第二百七十三話 『居心地が悪くて仕方ない』

「……ヴィネ、調子はどうですか?」


 アリエスはしばらくラフトさんの工房に残るというので、ヒューゴとハナさんの二人と共に街の中をぶらつくことに。街の中心部へと向かって歩いていると、ハナさんが胸の中心に手を当てそっと訊ねる。


「なにかあったのか? ……もしかして、出てこれなくなったとか」

「……いいや。私はいつだってハナと共にいる。心配なぞ無用だ」


 姿は無くとも、ハナさんの方から声がする不思議な感覚。


 ……そんな器用なことができたのかよ。


 いつものように姿を現わして話をすればいいじゃないか、と言うと返事はない。ちょっと困ったような表情をして、ハナさんが説明してくれる。


「ヴィネはその……機石魔法が嫌いなんです」

「嫌いって……炎みたいに?」


「同視するな、炎をこれらでは全く違うわ。あのような自然とはかけ離れた存在など……。あやつらの扱う炎も何もかも、生命とは無縁のところにあるものだ」


 どうやら相性が悪いのか、ヴィネはぐちぐちと恨み言を続ける。


 自然を司る精霊である以上、機石――及び装置を形成する金属類には嫌悪感が湧いてしまうらしい。『あの鍛冶師とは大違いだ』と恨みがましい様子で呟いた。


「こらっ。あのお爺様たちも、立派な職人さんです」


 珍しく口をとがらせて、ハナさんがヴィネを窘めていた。

 流石に誰かを乏すような物言いは見逃せないのも、ハナさんの優しさだ。


「でも……テスラコイルさんの建物の中でも、無理をしていたようで……」

「あそこは気分が悪くて仕方が無かった。あまりこの街でも表には出たくない。気持ち悪いのがそこら中にいるからな」


「『気持ち悪い』とまできたか……」


 ヴィネがここまで嫌がるってのは相当だな……。


「まぁ、俺も機石装置リガートは苦手なんだよな、よく分かんねぇっていうかさ。スゲェってのは、アリエスを見てて分かるんだけど、慣れねぇっていうか……」


 スマホやパソコンを初めて触った老人みたいなことを言っていた。


 ……これまで自分たちが見てきた機石装置リガートなんて、殆どが戦いの道具として使われたものばかり。危害を加えてくるような機能がテンコ盛りだったわけで。この街にあるのは、それとは形も機能も全く違うのだろうが、機石装置リガート=兵器という認識が染みついてしまってもおかしくない。


 それでもまぁ、学園にいただけあって、機石装置リガートなどは見慣れている方だ。機石人形グランディールであるミル姐さんと行動を共にしてきたのだって、全く意味がないわけでもない。


 だからこそ、戸惑いはありながらも、この街の様子だって受け入れられるのか。


「テイルは昔から平気そうだったよな」

「特に苦手意識もないな……。面白そうだと思うよ、機石魔法も」


 どちらかといえば、剣と魔法の世界よりも、こっちのメカメカしい雰囲気の方が馴染みが深いというか。流石にこれは口には出せないけれども、驚きと同時に安心感もあったりするのだ。


 他のどの街とも違う“空気”。


 流石に自動車が走り回っているわけではないけれど、馬車の代わりとなる運搬用の機石装置リガートがフワフワと浮いたまま通りを横断していた。むしろ、自分のいた世界よりも少し未来感があって、なんともチグハグで不思議な雰囲気を味わっている。


「あれらの気持ち悪いのリガートを別としても、この街には自然が少ない。あの機石人形テスラコイルの工房ほどではないが、居心地が悪くて仕方ない」


「確かになぁ……」


 見渡してみても、建物と石畳ばかり。緑といったものが殆ど無い。これだけ広い通りだったら、街路樹でも植えられていてもいいんじゃないかとは思うが。


 外の世界から見れば異様な光景であっても、そこに住んでいる者からすれば、それが普通になってくるんだろう。ヴィネが指摘したことに対して、住民たちが気にした様子も見られない。


 なさじゃ住民の全員が機石魔法師マシーナリーなわけではないだろうが、当たり前のように機石装置リガートを身に付けている人だっていた。荷物を運ぶ補助アームだったり、目元取り付ける拡大鏡だったり。なんなら、十歳かそこらの子供だって機石装置リガートを操作しているのを広場で見かけたりもした。


『魔法を上手く扱えなくても、魔力さえ通せれば誰だって扱える。それが機石装置リガートなの』というのは、アリエスが一年の頃にしてくれた説明だった。


「これだけ凄い技術だったら、そのうち他の街にも伝わっていきそうなもんだけど」


 技術の発展というのは、いつだって目覚ましいもの。今はこのクルタの街だけでも、便利なものとして伝わっていけば、世界中が機石魔法師マシーナリーで溢れるような未来だってあるだろう。


