第二百七十八話 『待っててよね!』
「悪ぃな、長いこと待たせちまって」
――リーヴ王と話した日の翌朝。
言われていた通り、ラフトさんの工房に訪れていた。
「いやいや……。忙しいのに我が儘を聞いてくれて、本当に感謝してるんだから」
工房の作業場は、これまでの慌ただしい様子などは一切無く。工作機械も今日は動かしていない。この数日は常に金属の加工音が耳に痛いぐらいに響いていたのに、今ではガラッとした静寂が包んでいた。
「例の物は外に用意してある」
そう案内されついて行くと――工房の裏手側にある、小さな裏庭に出た。
周りは塀に囲まれ、様々な工作機械やテーブルが設置されている。そのテーブルの一つの上に、さも“隠してあります”といわんばかりの、白い布に覆われた“何か”が置かれている。
「さぁ、目をかっ
ガバッと白い布を取り払ったその中にあったのは――台座の上で煌めく、銀色の腕輪だった。
……ア、アクセサリー?
てっきり大小様々な工具が並べられているのかと思いきや、腕輪がポツンと置かれていただけ。見た目はそう悪くはないけれど――
「……工具は?」
目の前の“それ”は、どこからどう見ても腕輪だ。アリエスの普段から使っていた工具とは似ても似つかない。ぐるりと回って一つの腕輪。切れ目などは見当たらず、こんなものではネジの一本だって外せないだろう。
全員が首を傾げている中で――ラフトさんが、一つの
「まぁ、見とれよ。――アリエスよ。お前さんの右手にその腕輪を付けて、魔力を流してみぃ」
「……こう? うわっ!?」
魔法光が見える直前、その段階で既に手元に工具が展開されていた。持ち手は陶器のように白く、肝心の先端部分はヒューゴが提供したベッテリウムの輝き。まるで名刀のような趣さえ感じていた。
「これ……どうして……? 私、ただ魔力を流しただけなんだけど……」
あまりに唖然としていたアリエスがポツリと呟く。
「今使いたいって思っていた工具が出てきたの……」
「……どういうことだ?」
「そいつぁ、流した魔力の持ち主が必要としている工具を即座に選んで出してくれる優れもんだ。もちろん一つだけじゃなくて、幾つも出すことができる。更にいやぁ、限界はあるがデカいブツだろうと分解できるように仕掛けを施してある」
『今度はこいつをバラしてみる気でやってみろ』と工作機械の方を指して、アリエスに挑戦的な笑みを向けるラフトさん。分解するつもりで、とは言っても――先日見かけたクレーン型の
全長三メートルはあるだろう。それを解体するにしても、いくつかに分けた部分ごとに手を入れていく必要がある。それだけ
「ようし……!」
「本気でバラすんじゃねぇぞ!? まだまだ現役なんだからよ!」
『じっちゃんと同じだねぇ』と笑いながら、ぐるっと腕を回して――アリエスが腕輪へと魔力を流す。次の瞬間には、アリエスの右手を覆うようにガントレットが現れていた。
「一見すると、シュガークラフトの手みたいだけど……」
はっきりと違うのは、その指先に沿うように工具が浮いていることだ。恐らく機石の力によるものなのだろう。先から伸びているというよりは、指の腹に触れるか触れないかのところで浮いているように見える。
分解したい
「名前なんて付いちゃいねえが……強いて呼ぶとするなら、デルマ・ニスタ――“神の右手”ぐらいが丁度いいんじゃねぇか」
「“
まるで神のように、何かを生み出し、何かを壊す。たかだか工具の名前にしては大仰だとも思われるだろうが、それだけのものがこのガントレットにはあった。
きっとヴィネあたりにとっては、あまり気分のいいものではないだろうな。
「これが私の……新しい“工具”」
呆気にとられるアリエスだったが、フンと鼻を鳴らすと腰に下げていた荷物入れをガサゴソと漁る。そこからシュガークラフトから課題として出されていた
一体何をするつもりなのか、固唾を呑んで見守る暇すら無かった。
――――。
まるで居合抜きを見ているかのようだった。
一瞬脱力したかと思った次の瞬間には、アリエスは腕を振るっていた。自分の目でもギリギリ追えても、何が行われているかが分からない。触れたか触れていないかさえも定かではない。
一瞬よりも更に短い時間で、アリエスは複雑な分解工程をこなしてみせた。
機石装置に詳しくない自分たちだけではなく、工房にいた職人たちからも『おぉ……』と声が漏れていた。
「使ってみた感想はどんな感じだ」
「凄い……持ち替えるときも全然邪魔になってない。まだしっくりとは来ないけど……」
これでまだしっくりとは来ないというのだから驚きだ。しっくりこない状態でも、ほぼ全力の解体に見えたのだけれどまだまだ本人としてはいけるらしい。
「安心しろい。そこらへんの最終調整は今日のうちに終わらせる予定だ」
『ほら、一旦返しな』と言われ、
手には感触が残っているのだろう。右手を見つめながら握ったり、開いたり。そうするたびに、『でへへ……』と口元がニヤついているのが丸わかりだった。
それはラフトさんたちの技術力ゆえなのか、それともアリエスのセンスの賜物なのか。見た目からは全く見分けがつかないのだけれども、使用者である彼女自身は少しだけ残っていた違和感も何もかもが取れたのか、とても晴れ晴れとした表情をしていた。
「ん、完璧! これなら何が来たって問題ナシ!」
自分の意志でもある程度調整できるのか、ガントレットを出し入れして笑顔を浮かべるアリエス。
目的の物が完成したということは、明日には出発となるだろう。宿へと戻ることを伝えると、工房の全員が見送りに出てくれる。一人ずつが、別れを惜しむようにアリエスの手を握っていった。
「こいつで例の
「ワシらより早く死ぬなんて許さねぇかんな、アリエスちゃん」
「じっちゃん……。ばっちゃん……」
「見ててよ、とは言えないけどさ。きっと最高の
まばゆいほどの光沢を放ちながら。
アリエスはグッと、ガントレットの親指を上げた。
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