幕間 ~翳り~
機石に蓄えられた魔力によって動き、ヒト同じ思考をすることができながらも、ヒトとは比べ物にならない力を出すことも、過酷な環境で生きることのできる。ヒトの手によって作られた新しい種族。
その中でも“第零世代”は突出した能力を持ち、特殊な兵器を扱うこともできる。特殊な機石を核にしていることで、大気中の魔力を自身の機石に吸収する。魔力切れの心配なく、ほぼ無限に活動できる完璧な存在。そうであるはずだった――
「この先、俺たちもいつか心が壊れて誰かを襲うようになるんだろうか……」
それは――魔族の長であるウルグリアーを倒してから、数年の月日が過ぎてからのこと。
創造主から『好きに生きろ』と放り出され、姿を隠しながら残った魔族を殲滅していく日常の中で、少しずつ世界が変わっていくのをアカホシたちは感じていた。
ウルグリアーが
亜人に対する迫害は残りつつも、前に比べれば平和になりつつある。
しかし――自分たち以外の
アカホシたちが自分たち以外の機石人形を見たのは、人里近くの森でだった。魔族特有の魔力を感じて、殲滅しようと向かった先に先客がいたのだ。魔族を殺しているだけならばまだよかった。見過ごせなかったのは――そこにいたヒトの命まで、わざわざ奪っていたのだ。
自分たちとは違う
いわゆる、“第一世代”と呼ばれた“第零世代”の劣化版。
戦闘能力の高さは残されているものの、思考については“第零世代”には遠く及ばない。
邪魔となれば
最初は同族だと思っていたのだ。
半ば信じられはしなかったが、
仲間だと思って近づいたら、ヒトを襲っていた。
すぐさまアカホシたちにも襲い掛かり、戸惑いながらも返り討ちにした。
――――。
「駄目ね、こんなもの創造主が作ったものじゃあり得ないわ」
「所詮は僕たちの
シュガークラフトとテスラコイルによって、破壊した身体と機石を調べた結果――造り出したのは創造主ではないことが分かった。
「それじゃあ……きっとどれだけ調べたところで、創造主には辿り着かないな」
それはアカホシたちにとって、少なからず絶望を受けるものだった。
あれはきっと何かの間違いだったのだ、と。
もう一度、創造主に会えれば、あの時のように戻れるのだと。
魔族を殲滅し続ければ、もう一度手元に置いてもらえるのだと。
そんな希望を胸に抱いていたアカホシたち。
けれども、“自分たちとは違う
それはまるで、精神を壊されているようにも見えて。
不憫さ以上に恐怖の感情が湧き上がっていた。
「敵も味方も分からなくなっちまったらオシマイだな。まァ、こいつはそもそも敵も味方も最初から無いって感じだったがよォ」
戦闘中に機石にダメージを負い過ぎていたのだろう。魔法光を失い、動かなくなった
もはや彼女の中では、仲間という認識は無かった。
ただの自分たちと似ているだけの“敵だったもの”だ。
自分とは違う。自分たちとは違う。
乱暴で、時には無茶をする。ヒトも気に食わなければ襲うこともある。
けれど、それは自分たちの中にあるルールに
無機質に、何の感情もなく殺すようなことはしない。
ミルクレープだけではなく、“第零世代”の全員が理解はしていたが、それでも頭の中に浮かび続けるモヤモヤが感情を揺らしていた。
「俺たちがヒトを襲うことも……いつかあるんだろうか」
「……やめてよ。
“あれ”は最初から壊れていたが、自分たちがいつか同じようにならないとも限らない。そうなったら――直すのは難しいとシュガークラフトは言う。
「ほんと……やめてよ……」
あくまで、“あるとすれば”という前提で。
シュガークラフトの頭の中では嫌な予感がしていた。
もしも、最初に与えられたプログラムを全て終わらせてしまったら。殲滅すべき魔族がいなくなってしまったら。他に倒すべき対象もいなくなったら。それでも、創造主に受け入れてもらえなかったら。
「……そうだな」
冗談でも嫌だとシュガークラフトが呟くと、アカホシが困ったように笑う。
『魔族を倒して世界を救う』というのが一際強くインプットされているのがアカホシだ。そのために生み出されたと言っても過言ではないのがアカホシだ。
そのアカホシが――目標を完全に失うと、どうなってしまうのか。
「大丈夫、俺たちはいつまでも俺たちのままさ」
どんなものだって、いつかは壊れてしまう。
そんな当たり前のことを、彼らが知らないわけはなかった。
完璧な創造主に造られた自分たちだけは大丈夫だと、そう信じていた。
少なくとも――アカホシはそう信じていた。
「ハッ。万が一ぶっ壊れたときは、残った奴で止めりゃあいいだろ」
難しいだけで、完全に直せないとはシュガークラフトも言っていない。万が一、自分たちの中の誰かが壊れて暴れ出した時は、責任をもって全員で止めてやる。『肝心のシュガークラフトが壊れた場合は諦めるしかねェが』と笑いながら、ミルクレープは拳を打ち鳴らした。
創造主の手を離れて。
先の見えない戦いを続けるのは構わない。
だけれど、それすらもできなくなった時が怖い。
いつかの夜、アカホシがムーンショットの前でそう呟いた。
魔族の気配を探知したテスラコイルの指示で、三組に分かれて行動することになったときのことだった。
「戦って、戦って、戦って――俺たちには最後に何が残るんだろうな」
仲間の前では弱音をあまり口にしないアカホシだったが、無口なムーンショットの前では少し違った。余計な反論が返ってこない分、気が楽だったのかもしれないし、それとは別に特別に信用していたのかもしれない。
「戦うことしか考えなくなったら、あの
「…………」
きっと答えは求めていないのだろう、とムーンショットは理解していた。
彼女も、話をされて何も考えていないわけではない。こうして自分にしかできない話があるというだけで。周りからは『感情の乏しい奴』と言われる彼女でも、仄かに喜びを感じることはあるのだ。
アカホシの問いに対する答えは持っていない。
そもそも、答えを求められてすらいない。
だから――彼女が言えるのは、こんなことだけ。
「アカホシ……。私は……お前を撃ちたくはない」
だから決して壊れないでくれ、と。
どんなことがあっても、私にお前を撃たせないでくれ、と。
きっと、ミルクレープもシュガークラフトもテスラコイルも、壊れたアカホシを全力で止めようとする。動けなくなるまで、破壊するに違いない。
それが唯一の答えだということを、理解しているから。
自身の感情とは関係なく、目標を遂行する能力を持っているから。
自分はどうなのか。
自分を味方と認識できなくなった仲間を撃つことができるのか。
その答えを――ムーンショットはまだ持っていない。
「分かってるさ。心配しないでくれ」
そう微笑むアカホシの顔を見ても――
ムーンショットの胸の内が晴れることは無かった。
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