3-3-2 英雄討伐編 Ⅴ 【《荒唐無稽》ムーンショット】

第二百七十九話 『全員さっさと外に出ろっ!』

 クルタを出発する朝。

 これまで晴天続きだった空は、薄墨を流したような灰色をしていた。


 もともと清々しい気分で臨むものでもないが、どことなく空気がどんよりとしている。こりゃあ、数時間後には一雨降るかもしれないな……。


「ようやく出発できるのね」


『あーあ、待ちくたびれたったらないわ』と、億劫そうにシュガークラフトが伸びをする。機石人形グランディールなのだから、肩が凝るなんてのもないだろうに、つまりはただの当てこすりってわけだ。


「ごめんね、私がわがまま言っちゃって」


「武器が壊れて使い物にならない方が問題だろうが。で、目的の物は手に入ったってことでいいんだよなァ」


「もっちろん! みんなに負けないぐらいのすっごいのを用意してもらったんだから!」


 腕輪をしている右手を『じゃーん!』と掲げて、魔力を流すアリエス。


「――――っ」


 一瞬で神の右手デルマ・ニスタが展開される。アリエスの右腕を包むように現れたガントレットに、面食らうシュガークラフトだったものの――すぐさま『大したことないわね』とそっぽを向いた。


「モノが良くてもねぇ。それを扱う技術が無いと意味がないんじゃなぁい」

「私の技術の凄さについては、シュガクラが一番知ってるでしょ!」


 シュガクラとなんだか新しい略し方まで出てきて。

 なんだかんだで、この二人の仲はそれほど悪くないのだろうか。


 シュガークラフトもシュガークラフトで、『あーはいはい。そうねぇー』と適当に聞き流しながらも、それほど迷惑そうにはしていなくて。少しだけ緊張がほぐれた気がした。


 ――――。


 そうして、村の出口まできたところで『……あ』とアリエスが声を上げる。


「馬車ってどうするの?」


 ……そういえば、王様から借りたのはクルタまでだった。


 ここから先は、新しく借りるのか、と思いきやそうでもないらしい。アリエスからしても、これから危険な場所に行くのに、故郷の人を巻き込みたくはないという思いがあるようだ。


「何ってんだ、馬車ならあンだろ」

「…………? いや、あれって……」


 ミル姐さんが顎でクイッと指した先にあったのは――確かに馬車だった。

 ただ、そこには大きな問題があって。


 馬車といえば馬車なのだけれども、それを引く馬がいなかった。

 知ってるか? 引く動物がいないと馬車は走らないんだぞ。


「もしかして……俺たちに引けと……?」

「こんなの引いてたら、アカホシの所に着くまでにぶっ倒れちまうぜ!?」


「アホか。こんなもんを人力で引くわけねェだろうが」


 まぁ……流石に引けるわけがないよな。ここから“竜の墓場”まではだいぶあるし。かといって、ミル姐さんたちが引くとも思えない。機石人形グランディールなら力もあるし体力というか魔力も無尽蔵で、簡単に引けそうに思えるけど。


「もうこの街を出たら、アカホシの所まで直行なんだ」

「途中で、ムーンショットと合流する予定だけどね」


「……勝手に割り込むなよ。とにかく、僕が機石装置リガートを用意してるから、そいつらに馬車を引かせればいい。生き物なんかと違って、速度も出る上に疲れ知らずでずっと便利だ」


 なるほど。確かに、そんな便利なものがあるのなら、そっちの方がいい。アリエスが懸念していた、御者を巻き込むことについても心配しなくてもいいし。それに、目的地に着く時間が短縮できるのなら、至れり尽くせりってやつだ。


「そんないいもんがあるならよ、最初から出してくれりゃあよかったのに」


「普通に考えてもみろよ。機石装置リガートに引かれた馬車なんて、街に入ったらどうしても目立つだろ。……このクルタじゃ目立つどころか大騒ぎになりそうだったし、出さなくて正解だったよ、ホント」


「確かになぁ……」


 機石装置リガートで溢れている街だから、風景に紛れるんじゃないかと思わないでもないが、ラフトさんの工房などを見るに、大勢の機石魔法師マシーナリーに興味を持たれて囲まれる光景が目に見えるようだ。


