おまけ 大好きな街の、嫌いな思い出

 私には父親と、母親と、それからエリム――六つ下の弟がいる。

 私は決して、彼らのことが嫌いではなかった。


 機石装置リガートに囲まれたこのクルタという街に生まれて、たしかに私は幸運だったのだと思う。温かい家で暮らして、美味しいご飯を食べられて、そして私の大好きな機石装置リガートで溢れていた。


 工房のじっちゃんたちは優しくて、まだ小さかった私にもいろいろと教えてくれた。手先は生まれつき器用な方だったし、物心付いた頃からいろいろな物を分解して構造を眺めるのが好きだった。自分の手では分解できないような複雑なものは、じっちゃんたちに教えてくれって持っていったりもしていた。


 何かを分解して、組み立ててを繰り返す。娯楽も少ないこの世界で、機石装置はいい玩具だった。たくさん触れて、その構造をうんうんと悩みながらも理解できるのが嬉しかった。


 自分もこんな凄いものを一から作れるようになれたら。そう機石魔法師マシーナリーを目指したのは、まだ十歳ぐらいの頃だった気がする。ただ――両親はそんな私の目標に、良い顔はしていなかったけれど。


『いつまでも“そんなこと”をしていないで』


 私はそう言われるのが大嫌いだった。


 家は大通りに面したところにあって、両親は小さな料理店を営んでいる。たまにお手伝いだってしているのに、いつもガチャガチャと機石装置をいじっている私を見ては、溜息を吐くのだ。


 じっちゃんたちは、私がどんどん機石装置リガートの扱いが上手くなっていくのを見て、喜んでくれているのにさ。工房のみんなは機石バイクロアーとまではいかなくても、いろいろな物を与えてくれた。中には実際に乗って移動できるものだって。


 みんなが本当の私の家族だったらいいのに。


 頭ではそう思ってはみても、これは口に出してはいけないことだ、なんて。

 それぐらい、ちゃんと分かっていたんだよ。


 このまま同じような毎日を過ごして。工房ではいろいろと教えてもらって。いつかは一人前の機石魔法師になって、自分の工房を持てるようになるんだ、なんて夢を見ていた。けれど、日常が――その土台ごと崩れ去る出来事が起きた。






『このままでは巻き込まれてしまう! 早く逃げないとっ!』

『逃げるってどこへ!?』


 ――街はパニックになっていた。

 突然の襲撃。空は朱く燃えているようだった。


『とにかく、街の外へだ。ここは危ない、エリムは私が抱いて走る。アリエスは――何をやっているんだ、早く!』


 慌てて大通りへと飛び出していく。

 外は逃げ惑う人々でごった返していた。


 クルタは背の高い建物が多い。殆どが四階ほどで通りに沿って伸びている。まるで空を間仕切りするようだった。そのせいで、この騒動の原因の正体を見ようとしても、視界が遮られていてよく分からない。ただ逃げ惑うしかなかった。


『あっちだわ! 東の方へ走るのよ、急いで!』


 ガラガラと音を立てて崩れたのは、通りの西側の建物だった。岩のように大きな瓦礫が、次々と通りへと落ちていく。立ち昇る土煙では覆い隠せないほどに巨大な影が、ヌッと顔を覗かせた。


『竜――』


 鈍く光沢を放つは、炎々と赤い外殻だった。

 あんな鱗を持った生物は見たことがない。いや、そもそも生物ではない。


機石生物マキナ……!?』


 あれほど大きな機石生物マキナが存在していたことに、私は度肝を抜かれた。そして――


『わぁ……!』


 自分たちが襲われている側だということも忘れて、感嘆の声を上げていたのだ。今まで一度も見ることの無かった機石生物マキナ。身体を構成しているは機石装置リガートと大差はない。にも拘わらず、まるで生物のように意思を持ち、活動をしている謎の存在。


 その輝き、そのフォルム。後ろ足で直立し、ぎらぎらと目玉を輝かせながら焔を吐く。その姿にどこか気品のようなものも感じられて、私はすっかり目を奪われていた。


 ――この世界に、これほどのものがあったなんて。


『とってもきれい……』


 メラメラと業火に焼かれながら猛威を振るう、その機石生物マキナの竜が――私が今まで見た、どんなものよりも美しく思えた。


『こんな時に何言ってるの! 逃げないと死んじゃうわよ!』

『あっ――』


 幾重もの悲鳴が混じる喧噪の中で、『早く止めるわよ……!』という声が聞こえたような気がした。けれども、その声の主を見ることも無く。半ば無理矢理といった形で、街の外へと抱えられて逃げ出した。



  

 


