第二百八十二話 『いくら笑われようと』
『適当なタイミングで突っ込んでこい』とだけ指示して、そのまま飛び込んでいく。
「相変わらずヒラリヒラリとよォ……!」
自分の攻撃を受け流していたときのような柔らかい身のこなしで、ムーンショットはミル姉さんの爪を避けていた。寸でのところで紙一重の回避を見せる。反撃は先程と同様に、例の曲撃ちである。
「チッ……!」
相手のやり方は記憶に新しくもないのだろう。初見ならば怯むであろう、ムーンショットの銃捌きにも驚いた様子を見せない。
元仲間だろうが容赦なく向けられる銃口。
怯むことなく、鋭い爪がそれを弾いた。
――隙ができたっ。
一瞬だけ生み出されたタイミングを見逃しはしない。
まずは蹴りで怯ませて体制を崩し、そこからナイフで首を跳ね飛ばす。真正面からの攻撃なら、魔力を込めた一撃すらも受け流されてしまうだろう。けれど今なら、十分に通用するはず――
一足飛びに接近して、まずは一撃っ!!
蹴りがまともにムーンショットの上半身に入る。
込めていた魔力が、その勢いのままにムーンショットの身体を揺らした。
「くっ……!」
「……?」
――防がなかった……?
どちらかといえば、自分から弾き飛ばされたかのような動きだった。けれども、ムーンショットのその仏頂面がダメージに歪んだのも事実で。思えば、これが初めてまともに与えられた攻撃だった。
弾き飛ばされて距離が完全に離れていく前に、すぐさま追撃していく。
ほぼ無防備となっている今の状態なら、あとはナイフでとどめをさせばいい。吹っ飛ぶ速度よりも、こちらの移動の方が早い以上、相手はもうまな板の上の鯉のようなもの。
思いっきりに首を叩き落すつもりでナイフを振るったのだが――
「――――っ!」
「銃で防いだっ!?」
バトンのようにぐるりと回された銃の柄がナイフを受け止めた。
そのままの勢いでドッと地面に銃を突き立て、空中で態勢を直す。
まるでなんてことも無かったかのように、すっと着地すると再び銃を構える。
赤く冷たい瞳は健在。あくまでさっきのは怯んだフリ、というわけだ。
自分の魔力を込めた一撃は、致命傷に至ることはないと判断してわざと受け、その勢いを利用して目下の危険であるミル姐さんと距離を離したのだ。ナイフはまともに受けるわけにはいかないと、咄嗟に防いだのだろう。
「対処の取捨選択まで正確なのか……」
いくら元英雄とはいえども、ミル姐さんと自分の二人を相手にしては押されてしまう。そもそも装備からして遠距離主体であるのにも関わらず、自分一人ならば十分に抵抗できるスペックが異常なのだ。
やはりそこは“元英雄”で“第零世代”……一筋縄ではいかない。自分一人では仕留めるのは難しいだろうが、この戦いではミル姐さんがすぐさま追いついてきてくれる。
「『まずは態勢を崩して』だなんて教科書通りのやり方が通用する相手じゃねェぞ。……だが確実に届いてはいンだ。このまま続けてやろうじゃねェか――!」
再びミル姐さんとムーンショットが火花を散らし始める。爪は流石に受け流すことが難しいのか、相手は銃を盾にしての防戦一方。ガンガン攻め続けるミル姐さん相手では、思うような戦闘にはならないのだろう。
「――――」
――自分達に背を向けた……!?
