第二百八十三話 『もうオシマイさ』
「あらまぁ、無様な状態になっちゃって。アンタのそんな姿を見るの初めてかもしれないわね、ムーンショット」
「…………」
「よかったぁ。無事だったんだ……」
既に、仲間たちはリーヴ王から指定されていた地点に集まっていた。
アリエス。ヒューゴ。ハナさん。
身体のあちこちは泥や砂埃で汚れていたけれども、どこかをぶつけたようすも切った様子も見られない。なんとか無事に凌いでいてくれたらしい。
「そっちも、怪我人は出てないみたいだな」
「これで全員揃った――って、テスラコイルはまだぶっ壊れたままか」
……まぁ、一体を除いてだけれど。
「派手にやってくれたもんだね。まぁ、ギリギリでちゃんと気づいてたんだけどさ」
「早くしろや」
上半身は素体だけの状態で、小さな核が微弱な光を放っていた。
なんとか頭は無事だったみたいだけれども、逆に無事なのがそこだけと言っても過言ではない。目隠し越しからでも疲れた表情をしていることが分かった。
「別に僕は戦闘要員じゃないんだから、自分のペースでやらせてもらうさ」
と、相変わらずの様子だった。
「――はい、これでいいわ。アンタも前々からそういうのに頓着しない方だったけど、髪ぐらいマシにしときなさいよ。人形だとしても、女にとって髪が命なのは変わらないのだから」
シュガークラフトによって修復されたムーンショット。恐らく包帯は自分で巻いていたのだろう。それも今やシュガークラフトによって全て外され、素顔が顕になっていた。
「そんなこと気にしたことがねェ」
「アンタにそんな乙女ゴコロ期待してないわよ」
「ようやく第零世代もアカホシ以外の四人が揃ったってわけだな」
「ま、テスラコイルは万全じゃないけど」
「いらん手間をかけさせやがって。テスラコイルもさっさと直してもらえ。もしくはさっさと変わりの端末を――」
「アカホシなら必ず私たちの前に笑顔で戻ってきてくれる……」
「もうアイツは無理だ。完全にぶっ壊れちまってんだからな」
そう言うミル姐さんの表情には翳りが見えた。
やっぱり、口ではああは言っていても、本心では破壊したくないのだろう。
それでも耐えなければならないときはある。そう諭すつもりもあったのだろうが、ムーンショットはこれまでとは打って変わって、烈火のように怒りを顕にする。ミル姐さんを責め立てる口調だった。
「お前が創造主を見つけて戻ってくると言っていたから……!」
「え……」
「私は……いや、私だけじゃない! 全員が信じて待っていたんだ!!」
縋るようにシュガークラフトの方を見るも、彼女は諦めたように首を振った。テスラコイルはそんな余裕はなかったけれど。ムーンショットと違って、二人はとうに覚悟ができていたのだろう。
「…………」
何も言わない二人に対して、憎々しげにギリリと奥歯を噛み締めて。
「アカホシを助けてくれると、確かにそう言ってくれたじゃないか……なぁ!!」
ミル姐さんの胸ぐらに掴みかかって、等の本人よりも周りがざわつく。
ミル姐さんにこんなことをした日には、瞬きをする間にボコボコにされて地面に倒れ伏しているのがオチ――なのだけれども。ムーンショットが口にしたことが本当だったのだろうか。罪悪感に顔を歪めながらも、反撃しようとはしない。
「……そいつは悪かった」
それどころか、謝罪の言葉を口にした。
「――が、もうどうにもならねぇ。アカホシを直せる手立ては何もない。だから――アタシたちの手で完全に眠らせてやるべきなんじゃないのかよ」
ここらで終わりにするべきなのではないのか。
他の誰のものではない。仲間だった自分たちの手で。
「知らないっ!! 知るものかっ!! お前たちの言うことなんて、もう信用しない……! 私だけだ! アカホシを信じてやれるのは!」
