第二百七十二話 『あの頃は楽しかったねぇ』
――クルタ滞在三日目。
もともと土地勘のあるアリエスがいたことで、思いのほか準備は順調に進んでいた。各自、最低限必要なものは買い揃えて終わり、既に残りの日数をぶらぶらと過ごそうという形だ。
『自分達のことは気にせず、街を好きに見てくればいい』と言われ、さてどうしようかと考えた結果――今日は朝からアリエスについて、ラフトさんの工房へと行ってみようという話になった。
「おぉ、アリエスか! 工具の方はまだまだだぞ!」
「いいのいいの、気にせず好きなように作業をお願いしてるんだから!」
アリエスにとっては工具の調達が第一だ。毎日のように工房へ様子を見に行っている、というよりは、完全に遊びに行く感覚のようにも見えなくもない。
『ホントは私も手伝いたいんだけどね』とアリエスが肩を竦めて言うと、工房の各所から笑い声が飛んでくる。
「儂らがしっかり作ってやるから、アリエスちゃんはそこで見てな。なぁに、仕上げのときにはばっちり手伝ってもらうわい。それまでは――」
「『しっかり作業を見て、技術でも何でも盗め』、でしょ?」
――見れば、工房の工作機器はフル稼働状態。ところどころでバチバチと火花が散っている。熱と蒸気が混ざり合い、床は機械脂でところどころに染みができていた。まさに町工場といった風景がそこにあった。
学園でも、その外でも、いろいろな魔法使いの工房を見てきたけれども、そのどれとも違うラフトさんの工房。どちらかといえば、ヒューゴの家で見た火事場の雰囲気に近いものがある。
――そう、魔法を扱うにしてはずっと原始的なのだ。
「機石魔法は他の魔法とは違うんだ。機石自体は魔力で動くとはいえ、その他の部品は魔法で作れるわけじゃねぇ。
なんでもかんでも一枚板から作れるわけじゃない。
人類最大の進化といえばいくつか挙がるだろう。代表的なこの二つは、誰だって知っている。まず一つ目は、火を手にしたこと。大半の動物が火を恐れるのに対して、人類は火を使うことを憶え、夜も活動できるようになった。
そして二つ目は――道具を生み出し、使うこと。
遠い遠い過去のこと、石器時代の人々は石を割り鋭利な状態にしてナイフとして扱った。それから数百万年(この世界ではどうかは分からないけど)人類は常に何かを加工して生き続けている。
“物を加工する技術を生み出した”こと。
天から与えられたものをただ使うのではなく、自分の力で生み出す。
それは、世界を飛躍的に進歩させるまさに魔法に近いものだった。
元々あった素材を、人の手で加工していく必要がある。どんなものだって、一番初めには人の手が入っているものだ。最小様々な金属の板が、次々と溶接されていく。
いったい幾つの部品で構成されているのだろうか。幾つもの金属パイプが、目の前に広げられていた。これが最終的に全て組み合わさって、アリエスの工具になるのだろう。……けど――
「……工具にしてはデカくないか?」
「アリエスちゃんが必要としてんだ。期待されている以上のものを作らねぇと、世話を焼いて来た者の面子ってのが立たねぇだろう? おっと、ちょうどいいや。
「ホントに!?」
『願ってもいないこと』と大喜びで
工房の片隅にあるテーブルには、本が山積みにされていた。それは
……きっと全力で調べて、学んでいるのだろう。
他でもないアリエスのために、この歳になっても研鑽を止めない。
プロフェッショナルの魂を感じると同時に、格好いいとも思う。
「ベッテリウムが余ったからのぉ、コイツを中心部に組み込めば出力は上がる筈よ」
ギラギラと光を反射させる
「手先の器用さはもう若い奴には勝てねぇが、それを補う程の経験が儂たちにはある。今に見てろよぉ。びっくらこくぞぉ、若ぇ衆!」
ガラガラと音を立てながら、使い方の見当も付かないような大型の機器を引っ張り出して。工房のメンバーが歓声を上げていた。
「こんなもんで一旦区切るべ、一休みしようや」
「さて、私らはちょいと休憩じゃけんども――」
割と耳に優しくない金属の加工音が、少しは穏やかになってきたころ。交代で休憩をとっているのか、三人組のお婆さん衆がテーブルに腰かけてお茶を飲み始める。
「どうかね、一勝負していくかえ?」
そういって取り出されたのは、学園賭博場で見たものとよく似たトランプだった。絵柄は微妙に違うものの、四つの絵柄やカードの枚数という点では同じもの。
『あー、まだやってるんだ!』とアリエスが嬉しそうに声を上げる。どうやら、昔からよくやっていた遊びらしく、空いていた席にすぐさま腰を下ろした。
「おばあさま方も嗜まれるんですか?」
「というより、私がいろいろ覚えたのも、ばっちゃんたちに教えらえたからなんだよね。じっちゃんもばっちゃんも強いんだよなぁ……」
「ふぇっふぇっふぇっ……、所詮はちょっとした老人の
パチンとウインクする茶目っ気を見せながら、カードの束をテーブルからとった。
「そんなこといって、アリエスちゃんもたまに勝ってたじゃないか。なかなかのもんだったよ。ねぇ、アンタもそう思うだろう? あの頃は楽しかったねぇ」
「…………!?」
そう言ってカードを繰る手元が素早すぎて見えない。幾重ものシャッフルを織り交ぜ、そのたびにシュバババッとカードが鳴っていた。完全に混ぜられたカードの束を、それぞれのプレイヤーに配っていく。
完全に素人の手つきじゃねぇ……!
もはや、『ちょっとした老人の手慰み』のレベルを超えていた。
「またまたぁ……。勝たせてもらってたのぐらい、ちゃんと分かってるんだから。まぁ――今日こそは、正真正銘実力で勝たせてもらうつもりだけど!」
小さい頃から猛者に囲まれて育っていたのなら、あれだけの勝負強さも納得できる。ただただ真剣なその勝負模様に、自分達は外から唖然としながら眺めるだけだった。
なんというか……若い。この工房にいる全員が。
自分達以上にパワフルで、自由で、そして活力にあふれていた。
アリエスはギリギリの勝負を強いられているようで、口元を引くつかせながらカードを引いていたけれども――それはそれで、アリエスにとって大事な人たちだったのだと、良くわかる光景だった。
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