。
「ここらでもう眠れや。アタシらが救わないといけない世界なんて、もうどこにもありゃあしねェ。あとは放っておいてもどうにでもなるんだ」
アカホシはきっと、戦いに疲れていたのだ。
肉体の疲れ。精神の疲れ。身体は修復できても、心は摩耗し続ける。
疲れというものを感じない人形だから、それを“疲れ”と認識できなかった。
これで休ませてやれる。そう安堵した心がどこかにあったのだろう。
だからこそ――気づくのに一瞬遅れてしまったのだ。
「――
アグニから、アカホシが飛び出していたことに。
既に背後に回られていたことに。
完全に外れたわけではなかったのか、大きく傷ついていた。
顔は半分以上破損しており、左目のレンズが大きく露出していた。
腕は右腕の上腕部が歪んで、剣も握れる状態ではない。
にも拘わらず、残った左腕で剣を握り、ミルクレープへと振るう。
ダイレクトにミルクレープはその剣を受けた。右腕が肘から弾け飛ぶ。
どうすることもできずに落下していくミルクレープを、アグニが太い腕を横薙ぎに叩きつけた。街の外へと飛ばされていく。
他の三体――うちシュガークラフトとテスラコイルも抵抗はしたものの、敵うはずもなく。ムーンショットに至っては、抵抗することもなくボロボロになって。
全滅するかと思われたところで、アカホシはアグニと共にその場を後にする。
街を破壊することよりも、自身の魔力切れに対しての警告が優先されたのだった。
誰もそれを止めることはできない。彼女も五体満足の状態ならば意地でも追っていただろうが、それも不可能なほどのダメージを負っていた。両腕を破壊され、一番損傷が酷かった。
「クソがァァァァァ!!!」
飛び去っていくアグニの姿はかろうじて見えたが、どうにもすることはできず。
虚空へ向けて吠えるミルクレープだった。
一時的にクルタの両脇を挟むようにしてそびえる山岳の一帯に身を隠したミルクレープたち。人里からそう離れていない上に、安定した場所でもない。しかし、それぞれの身体の修理を行うためには、文句を言える立場ではなかった。
「ほら、応急処置は終わったわ。核に損傷が無かったのが奇跡ね。あとは魔力が回復していくにつれ、腕も元通りになるから」
骨格だけがなんとか形成された両腕を見て、ミルクレープは『ケッ』と悪態をつく。本来ならば見た目ぐらいは元通りにできるのだが、シュガークラフトもミルクレープに魔力を渡していた上に、アグニの猛攻に対して抵抗するために殆ど消費していたのだ。
「……これからどうするの」
アカホシの逃げた場所は、全員が自ずと察しがついていた。
“竜の墓場”――その一部ががらりと様子が変わっていたのである。
あのまま機能停止したなんて、誰も思ってはいなかった。
今は傷ついた身体を修復するために眠っているだけだ。誰の手も届かないほど、山々の奥の方で眠っているだけ。その時はまだそう近くは無くとも、必ず目覚めて外に出てくることだろう。
「アカホシはきっと……直すことができるはずだ」
「……笑わせるじゃないかムーンショット。全く役に立たなかった奴に発言権があると思ってるのかよ。ボクは今までで一番腹が立ってるんだぜ、黙ってろよ。……アカホシはもう駄目なんだ」
「……言い方はともかく、私もテスラコイルには賛成だわ。もう直せるとか直せないとか、そういう状態じゃないの。次に目覚める前に破壊しないと、今度はもっと酷いことになるかもしれない」
アカホシに対する姿勢は、殆ど変わっていない。
シュガークラフトとテスラコイルは、冷静に判断した上でアカホシを破壊するべきだと言っていた。対してムーンショットは、依然としてアカホシが元に戻ることに望みをかけている。
どう考えたところで、そんな望みは薄い。
にも拘わらず――最も意外なことに、ミルクレープが立ち上がった。
「アタシらを造った創造主なら、アカホシを直せるかもしれねェ」
「……アンタ、自分で何を言っているか理解してるの? これまで散々探しても見つからなかったのに、無理に決まってるじゃない」
あまりに無謀な考えに、シュガークラフトは呆れた声を出す。
長く見積もったところで、十年かそこらでアカホシは目覚めるだろう。これまでの百年に比べれば、その時間は圧倒的に短い。テスラコイルの能力をもってしても捕捉できなかった創造主を、どうやってミルクレープが探せるというのか。
それでも、何もしないよりはマシだとミルクレープは言う。
「アカホシが目覚めるまでに、時間は相当あるんだろうが。むしろ都合がいいだろ。どのみちアタシらの力じゃあ、表に引き摺り出すことは出来ねぇんだ。……テメェらはテメェらで好きに動けばいい。アタシは行く」
完全には修復しきっていない身体を引き摺りながら――ミルクレープは外へと飛び出す。この日をきっかけに、“第零世代”の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます