幕間 ~暴走~

 長い長い歴史の流れの中で、“第零世代”の機石人形グランディールは、元英雄たちは戦い続けた。


 何百。何千。何万。数えきれない程の敵たちと。

 魔族と。ヒトに害をなす機石人形グランディールと。

 機石人形グランディールを使役するだけでなく、虐げるヒトと。


 創造主の手を離れて戦い続け、百年も経つ頃だろうか。

 自分たちの中に残された“正義”を基準に、世界を護り続ける五体。


 表舞台に出ることは許されなかった。そして、これからも出て行くことはない。誰にも知られないままに敵をほふり、誰かを救い続けていく。当然、彼らに対して称賛なんてものは無かった。


 そこに苦しみは無い。そのために造られた者たちだから。

 そのために造られた者たちだから、そこに疑問も無い――はずだった。


「いつになれば、俺たちの戦いは終わるんだ……?」


 そうでなかったのは、彼らに感情というものが備わっていたからなのか。

 数年前から、アカホシはそう口にすることが多くなっていた。


 そこは“竜の墓場”と呼ばれた場所。この世界の空を支配していた竜たちの多くが、この地を通して自然へと還ったといわれている山岳地帯。ヒトはおろか、魔族も近づかないために、身を隠す絶好の拠点となっている。


 日中は人々の往来も増えてきたため、移動は夜間に行うことが多い。なので普段はこの場所で静かに身を休めているだけなのだが、今日に限ってはアカホシが酷く物思いに耽っていたのだった。


「アカホシ……」


 普通の人間ならば、なんらおかしいことではない。戦い続けるにつれ、精神が摩耗していき、数年も保たないようなことなど、ざらにある。それを百年近く続けることができたのは、機石人形グランディールであったからに他ならない。


 ただ――他の四体とは違い、アカホシだけがそうだった。

 これが危ない兆候だというのは、全員が理解していた。


 彼が特別だったのか、それとも他の四体が特別だったのか。 自分たちなら何年だろうと続いても平気だ。似たような兆候は感じられない。それとも、いつかは同じようになってしまうのか。


 シュガークラフトとテスラコイルが様々な面から調べたが、異常も見つからなかった。だが、目に見える異常が無くともおかしくなるのは、ヒトも人形も変わらない。


「もっと殺さないと駄目だ……。もっと壊さないと駄目だ……。じゃないと、終わらない。終わることなんてできない。あの人だって、それを望んでいるはずなんだ」


「……ちょっと落ち着いた方がいいんじゃないかな」

「最近、不安定になる頻度が高いわ。命令なんてもう無いのだから休みなさいよ」


 アカホシがなにやら不穏がことを言う度に、周りがそうやって抑えていたのが普段の光景となっていた。しかし、使命感に突き動かされるかのように、アカホシは行動に出ようとする。


「たしかクルタだったかな。新たに機石人形グランディールを造っている街というのは――」


「その可能性があるって言っただけだろ。機石によって栄え始めている、機石人形グランディールがあるかはまだ確認中だって。時間をかけて調べるって言ったばかりじゃないか」


 記憶力も怪しくなり、衝動的に動こうとする。

 周りの声に耳を貸さなくなり、不和が生まれる。


。俺一人でも大丈夫だ」

「――待てや。行かせねェぞ」


 このまま行かせるわけにはいかないと、ミルクレープが立ち上がる。今のアカホシだと、クルタに機石人形グランディールの製造工房が有ろうが無かろうが、街全体に被害が及びかねない。そう言って、進路を塞いだのだった。


 普段ならば、そこで諦めて腰を落ち着けるはずだった。

 ――が、その手には剣が握られていて。


「邪魔をしないでくれ……!」


「アカホシ……!?」

「ちょっと、どうしちゃったのよ……!」


 突然に武器を抜いたアカホシに、ムーンショットやシュガークラフトたちも騒然としていた。説得に応じる気配がないと判断したミルクレープが、声を張り上げたが――


「シュガークラフトォ! アカホシを眠らせろっ!!」

「――――っ」


 シュガークラフトが動く前に、アカホシが剣を振るった。


 決して油断していたわけではない。――が、それでもアカホシの振るう剣からは、大量の魔力が放出されていて。至近距離にいたミルクレープは、なんとか爪で防いで致命傷は免れたものの、他の仲間たちと共に壁に叩きつけられてしまう。


