第二百七十一話 『こいつは大仕事だぞ』

「なるほどなぁ、オルランドのところの……。それなら納得だ」


 聞けば、ラフトさんとヒューゴのお爺さんは古くからの友人だったそうで。『あそこの爺とは、昔は酒をよく飲んでたもんさ』と話しながら、ラフトさんはガハハと豪快に笑う。


「――で、いいのかよ。あそこの倅なら、どれだけ貴重なものか分かっているんだろう。俺が言うのもなんだが、アリエスの工具に使うだなんて、贅沢どころの話じゃねぇぞ」


『だいたいこの大きさの鋳塊インゴットでも、これぐらいはする』と金額を言われ、目玉が飛び出たのも何人か……。流石のアリエスもゴクリと喉を鳴らすが、ヒューゴは潔く笑顔を浮かべながら鋳塊インゴットをラフトさんへと手渡した。


「……いい。もともと自分で作るつもりだったんだ。こいつがアリエスの工具として生まれ変わるのなら、親父たちだって喜ぶに決まってる」


 その時になって後悔したくはない。できる限りのことを“今”やらないと。

 全員が覚悟を決めていた。


 その意気や良しと、受け取った鋳塊インゴットを大切に仕舞い込み、再びラフトさんが筋肉の付いた腕を組む。材料は用意できた。あとは期間の問題だけ。


「しかしまぁ、工具を作るにしても十日はかかるぞ」


 十日という、決して短くない時間。


 アカホシを止めるという目的が控えている以上は、『間に合いませんでした』という無様な結果を曝すわけにはいかないのだ。目標が目覚めるまでの期間を明確に知っているのは、テスラコイルだけ。全員の視線が彼へと集まった。


「……十日ぐらいなら、まだ動きはないはずだけどね」


 ――話は決まった。


「それじゃあ、今からでもベッテリウムを工房に運ぶとするか。時間が勿体ねぇ」






『いいわ。アカホシの眠る“竜の墓場”まで、他の町もないのだから、ここで全員好きなだけ準備をすればいいじゃない』


 そうして、いつものように機石人形グランディール組と【知識の樹】組に分かれて。既に王様直々に宿を用意されているので、部屋は確保されている状態だという。


 なので、これから先の食糧だったり装備だったりは、自分たちで用意しておくように、ということだろう。もちろん、それは各々の武器などの装備であったり、当然ながらアリエスの工具もそう。つまりはこれから向かうラフトさんの工房には、しばらくお世話になりそうだった。


 工房までは少しばかり歩くようで、自分たちとしてはこれほど機石装置が一般向けに置かれている景色を見たことがないので、物珍しさにあちこちを見回してしまう。


 慣れた様子のアリエスを見ると、やはりこの街の生まれなんだなぁと思った。


「……なぁ。ご両親と弟さんは、元気にやっているのか?」


 区画を二つ、三つと過ぎたあたりで、ラフトさんがぽつりと尋ねる。

 それは――アリエスの家族についての質問だった。


「知らない。他の町に移ってから、私はすぐに家を出ちゃったし」


 冷静に考えてみれば、大変なことを言っているのだけれども、アリエスは特に気にした様子もなくあっけらかんとそう言った。


「……大丈夫だよ、みんなしっかりしてるし。お母さんも私がいない方が上手くやれるって。……私の家族も、あそこの人たちも、“私たち”とは別の人種だったみたいでさ」


 学園の中でも、自身の家族について話す者はそう多くはない。ヒューゴのように長く続いた家業のため、こころざし高くしているなら別として。何らかによって家族を失っていることは珍しくない為だ。


 それは森で一人で暮らしていたハナさんだってそうだし、あの家族が嫌で逃げ出した自分だってそう。だから、アリエスもその例に漏れなかっただけの話。


機石生物マキナに襲われたからって、機石魔法を見ることすら嫌がっていた。機石装置リガートが仕えないと不便だって言っているのに、かたくなに拒否してさ。もともと少しは合わないなってのはあったんだけど、息苦しくて仕方ないのなんのって――」


 ――それは強がりだったのだろうか。


『自分がいると、皆が辛いことを思い出すから』と苦笑いを浮かべながら話すアリエスは、自慢のポーカーフェイスの裏に辛そうな色を滲ませていた。決して家族のことが嫌いだったわけではないのだろう。ただ、少し噛み合わなかっただけなのだと思う。