 それこそ、列車のような大人数を運搬できる交通機関だって。


「ミル姐さんたちが生まれたのは百年前のはずなのに、機石魔法が発展してきたのは最近になってからだって言ってたな……。少し時間が開き過ぎな気もするけど」


「……機石魔法やそれに関係する技術は、長い時代の中で一度失われかけているからな。長さでいえば十年か二十年ほどだったが、それでも一時は大きな街一つが繁栄する勢いだったものだ」


「そうなんですか……?」


 ――ヴィネは精霊。いうなれば自然そのもの。厳密にいえば違うかもしれないが、この世界に植物が生まれた瞬間からずっと生きているということになる。それはつまるところ、この世界の歴史に触れ続けたという意味でもあるわけで。


「今思えば、あの“元英雄”どもが他の人形やそれを造り出す工房を破壊して回っていたのが原因だったのだろう。過ぎたる力は、失われるのも早い。時代にそぐわぬものは一瞬で姿を消し、世界は元の姿に戻ったというのに……。それを掘り出し、復元しているとは、全くもって愚かなことだ」


 となれば、百年前の戦争はもちろん、戦争が終結して今までのことだって知っているということなんだよな。


「そのあたりの話、知っているんだったらアリエスに教えてやればいいんじゃないか? きっと喜んで聞きたがると思うぞ」


 まさに生き字引き。一度は失われていようが、ヴィネさえいれば幾らでも話が聞ける。アリエスにとっては、これほど頼りになるものも無いのではないだろうか。


 ――けれども、返ってきたのは『……それは難しいな』という声。


「あれは、徐々に私たち精霊の力を削いでいく恐ろしい時代だった。当時の人々が“機石”という技術を求め、闇雲に自然を食いつぶしていった。あのまま勢いに任せていれば、いずれは環境という環境を破壊し、自分たちの食糧となるものさえも失うところだっただろう。今とは違い、こうして姿を現わすこともできなかった私に抵抗する力など無かった」


 産業革命と環境問題ってのはセットなんだなぁ、と思いながらヴィネの思い出話に耳を傾ける。聞けば、ここから更に西側にあるナヴァランという街も、大昔から製鉄やらが盛んで苦しめられているのだと言っていた。


 魔法が発展してきてから少しはマシになったが、排煙の影響で降り注ぐ雨によって辺り一帯の植物が枯れてしまったこともあっただとか。自分が聞けば、それって“酸性雨”なのかなぁ、などと思い当たる部分も。


 それら一つ一つの出来事も、精霊からすれば深刻な問題で。そりゃあ恨み言の一つでも言いたくなるのだろう。


「できたのは時代の流れを“感じる”ことのみ。実際に見たわけではないから、説明できるようなこともない」


「なるほどね……」


 人々の生活が発展していく上で大切なのは、均衡バランスを保つことであるとヴィネは言った。大昔からこの世界に寄り添ってきた身として、機石が現れてからの時代は異常だったと。


「一部に例外はいる。それは理解しているが――」


『やはり人々というのは無責任な生き物だ』と諦めたように言い放つ。

 魔族の襲撃があろうとなかろうと、放っておけば自滅する危うさを孕んでいると。


 ……本当にそうなのだろうか。いいや、違うはずだ。


「それならさ――」


 そりゃあ、自分のいた世界とは勝手は違う。けれど、そうならなかった歴史を知っている。


「なおさら、アリエスにいろいろ話してみたらどうだ? ただ眺めていて、勝手に怒ったり失望するんじゃなくてさ」


「……何故、そんなことをしなければならない」


 誰も知らないままじゃあ、改善のしようがない。事前に分かっていれば、被害を抑える手段だって考えられるはずだ。この世界に生きている人たちだって、馬鹿じゃない。物を作るのは環境と隣り合わせだって、理解できるに決まっている。


「環境を壊したり傷つけたりしたのがヒトなら、それを治すのだってヒトの役目だ」


 決して世界の支配者気どりというわけでもないけど、自分たちのケツぐらい自分たちで拭けるということ。いつだって、どんな歴史でだって、それを繰り返してきたからこそ、こうして今まで続いているわけだし。


「話してみたら変わることだってあるさ。アリエスはなんたって、凄腕の機石魔法師マシーナリーだからな。いつかとんでもない物を作るかもしれないだろ」


 ……なんだか、アリエス一人にとんでもない重荷を背負わせかねない気がしたので、『横の繋がりだったり、これから先の未来に繋がるかもしれない』と付け足しておいた。


 ヴィネからの返答は『……考えておこう』という短いもので。姿が見えないため、どんな表情をしていたのかも自分たちには分からない。


 それでもハナさんだけは、ヴィネの中で何か変わったものがあったのを感じたらしく。少し困ったように笑みを浮かべていた。

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