流石にこれでは不利だと思ったのか、丘から飛び降りて下の森へと飛び込む。脱兎の如く距離を離そうとするが――この状況になってはもう遅い。
「追えっ、テイル!!」
「分かってます――!」
移動速度に関してならこちらに分がある。森の中での立ち回りだって。だが、やるべき仕事は一つだ。先に追いつき足止めをする、今度は自分が無理をして倒す必要はない。その後の本命――ミル姐さんがすぐさま追いつき、その無茶苦茶な攻撃で吹っ飛ばしてくれるだろう。
「
――ムーンショットが、ようやく自分に対して言葉を発した。
「悪いがこれ以上アンタに手間をかけてる暇はないんだ……!」
「いい加減逃げるのを止めたらどうだァ! ムーンショットォォ!」
まるで一種の狩りをしているようだった。
ミル姐さんと自分で、まるで猟犬(猫だけど)のように獲物を追い回す。
二度、三度となんとか受け続けていたムーンショットだが、ミル姐さんの言っていたようにダメージは確実に届いていたのだろう。
何分間のことだったのだろう。四度目にして、ようやく限界が見えてくる。ガクンと膝をついた隙を逃さず狙い――
ミル姐さんの爪がムーンショットの首を刎ねたのだった。
――――。
「……まだ続けてたんだろ、近くの街で見たぞ」
「…………」
刎ねた首はもとに戻されたが、両腕を破壊されて没収されているムーンショットは答えない。ようやく無力化に成功し、あとはアカホシを止めるために説得するだけだ。
だが――ムーンショットは頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。
「届きもしない月に向かってバンバンバンバンとよォ。魔力の無駄だから止めろってシュガークラフトもテスラコイルも言ってただろうが」
それは、クルタの街で過ごした夜に見た光景のことだった。
「……私の名前はムーンショットだ。『月を
遠くの丘から、月へと向かって真っすぐに光が昇る。
ミル姐さんたちは、それがムーンショットの仕業だと知っていたのだろう。
満月が夜空に低く浮かぶたびに、月へと銃弾を飛ばしていたのだ。
「馬鹿なことばっか言ってんじゃねェ。できるわけがねェだろうが」
呆れたような溜め息を吐くミル姐さんの言葉を嫌がるかのように、首をよその方向へと向けるムーンショット。そこでタイミングが悪く自分と目が合ってしまったものだから、いよいよ下の方を向き始め表情が分からなくなる。
「どうせ無理だと笑うのだろう、無謀だと蔑むのだろう。……それでも構わない。私はいつか必ず、この名を真実のものへとしてみせる。だから――今は好きに笑えばいい
「…………」
『笑えばいい』と言われたけども、自分はそんな気にはなれなかった。
――――――
自分の前にいた世界では、『ムーンショット目標』という言葉があった。
その言葉が生まれたきっかけというのはアポロ計画――月へと有人ロケットを飛ばすという当時ではまだ誰も実現したことのない計画だった。西暦1961年、アメリカ合衆国の大統領であるが『今後十年以内に月へと行く』と発表したのだ。
『馬鹿馬鹿しい』『そんなことできるわけがない』『荒唐無稽だ』
そんな声が各所から上がった。それも当然のことだった。
人類が初めて人工衛星を宇宙へ打ち上げたのが四年前のこと。ソビエト連邦の『スプートニク1号』である。同年に打ち上げた『スプートニク2号』は、犬を乗せた世界初の宇宙船だった。打ち上げ後にトラブルが起きて数日程度しか保たなかったが、その犠牲はのちの宇宙開発研究の大きな糧となった。
しかし、まだその段階でしかなかった。
次の目標は、誰もが空に浮かんでいるのを眺めるだけだった月。
38万5,000km先にあるその地へと降り立つというというのだ。
『まだその段階ではない』と誰もが思った。『それを目標にするのは早過ぎる』と。
けれども、大統領は宣言した。高らかに
困難だからこそ、挑戦するのだと。
アメリカ合衆国の意地として、世界の先頭に立つ国として。
そして――宣言から八年。
1969年に『アポロ11号』による、初の人類の月面着陸が達成された。
荒唐無稽と言われていた『ムーンショット計画』は実現した。
――それは何故なのか。
それが人類の夢だったから。英知を結集し、達成することに価値があったから。
まさに世界を
ムーンショットという言葉は、無理だ無茶だと
どれだけ遠くにある目標だったとしても、必ずやり遂げて見せるという志の形だ。
――――――
偶然なのかは分からないが、彼女の創造主はそういう意味で名付けた。だから――笑おうという気などこれっぽっちも起きない。
「別に……笑いはしないけど」
そう言うと、なぜだかムーンショットが驚いたような顔をする。
「――――」
何か変なことを言ったつもりはない。
そもそも人の名を笑うだなんて、そんな失礼なことはしない。
それほど馬鹿にするようなことでもないとは思うのだけれど、いったい今までどんな反応をされてきたのだろうか。ムーンショットの信じられないという表情が、とても印象に残っていた。
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