おまけ わたしたちのなまえ
それは――私たちが世界を救うために動き始めて、そう間もない頃のことだった。
「君たちの名前の由来……?」
アカホシが尋ねると、私たちの創造主は不思議そうな顔をしてそう聞き返した。
きっかけは、ウルグリアーの居場所を探っていた時のこと。魔族が人を襲うことは、どこであろうと珍しくもなく。酷い時には村一つが壊滅状態に陥っていたこともあった。
『くそっ、酷いな……』と、アカホシは毎度呟くのだ。
自分たちがその場にいれば返り討ちにできただろうが、そんなに都合のいいこともない。そういった光景に出くわすたびに、ウルグリアーさえ倒せばこの悲劇も起こらなくなると言い聞かせるのだ。
ただ、奪われるものもあれば、新しく生み出されるものだってある。
村を襲われた人々が逃げ出して集まり、新天地にて新たな村を作っていることもあった。ちょうど村の名前を決めよう、というところだった。
その村の名前は、植物の名前から借りて名付けられた。どれだけ枯れても、翌年には必ず土から新たな芽を伸ばし花を咲かせる。そんな植物と自分たちの境遇を重ねてのことだった。
……そこで初めて、私たちは“名前”というものの意味を知った。
それまで何も考えずに呼び合っていた、私達の名前にも――
少なくとも、アカホシは興味を持ったようだった。
「ヒトが何かの意味を持たせて名前を付けていました。俺たちの名前にだって、何か意味があるんじゃないかと思って……」
「……そうかそうか。自分たちの名前も興味を……。実に面白いね」
創造主は私たちを見ながら、そう言って微笑む。
いったい何が、どうして面白いのか、という疑問を口にする者はいない。
「もちろん、君たち一人一人の名前には意味がある。聞きたいかい?」
『はい!』とアカホシが一番に返事をする。
彼は私たちの中でも人一倍好奇心が強い。ヒトの行動や考えについて、見たり聞いたりする度に創造主に尋ねていた。
『私は嫌。なんだか勝手に自分のことを知られるみたいで気持ち悪いもの』とシュガークラフトは断っていたが、ミルクレープとテスラコイルは『どちらでもいい』という反応だった。
「ムーンショットはどうかな?」
「…………」
別に私たちのリーダーであり、ウルグリアーを倒すという目標の邪魔になるものでない以上は、止めるつもりはない。アカホシが知りたいのなら私もそれに従うまでと、首を縦に振った。
創造主は『そうか』とほほ笑むと、パンと手を鳴らした。
それと同時に、創造主の手が淡い魔法光によって光り始める。
私たちは、何が起こるのかを知っていた。これから起こるのは、創造主の魔法――まるでそこに存在しているかのように、様々な物の映像を浮かび上がらせるのだ。
「君たちの名は、この世界とは別の場所の言語によって付けられている。ちゃんとそれぞれに意味があるから、安心して欲しい。決して適当に付けたわけではないよ」
一人一人、私たちの方へと順番に視線を移していく。
全員が見ているのを確認してから、創造主は両手の間に大きな火球を生み出した。
「アカホシ。ホシというのは、あの空に浮かぶ星々のことだ。その中でも、ひときわ赤く輝く星がある。日中私たちを照らしている、大きな大きな太陽だ。あれは夜には沈んでしまう。だから、君にはこの世界の夜をも照らせる力と名を与えた」
――太陽。
アカホシだけに備わった能力として、魔族を消滅させる光を扱うことができる。まさにそれは、夜闇に潜み力を増す魔族たちを殲滅するには相応しい能力だ。
世界を救い、照らす者としての責務と期待。
それを背負うことを誇りとして、アカホシは胸を張る。
名前というものが、ヒトにとってどういう物なのかを少しだけ理解して。
……ほんの少しだけ、羨ましいという感情が生まれた。
「次は――ムーンショット、君の名前だが……」
アカホシの次は、私の番だった。
期待が無かったわけではない。けれども――私はアカホシとは違った。
「ムーンは“月”、ショットは“撃つ”という意味だ」
当然だが、それを意味しているものの中身も違った。
なにより、周りの反応からして天と地のようだった。
「『月を撃つ』ねぇ……。無理だろ、そんなの」
「コイツの弾はどうやったってそこまで届かねぇ。名前負けってヤツだな」
ミルクレープが嘲笑を浮かべる。シュガークラフトも、テスラコイルも変な名前だと笑っていた。けれども――アカホシだけは違った。
「なんでさ。いい名前じゃないか『月を撃つ』だなんて。俺はカッコいいと思うぞ」
「…………」
「君たちが笑いたくなるのも仕方ない。この言葉を生み出した世界でも、『荒唐無稽』と取られるようなものだった」
ならば。ならばどうして、そんな名前を付けたのか。
荒唐無稽。その言葉の意味なら知っている。
根拠もなく、あり得ないもの。でたらめなもの。
それらは、私の自覚する“私”とはかけ離れたものであり、嫌いなものでもある。
……私は既に、自分の名前が嫌いになっていた。
「……落ち込むのはまだ早いよ。皆も、話は最後まで聞きなさい。――これはね、アカホシの言う様に、『どれだけ無理に見えるようなものでも、諦めずに達成してみせる』という強い意志を表しているのさ」