「まったく……。いつでも工房に帰ってきても良かったんだ。だがまぁ、お前がそれで良かったというのなら、ワシは何も言わんが……皆も心配しとるぞ。あまり爺婆に負担をかけさすな」


「アハハ! まだまだみんな元気な癖に! ……大丈夫。私にはとっておきの秘密兵器があるから――」


 そう言ってアリエスは嬉しそうに笑っていた。





 ――――。


 ラフトさんの工房は、街の端っこにポツンと建てられていた。


 ガラガラとシャッターを開くと、熱気がこちらへと溢れ出てくる。母屋から離れ、作業場は小さな納屋にあったのだけれど、そこにギュウギュウに作業機械が詰め込まれている。


 いかにもアリエスが好きそうな場所だな、と感じた。


「おぉ、おぉ! 久しぶりじゃないか、アリエスちゃん!」

「どうだい、元気にしてたのかい?」


 工房の中には、ラフトさんの言っていたように高齢の人しかいなかった。事前の話では十年近くは会っていなかったのにも関わらず、一瞬でアリエスだと分かるところを見ると――それだけ大切にされていたんだなと思う。


 きっと、ここが第二の家族みたいなものだったんだろう。

 アリエスの浮かべる笑顔からもそれがはっきりと分かる。


「さぁてみんな、聞いてくれ。これからアリエスの工具を俺たちでこしらえてやることになった。材料は既にここにある。こいつは大仕事だぞ」


 ――ドンッ、とテーブルに置かれるベッテリウムの鋳塊インゴット


 工房内がざわめく。老眼で眼鏡をかけている職人もいたが、つまみ上げて肉眼でそれを確認しながら大きく溜息を吐いたりしていた。


「なんだって、こんな大層なもので作るんだい?」


「近いうちに、大きな戦いがあるんだと。相手はかつてこの街をぶっ壊したあの機石生物マキナだそうだ」


 ――竜の機石生物マキナ


 ここにいる全員が、その当時のことをはっきり覚えているようで。そこには怒りだったり、悔しさだったり、恐怖だったり。そしてなにより、アリエスがそれと戦うかもしれないという驚きが一番大きかった。


「んまぁ……!」

「セドヴェばあさん、入れ歯が落ちたぞ」


 おいおい、大丈夫か。


 決して秘密にしているから言わないけれど、英雄を倒しに行くだなんて分かったら心臓が止まるヒトだって出てきそうな勢いである。


「こんなに可愛く成長したアリエスちゃんが、そんな危ないことを……!?」

「いかんだろう、それは……」


 もちろん、ラフトさんが言っていた通りの反応が返ってきた。みんなアリエスのことが心配なのだ。大切に面倒を見てきた弟子であり、きっと自分たちの孫娘のように扱ってきた存在。


 できれば行って欲しくない。

 言葉に出すまでもなく、全員がそう思っているに違いない。


「大丈夫だよ、みんな。私には――この子があるんだし」


 といって、アリエスが取り出したのは――ここしばらく活躍することのなかった愛車。アリエス専用にカスタマイズの施された機石バイクロアーだった。


 一瞬で目の前で展開され、大人よりも一回りは大きい車体が工房に現れる。


 すらりとした流線形のフォルム。タイヤの代わりに前後に付いているのは、球形をした機石装置リガート。どのパーツを見ても、キラキラと光を反射して輝いている。


 それを見るなり、工房にいた老人たちが『ほぉ……!』と目を輝かせた。


機石バイクロアーじゃねぇか……!」

「どうしたんだい。もしかして、一から作ったのかえ……!?」


「ううん、遺跡で拾ったんだ。ただ、半分以上壊れてたから、自分で部品を作って完成させただけ。どう、凄いでしょ」


 正直なところ、ベッテリウムの時よりも熱がこもっていた。次から次へと質問が飛ぶ、先ほどの神妙な空気が嘘のようで。まるで全員が童心に還ったかのように、機石バイクロアーに夢中になっている。


 ――なるほど、これが秘密兵器か。


 それは、アリエスが学園で必死に機石バイクロアーを直していた時の様子と、とても良く似ていて。どこか懐かしささえ感じる。


 あぁ、これがアリエスの“同類”ってことなんだな。

 そう、すんなりと納得のいく光景がそこにはあった。

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