 全員が怯んだ隙を見て、飛び出していくアカホシ。

 向かうはクルタ、機石によって栄える工業の街。


「クソがっ……! 全員で止めるぞっ!」


 大きく舌打ちをして、後を追うミルクレープ。

 事態の深刻さに苦い顔をしながなら、シュガークラフトとテスラコイルも続く。


「――――」


 ムーンショットは――未だにアカホシの暴走を信じられずにいた。

 戸惑いに、足を動かせないでいた。


「ムーンショット、何してんだよ! お前がいないと、止めるなんて無理だぞ!」

「あ、ああ……」


 テスラコイルの呼びかけに、我に返るムーンショット。四人で山岳地帯を抜け、森へと入ったところで、状況が悪くなっていくことを実感する。


「アグニまで……!? 急がないと手遅れになるわ……!」


 彼らの先を行くアカホシに沿うようにして、遥か天空から降りてきた機石の竜。敵となる者を殲滅するために、アカホシが扱う“兵器”が姿を現わしていた。


 クルタまでは距離があったものの、全力での移動ならば辿り着くには数時間もかからない。それに加えて、アカホシはため、道中で追いつくことはもはや不可能だった。


 そうして――機石の竜は、クルタへと辿り着いてしまう。






 ――たくさんの人の悲鳴が上がっていた。


 到着前からアグニの姿が確認できたであろうこと。そして、テスラコイルの能力によってアグニの到着を遅らせたこと。この二つによって、時間はある程度あったのだが、それでも人々が完全に避難するには十分ではなかった。


 アカホシの“兵器”であるアグニと、“兵器”を両手両足に展開したミルクレープの戦闘によって、幾つもの建物が轟音を響かせながら破壊されていく。


 アカホシ一体を止めるのにも、四体揃ってやっとというところ。

 シュガークラフトとテスラコイルは戦闘向きではない。

 アカホシと直接に殴り合えるのは、ミルクレープただ一体。


 唯一、アカホシに対して有利に戦えるといえば、遠距離射程による強力な武器を持っているムーンショットなのだが――彼女は動けないでいた。


 目の前の惨状を、炎に包まれる街の中で君臨する炎の機石竜の姿を、それに搭乗しているアカホシの姿を、信じられないでいた。


 撃たなければ。

『撃てっ!!』というミルクレープの声が響く。


 ほぼ単独でアグニを抑えているに等しい彼女も、既に全力だった。

 一瞬でも気を抜いてしまえば、破壊されるのは自分だと分かっていた。


 狙うべきは、アグニの中にいるアカホシ。

 その核となっている機石を撃ち抜けば止まる。

 もちろん――アカホシは二度と目覚めることはない。


 他の三人はそれを十分に理解していた。覚悟もしていた。

 暴走してしまったが最後、こうなるしかないと。


「何やってんのよ、ムーンショットっ!!」


「シュガークラフトっ! 障壁を張れっ!!」

「そんなの何度も出せるわけ――ああもうっ!!」


 シュガークラフトが言われるままに、機石装置リガートを射出してバリアを張った。炎はなんとか防げたものの、直接殴られたらどうなるかは分からない。あくまでも、一時しのぎのものだった。


 そのほんの少しの時間稼ぎの間に、ミルクレープはムーンショットへ詰め寄る。


「テメェ、いい加減にしやがれっ!!」


 右の拳で、思いっきりに頬を殴った。


「ここで止めねェと、アイツが山ほど人を殺すことになるんだぞっ!!」


 今はまだ誰も死んでいない。

 シュガークラフトがそう言っていた。

 しかしそれは、彼女たちが抑えているからで。

 いつ、血が流れ始めてもおかしくはない。


「……撃てない。撃てないんだっ……!」


 それを止めるために――ムーンショットの銃弾が必要だった。

 しかし彼女は、引き金を引くことができない。


「私には……撃てない――!!」

「なに馬鹿なこと言ってんだよ!!」


「――っ!! もういいっ!! テメェら、アタシに魔力を回せ!」


 ミルクレープへと魔力を渡す。シュガークラフトとテスラコイルの持っている魔力を注げば、ミルクレープの許容量を軽く超えていた。つまりは、機石を暴走させて限界を超えるほどの出力へと上げようというのだ。


 それは――まさに最終手段ともいえるものだった。

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