「――まぁ、ハナちゃんには少しだけ話してたんだけどね。……家出。結局はただの家出だよ。別に珍しくはないでしょ?」


 工房にベッテリウムを預け、宿へと入ったその夜。

 私はみんなに、これまでの生い立ちを簡単に説明してあげた。

 このクルタという街で生まれたこと。そして、別の街へ移り住んだこと。

 ……最後には、家を飛び出したこと。


 私は家族を捨てた。

 捨てられた、という人もいるかもしれない。

 けれど、そんなことはどちらだっていい。


 彼らは私を必要とはしなかったし、私ももう彼らを必要とはしていなかっただけ。互いを苦しめ合うような関係だったら、長く続ける必要なんてどこにもない。


『ねぇ、アリエス……。せっかく他の街に引っ越してきたのよ。お願いだから、もう“そんなこと”は止めてほしいの』


 母親の例の口癖は、引っ越してから更に酷くなった。

 そして私は、必ずこう口答えする。


『どうして? 機石生物マキナに襲われたのは酷い出来事だったけど、それと私が機石装置リガートをいじるのは関係ないじゃない。ねぇ、考え直してよ。機石装置リガートがあった方が、いろいろと便利なのは知っているでしょ?』


 命を、生活を脅かされたのは理解できる。だけれど、それで機石に関わる全てのものを嫌い、憎み、いとうのは違う気がする。あれは“災害”だった。人の手でどうこうできるものではなく、ただひたすらにやり過ごすしかない。そういう類のものだったと、私は思っている。


 でも、あの件で大半の人は心的外傷トラウマを負っていた。


 新しく移り住んだサシエという街でも、同じように被害を受けた人たちが多く移り住んでいて。外で機石装置リガートをいじっていると、露骨に嫌な顔をされたり、酷い時には石を投げられたこともあった。


 機石生物マキナに襲われ、逃げて移り住んできた。

 だから機石生物マキナどころか機石装置リガートだって見たくない。


 そんな馬鹿らしいことで、住む場所を移したことまではまだ許せる。だけれど、それで私の生き方の邪魔をすることまでは納得がいかなかった。


 ――――。


『……もう限界。私、この街を出ます。もっと別の場所で、一人前の機石魔法師マシーナリーを目指すの。心配しないで、お金なら十分にあるから。いままでありがとう、それじゃあね』


 私が出ていくと言ったとき、母親が一番に浮かべたのはホッとしたような表情だったことは憶えている。それから少しして、我に返ったように驚いた表情に変わっていたけど、それは何に対しての驚きだったのだろう。


 別に……あれが本性だった、なんて思ってない。

 私だって、母さんが疲れていたことは知っているから。


 ただ、その病的ともいえる毛嫌い様に、私は付き合いきれなかったってだけ。






 ――――。


「……で、本当に出て行ったのか」


 一通り話し終えて、テイルが静かにそう言った。


機石魔法師マシーナリーとしての技術は、じっちゃんたちに叩き込まれたしね。別の街へと移っても、だいたいの人が雑用ぐらいならすんなりとやらせてくれたの。工房に住み込みってのも珍しくなかったから、住むところと食べるところには困らなかったかな」


 クルタから移り住んで。サシエからも出て。それからは各地を転々としながら、機石魔法について勉強を続けていた。ま、案外なんとかなるものね。


 ただ、サシエはもちろん、クルタに戻ることも考えていなかった。あとはナヴァランも。もしかしたら、気が変わった母親に連れ戻されるかもしれなかったし。自由になったからには、誰にも目標の邪魔をされたくなかったの。


 だから、行くなら裏をかいて別の地方。エルネスタ王国は亜人ばかりで、危険だという噂を聞いていた。それならと、マクメイズやトワルの方で過ごしていた時期もある。


「そんな中で、パンドラ・ガーデンっていう魔法学園があることを知ったの。そこでなら、ちゃんと機石魔法について学べると思って」


 入学手続きからなにまで、全部自分の手で行って。

 ――そうして私は、ここにいる。


 ――――。


 こうして皆に話したけれど、別に私の生い立ちが特別ってわけじゃなかったでしょう? テイルだって似たようなものだし、ハナちゃんの方がもっと大変な経験をして学園に来たんだもんね。


 ……手放しで『幸せだった』とは言えないけど、特別不幸なわけでもない。

 なにより、こうして機石魔法師マシーナリーをやれているだけで、私には十分すぎるほど。


 今はもちろん幸せだよ。

 この学園生活は間違いなく幸せだって、胸を張って言える。


「――あ、今日は満月なんだね」


 何の気なしに、部屋の外へと出て空を眺めた。


 何度となく見た景色がそこに広がっている。相変わらず背の高い建物ばかりで、空は狭いけど――そんなクルタこの街が、私は好きだった。


「この街ではね、あるものが見えるの。――満月の、月が一番近くまで降りてきた晩にだけ見える、不思議なもの」


 それによって何かが起こるというわけでもなく。過去に誰かが調べた痕跡も残っておらず。自然に起きているものなのか、誰かがやっていることなのかすらも分からない。誰も真相を調べようとしない。そんな余裕は誰にも無かったから。


「みんなは見るのは初めてだよね。クルタ以外では見えなかったし」


 一筋の光が月へと昇っていく。もちろん、月へと届くはずなんてない。途中で勢いを失い――それは、そのままスゥっと夜空へ消えていった。

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