第二百八十一話 『一人で突っ走りやがって』

 ――放たれるのは、銃弾となった魔力の塊。


 その恐ろしさは、つい先ほど思い知らされたばかりだ。……不意打ちならば必殺の一撃だっただろう。だが、来ると分かっていれば避けるのは容易い。


 引き金が引ききられると同時に、その場から飛び退いた。直後に鳴る、ドンという重たい音。そして眩いほどの魔法光を放つ魔力の塊が走り抜けていく。


 こちらの話は聞く気無しか……。


 馬車ごと自分たちを狙ってきたのも、『何かの間違いだった』と言うのなら、それで良しするつもりだった。自分たちの目標はアカホシを止めることで、彼女はそのために必要な協力者であって、敵ではないからだ。


 だけれど――こうして狙ってくる以上は、力づくで止めるしかない。協力したくないならないで、ミル姐さんたちと話し合ってもらわなくては。


 こうして対面している以上は、彼方あちらに攻撃がいくことはない。時間を稼いで仲間が来るのを待つべきか。……いや。


 ここは俺一人で――!


「――――っ!」


 相手は“元英雄”。手加減なんてするつもりはない。最初から手の内を隠さず、全力で叩きに行く。アリエスに仕込んでもらったナイフに内蔵された機石に魔力を流し続ける。


 流れる視界の中で身体を上手くコントロールし、ムーンショットに接近する。ここまで密着すれば、あとはこちらのものだ。


 懐に飛び込んでしまえば、ああいった長身の銃など怖くはない。弾はどうやったって銃口からしか出てこないのだから。


った――」


 いや、流石に殺しまではしないけど。


 自分の能力では機石人形グランディールを完全に破壊することはできない。だから、あくまで戦闘能力を奪うだけ。銃の引き金にかかるその右手、右腕を機能しない程度に潰してしまおうとナイフを振るった次の瞬間――


「っ!?」


 間髪入れずに鋭く突き上げられた膝が、ナイフを持っていた右手を打つ。


 こちらの速度にも怯むことなく、正確に対処してきやがった。表情を全く変えないまま、片目だけでこちらを冷ややかに見通してくる。赤い瞳が冷たく光っていた。


「澄ました顔しやがって……!」


 狙撃手だからと侮っていたわけではないが、肉弾戦でこちらに対抗できるだなんて。ただ、ミル姉さんほどの無茶苦茶な腕力があるわけでもなく。持っていたナイフを弾き飛ばされたわけでもない。右手はジンジンと痛んでいるが、戦闘能力が削がれるわけでもない。


 結局は銃にさえ気をつければ、怖い相手ではないってことだな……!


「くそっ……! ひらりひらりと……!」


 とはいえ、こちらの攻撃が当たらないのはどういうことだ。こちらの攻撃を確実に受け流し躱し続ける。身のこなしが他の三体とは明らかに違う。まるで風に揺らめく柳の枝のような。そんな柔らかい動きだった。


 確かに魔力を打ち抜いているはず。音は激しく鳴っているが、それだけだ。


 衝撃を上手く逃している、というのだろうか。

 大きく吹き飛ばされたように見えるのは表面だけ。

 実際は、上手く体を回して、次の攻撃へと転じていた。


 こちらも、ムーンショットの攻撃を躱していく。

 長い脚がまるで鞭のようにしなりながら、頭部めがけて迫ってくる。


 ――最初のように不意打ちで反撃されたなら別だが、相手の攻撃だってこちらには丸見えだ。大きく伸ばした右足の後ろ回し蹴りを後ろに身体を逸らして躱すが――


「うおっ!?」


 そのままタタンと軸足を変えて勢いそのままに左脚での回し蹴り。射程レンジも伸びて危うく顎を掠るところだった。


 足技がメイン……!?


 ――と思った矢先に、まるで棍棒のように振るわれたライフルの銃床じゅうしょうが眼前に迫る。


 銃器を鈍器として使ってくるなんて。『銃床は金槌じゃないんだぞ』というのは何の名言だっただろうか。硬さは十分、遠心力も乗っている。流石にソレで思いっきり殴られたらひとたまりもない。


 だが、それだけ振りが大きければ、外したときの隙も大きくなるはず。体勢を低くして躱し、一気に攻めに転じて、早々に無力化させる。――そのはずだった。


「――っ!?」


 


 構えからして、銃を撃つ“それ”ではない。

 到底無茶な持ち方をしているにも関わらず、引き金に指がかかっている。


「曲撃ち……!?」


 “狙いを付ける”という動作を丸々すっ飛ばしたこの状況。


 まさか――この状態で撃ってくるのか……!?