「ムーンショット……!?」
ムーンショットの右腕に銃が出現する。それは、自分たちを狙撃してきたものに比べて一回りは大きく太い砲身を持っていた。こんなものを、この距離で撃たれてはひとたまりもない。全力で取り押さえようと飛びかかったのだが、それよりも早く縦断を撃たれてしまう。
――が、その砲身は誰に向けられてもいなかった。
灰色の雲が覆う空へと飛んでいく。
「どこに撃ってんだ……?」
「やりやがった……!」
雲には届かない程度。ゆるりと山なりの弾道が遠くの方へと向かって。
その先には――何があるのか。
「アカホシは……いつものように起きて笑いかけてくれるんだ。私たちの太陽だった、世界のもう一つの太陽だったアカホシは……」
「こンの馬鹿野郎がァァァ!!!」
「こ、今度はなんなんだよ……」
あたりの空気が弾けるかの如く、ミル姐さんが怒号を上げた。
突然の大声に、ビクリと身体を震わせたのは、自分やハナさんだけではない。
ヒューゴもアリエスも、驚きに目を丸くさせていた。
「テメェ……アカホシを叩き起こしやがったな……!!」
「なんだって……!?」
「私はお前らとは違う……! いつものアカホシが戻ってくることに賭ける!!」
ミル姐さんの手を振り払って、森の中へと駆け出すムーンショット。
「ムーンショットが逃げるわよっ!?」
「追いかけてる暇なんてねぇ! テイル、アカホシをここに誘導しろっ! 直ぐに戦闘が始まるぞ!」
「その間にテスラコイルも修復しないと……!」
「…………」
「ちょっと! 早く来なさいよ!! なに呆けてんのっ!?」
「……もう終わりだ。ボクは降りさせてもらう」
「は……?」
「こんな状況で何言ってんだよ!! 今は少しでも戦力を固めて――」
「もともとムーンショットを含めた四体で抑えるつもりの作戦だったんだ。けれど、ムーンショットは離脱してしまった。無理矢理連れ戻しても無駄だろうさ」
『僕は僕の判断で勝手に動く』という無慈悲な宣言。
ここまで行動を共にしてきたのは何だったのか。
少しは仲間意識を持てているかと思ったのは自分たちの方だけで。やはり彼からしてみれば、使い勝手の良い駒。都合のいいときにだけ利用するような、そんな関係でしかなかったのだろう。
「最初から無理な作戦だったんだ。全滅は間違いない中に新しい端末を送ったところで何の得もない。……リーヴ王たちが後でなんとかするだろうが、もうそれは僕らが望んでいた結果じゃないしね。もう全てが『無かったこと』と考えた方が楽なんだ。最後にはボクも破壊されるだろうが、それもどうだっていい」
――大地が震えた。
一体の機石人形が目覚めたことで。たしかに、大地が震えたのだ。
「もうオシマイさ。これでサヨナラだ」
そうとだけ伝えて、ガシャンと崩れ落ちる。
糸の切れた人形のように、力なく。
「嘘でしょ……。まさかここまできて逃げるなんて……」
ここにきて、自分たちを見捨てた。見限った。
真っ先に諦め、放棄したのだ。
なんて勝手なんだ、という怒りすら湧いてこない。
それもそうだろう。状況が状況なのだから。
「……テスラコイルじゃなくても、嫌という程伝わってくるわ」
とんでもないことが起きてしまった。
どんよりとした灰色の雲の下。
微かな地響きのような音だけが、微かに耳元へと届いていた。
「この音……なに?」
何かが動いている。何かが近づいている。
深い深い地中の底から。そびえ立つ山々の内から。
巨大なものが。膨大なエネルギーを持つ何かが。
「――来るぞォ!!!」
ミル姐さんが叫ぶ。
遠く離れた“竜の墓場”から、巨大な機石の竜が飛び出した。
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