アカホシが『もしかしたら、頑張ればできるかもしれない』と言ってくれるが、そんなことは無理だと私自身がよく分かっている。
創造主から与えられた兵器の出力、弾を飛ばせる最長射程。
どれを見ても――到底、空に浮かぶ月へと届かせることはできない。
私の番が済み、ミルクレープの名前について話が移り始めていたが、私の頭の中は自分の名前のことでいっぱいになっていた。どうすれば、“
「ちなみに、ミルクレープ――君の名前の由来はお菓子の名前さ」
新しく創造主の手の上に現れたのは、薄黄色をした三角形の物体だった。
創造主が言うには、『ケーキ』という食べ物の一種とのこと。
その様子に、『あはははは!』と大きな笑い声を上げたのはテスラコイルだ。
「なんだよ、意味さえ分かれば可愛い名前じゃないか! ミルクレープねぇ――」
――次の瞬間には、テスラコイルが殴り飛ばされていた。
「今すぐ他の名前に変えやがれっ!」
「名前っていうのは、そんなにコロコロと変えていいものじゃない。私はね、このお菓子が好きなのもあるんだけど――そのミルという言葉にある『何枚も重ねて』という意味が気に入ってるのさ」
表面上だけではなく、その内側にあるものを見なさい。
創造主は静かにそう言った。
それは激高しているミルクレープだけではなく。
テスラコイルにも、私にも言っているように聞こえた。
「重ねて、重ねて、重ねて。それは大きな意味を持つものへと変わっていく。“重ねる”、というのは大きな力なのさ。時間も、
「……じゃあミルだけでいいだろうが」
「それじゃあ味気ないだろう?」
「
ミルクレープは失礼なことに――私たちを造った創造主に対してアンタ呼ばわりした後に、不貞腐れるようにベッドに横になっていた。
「シュガークラフトは嫌だと言っていたから――テスラコイル、それじゃあ君が最後だがいいかな?」
「……別に僕は、名前の由来がどんなものだろうが、気にはしないからね」
『好きに話してよ』と先ほど殴られた後を
テスラコイルの場合は――少し様子が違った。
創造主の背後に並び立つように、様々な人物が現れていたのだ。
様々な外見だったが、そのどれもが老年の男性のようだった。
「よろしい。テスラというのは、科学者――君たちの名前の由来となった世界の発展に大きく貢献した人物の名前だ。彼が作り出した装置の名前が、そのまま君の名前となっている。“電気”に関わる、大勢の科学者に連なるうちの一人だ」
アカホシが『科学者……?』と尋ねると、『学者に類する者たちだけれど――この世界でいう、魔法使いのようなものだよ』と創造主は微笑む。
「“電気”、この世界では魔法が発展しているが故に、注目はされていないが、技術次第では一つの文明を作り上げるには十分すぎるだけの大きな力を持っている」
目の前の“それ”は、バチバチと音を立てていた。
この世界でも何度も目にするものだった。
「炎とは勝手が違った。電気に関しては、この世界で扱い切れるものではなかった。けれども、こことは別の世界では、たしかにあったんだ。装置の働きにより電気を生み出すことができる技術を作り出した者たちが、その歴史の中にいたのさ」
“電気”。それが魔力と同等に語られることが、不思議にさえ思えた。
「君たちも雷は知っているだろう。ヒトは小さな静電気から始まり、雷が巨大なエネルギーを持つ電気の塊であり、空気中に放電される際に起こる現象だと解明した。テスラコイルというのは、小型の雷を作り出すものだ」
『その科学者は装置によって、“知らしめた”のさ』と、呟く。
「目には見えないものを、目に見える形にする。それは理解できなかった者たちに、衝撃を与えることができる大きな手段であり、避けては通れない道だ。『知らしめるもの』、それが君に込められた思いだよ」
…………。
「――ま、ミルクレープやムーンショットよりはマシってことかな」
そんな軽口を叩いたテスラコイルが、またミルクレープに殴られていた。
私はそれほど怒りは感じていなかったものの、やはり
「荒唐無稽……」
到底達成できるはずがないと、笑われるような。
達成できなければ、無駄だったと切り捨てられてしまうような。
そんなものが、私の名前だということ。
ムーンショット。なんて滑稽な名なのだろう。
自然と、握る拳に力が籠もっていたその横で――
「いつかは実現してみせる、という志か……」
アカホシが、そう呟いた。
「いいじゃないか。俺たち五人が世界を救うのも、他の奴等から見れば同じように荒唐無稽なように見えるさ。つまり――」
「ウルグリアーを倒すことができたら、きっとムーンショットだって月を撃ち抜くこともできる。そうに決まってる。だろ?」
その言葉を聞いた瞬間――私の中で、何かが救われたような気がした。
私が私であるために、一緒に戦い続けることを誓った瞬間だった。
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