「ま、そんなことはもうどうでもいいんだけどさ。馬車から離れてくれないか?」


 そう言って自分たちを離れさせるなり、テスラコイルは両手を馬車の前方へとかざす。その両掌から光が照射されたと思いきや、一瞬で“それ”は出現した。


 カツッ、カツッ、と硬質的な蹄の音が鳴る。まるで大木を切り出したかのような巨大な体躯。滑らかな曲線にも関わらず、胴体から伸びた四本の脚はとても力強く見えた。だが――これは何なのだろうか。


 馬型の機石生物マキナ、なのだろうか。いや、テスラコイルは機石装置リガートと言っていた。少なくとも馬を模した“それ”。


 二頭の、と言っていいのかも分からない。

 なぜなら、その馬にはのだ。


 こいつはまるで、海外で伝わっていた妖精――デュラハンの乗る、首無し馬コシュタ・バワーの様じゃないか。


「なんで……頭が無いのでしょう?」


 少し怯えた様子を見せながら訊ねたハナさんに対して、『必要ないだろ、頭なんて』とそっけない答えが返ってくる。


「生き物でいう目も、脳も、胸の位置に付けたほうが合理的だろ?」


 ただ身体の指令中枢のためにパーツを増やすなんて不合理だ、とテスラコイルは言ってのけた。それを言うなら、機石人形グランディールがヒト型であることにも疑問があるのかと聞いてみたくはなったが、流石にこれ失礼だと思いとどまる。


「ほらさっさと乗れよ」


 テスラコイルに急かされ、おっかなびっくり馬車に乗り込む。

 全員が乗り終えるなり、いななきもないままに、首無し馬が馬車を引き始めた。






 そうしてクルタを出発してから、二時間弱もしたあたりだろうか。

 ミル姐さんたちが、そわそわとし始める。


「そろそろ反応があってもおかしくないわね……」

「オイ。ムーンショットはいねぇのか。話の通りならそろそろだろォが」


「うるさいな、さっきから探ってるよ。心配しなくたって、範囲内に入ればすぐにわかるさ。なんたって僕は高性能だからね」


 高性能なぁ……。


 今の状況では、アカホシに異常があるわけでもなく。少しばかりの違和感としては、もう接触してもおかしくないムーンショットの気配すら感じられない、というところ。下手をすると、出会わないままにアカホシの元へと辿り着く可能性すらあった。


「……もう目的の“竜の墓場”は見えてるけど」


 馬車の向かう先には高い丘が並んでいて、まだ距離があるものの切り立った山々が並んでいた。てっぺんにいるのか、山と山の隙間にいるのか、それとも地中に埋まっているのか。どういう形でかは分からないが、そこにアカホシがいる。


 間近に迫った決戦の匂いに、背筋がざわつくような感覚がぬぐえない。

 ただ、ミル姐さんとテスラコイルの会話を静かに聞くばかりだ。


「もう一度調べてみなさいよ」

「はいはい。言われなくても――って、いたいた。なんだよ、別に探す手間も省け……――っ!?」


 弾かれたように馬車の中で立ち上がるテスラコイル。


「――マズいぞ」


 その表情は、目元を隠していても焦っているのが分かる。周囲をぐるりと見まわしたかと思いきや、前方の一点を見つめながら何やら口走っていた。


「マズいマズいマズいマズい……! 止まれっ! 今すぐ止まるんだよっ! チッ……! 全員さっさと外に出ろっ! 今すぐに!!」


『おい、ふざけんなよ……!』と悲鳴のような声を上げるテスラコイル。


「なんなのよ。何慌ててんの。まず説明したらどう?」


 馬車は順調に進んでいて、あたりも静かなまま。そんな中で、テスラコイルだけがなにやら慌ててわめいている。その光景は、異常というより異様なもので。窘めるシュガークラフトとは対照に、だんだんと胸の内の不安が大きくなってくる。


」……!!」


 テスラコイルのその言葉に、馬車の中が一気にざわついた。

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