 ゾワリと背筋に悪寒が走った。

 地下工房で機石兵器イクス・マギアの砲口を向けられた時と同じ感覚。


 考える暇なんて無い。

 そんな確信があった。


 地面から身体を引き剥がす。溜めのない射撃で威力は抑えられているようだ。もしかしたら、十分耐えられるものだったのかもしれないが、既に時は遅し。


「しまった――!」


 弾かれたように跳び上がったところで、不覚にもこちらに隙が生まれてしまった。地に足のついていない状態。踏ん張りのない空中で蹴りを叩き込まれる。


「ぐっ……!」


 丘から蹴り出された状況だった。このままだと、遥か下への地面へと真っ逆さまだ。ナイフとロープを使えば、なんとか途中で留まれるとは思うが、問題はそこではない――


「――――」


 今度こそ。

 今度こそ、確実に当てるために。


 しっかりと構えられた機石ライフルの銃口が、真っ直ぐにこちらを狙っていた。


 いくら身体能力を上昇させようと、空中ではどうにもならない。

 脚力がいくら上昇したところで、二段ジャンプなんて物理的に不可能なのだ。


 どうするんだよ。どうしようもねぇよ。


 両腕を縦にするか。直撃の瞬間に魔力を放出すれば多少は威力を分散させることができるかもしれない。けれど――もし上手くいかなかったら。


 最初の一撃で上半身を吹き飛ばされたテスラコイルの姿が脳裏に浮かんだ。


南無三なむさん……!」


 あまりに危機的な状況のせいで、普段言わないようなことまで口走りながら。どうにもならない未来に対して身構える。たとえ銃弾の軌道が見えたところで、それを避けられない状況なら意味がなかった。


 ムーンショットの右人差し指。引き金がゆっくり引かれていくのが見えた。

 銃口から魔法光が覗いた次の瞬間――


「こンの……クソ間抜けがァッ!」


 グイっと強く襟元を掴まれ、視界が突然に割り込んだ“誰か”に塞がれた。


 荒々しいながらもサラサラとした金髪。黒い色をしたゴスロリのドレス。そして――他に見ないほどの凶悪に伸び並んだ鋭い爪。


 ようやく追いついたミル姐さんが飛び込んできたのだ。


 発射された銃弾魔力の塊は、ミル姐さんの兵器である巨大な右手に受け止められていた。テスラコイルを易々と破壊した凶弾だ。その勢いに、ミル姐さんも押されているかのように見えたが――


「オラァァッ!!」


 ぐるんと身体ごと回転させて、天へと弾き飛ばしていた。

 どんな身体の構造をしてたら、そんな豪快なことができるのか。

 それとも、そんな無茶な性格故のものなのか。


 自分も合わせて振り回されて、視界が大きく回転していた。こんな状況で酔わないのは、猫の亜人だからなのだろう。


 ……なんにせよ、危なかったところを助けてもらったことには違いない。


 飛ばしたり引き寄せたりは自由自在なのか、それをムーンショットの立っている丘へと飛ばして地面へと突き刺すと、抱えている自分ごとその飛ばした腕へと引き寄せられていった。


 その腕、かなり便利だな……!


 ――と、感心したのも束の間。

 乱暴に地面へと投げ捨てられてしまう。


「痛ぁっ!? もうちょっとやさしく――」


 ――だなんて、口に出す前に思いっきりに頭を殴られてしまった。


「一人で突っ走りやがって。挙句にやられそうになってんじゃ、世話ねェだろうが!」

「……ごもっともです」


 降りかかる怒声に返す言葉もない。


「――で、この馬鹿野郎は相変わらず聞く耳を持たねェらしい。オイ、ムーンショット。面倒臭ェからさっさと投降しろや。こちとらお前に割けるような余裕はねェんだよ」


「……お前たちの考えなど、私には関係ない」


 喋った。やっぱり喋れるのか。


 けれども、それ以上のこと口にするつもりもないようで。余程無口な性格に作られたらしい。困ったことに、向こうは再び機石ライフルを構えており、まだ戦闘を続ける気が満々のようだった。


「……そうかよ」


 邪魔になると判断したのか、巨大な腕は取り外されて大空へと消えていく。灰色の雲が低く敷かれているせいで、あっと言う間に見えなくなっていった。


「仕方ねェな、さっさとぶっ壊して無理矢理連れていくしかねェか。手伝え、テイル。二対一なら余裕だろうが」


 何気にミル姐さんとの共闘というのは初めてなのでは?


 敵として戦うのは戦々恐々だったが、こうして味方として横に立つと――


 ……いや、やっぱり怖いな。

 まとめて自分まで吹っ飛ばされたりしないだろうか。


 ――――。


 元英雄同士の戦闘に、自分がついていけるのだろうか。

 いや、ついていかなければ、ここまで来た意味がない。


「……期待に沿えるよう、頑張ります」


 ――短くそう答えて、ナイフを構えた。

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