おまけ 前編:賭場の鱶大将

 ……この学園に入ってから、もう五年か六年ぐらいか。亜人デミグランデってのは、種族ごとにバラつきがあるが、オレの場合は外見にそう変化がない。こういったところでも、学園の賭場を仕切る、という暇つぶしを続けていられることの役に立ってるんだろう。


 “研究生”として学園に残ってはいるが、生徒としての活動は殆どねぇ。なんでこんなことを続けているかというと、学園の外にオレの居場所なんて無いからだ。


 ついでにいえば、いい子ちゃんしている真面目な奴よりも、こういった場所に集まる“臭いのする奴”の方が、相手にしていてずっと面白い。一度きりの人生なんだ。クセは強ければ強いほどいい。


 ……かといって、《特待生》までいくと面倒だが。


 まぁ、住み場所と美味い飯を条件に、学園の裏側で生徒の面倒を見てやっていたわけだ。先公だって、手の負えない生徒の処理を任せてきたりするしな。……ここ最近はめっきり減って、退屈な時間を過ごすことも珍しくなかったんだが――


 それは、新入生たちが入ってきて、二月ふたつき三月みつきした頃だ。そろそろ悪い遊びを覚えて、頻繁に顔を出す若造が増え出す時期だった。


 ……久しぶりにオレを楽しませてくれる奴らが来た。






「……ベイさん」


 賭場の仕切りの一部を任せている生徒(二年)が、傍に寄ってきて耳打ちをした。


 ただでさえ、頭のネジが一、二本飛んだような奴らの多い学園だ。その賭場だってんだから、揉め事面倒事は別段珍しいことでもねぇ。些細なことでも連絡するように伝えてあるが、今回もそんなものだろうと思っていた。


 ――あぁ、また何か起きたのか。

 臭いはねぇ、魔法によるイカサマじゃないことは確かだ。

 ざっと見回すが、どこかで殴り合いをしている気配も無い。


「……なんだ」

「あの――あの女アリエスがここに……」


 ――アリエス・ネレイト。


 そもそも、ここに女子が来ること自体が珍しい。だというのに、入学直後からもう、この賭博倶楽部の常連となっていた。金を落としていくこともままあったが、収支でいえば馬鹿勝ちしているクソったれだ。


「なんだあのヤロウ、また入用いりようができたのか?」


 久々に顔を出したってことは、まだどこかでむしられる奴が出てくるってことだ。まぁ、どこで誰が勝負しようが、咎めることはしねぇが。ただ――


「……男連れか」


 入り口の方へと目を凝らすと、一際目立つ紫の髪。その横には、同学年であろう男子生徒が一人いた。辛気臭ぇ目つきをした、黒髪の男だ。殴れば簡単に吹っ飛びそうな体格だったが、どことなく移動に体重を感じない。……戦い慣れてやがるな。


「ほぅ……。コイツぁ、楽しめそうな奴が来たじゃねぇか」


 差し出された小皿に乗っかった、数滴の血液。

 混ざり込んだ魔力の匂いが、どことなく気分を高揚させる。


 ……知っている匂いだ。あれは二年前だったな。学生大会の時だったか。一対一でボロボロになるまでやりあう様を見るのは、いつだって楽しいもんだ。もちろん、アレに出ていた奴の魔力の匂いは大体覚えている。


「テメェらは手を出すな。……泳がせておけ」


 あの女だって、ここのルールは知っているはず。どういうつもりだ?


 ――テイル・ブロンクス。定理魔法科、三年。

 黒猫の亜人デミグランデ


「あの男――亜人デミグランデだぜ」


 ……何か起きないわけがねぇ。





 ――俺の予感は当たった。少しズレはあったが。


 ハロ・ハロの馬鹿がイカサマに手を出したってことは、調子に乗ってデカいのを賭けの対象にしちまったんだろう。あの女との一対一? 自業自得だ。


 ――招かれざる客を連れ込んだ、その落とし前をつけさせるのには、丁度良かった。そう思い、飛び込んでやったんだが、見た通りのすばしっこさだ。一、二発殴って放り出そうにも、ひらりひらりと躱しやがって。……苛立ちに任せちまった結果でもあるが、最後に弾かれた爪の根本に痺れと痛みが残っていた。


 あまり賭場を荒らしちまうのもよくねぇ。面倒な“客”は奥の部屋に通すと相場は決まっている。もちろん、そこにあるのはオレの専用テーブルだ。


 薄暗い部屋で、テーブルの上にだけ明かりを灯して。どこにだって真剣勝負はできるが、こういった場所ならなおのこと、駆け引きに熱が乗る。


 ここを使うのは、気の合う仲間との勝負か、やらかしたクソ野郎を締め上げるかのどちらか。今回はもちろん後者だが。


「シロウトだろうと関係ねぇ。ここでは賭けの勝敗が全てを決める」


 利用禁止も立ち入り禁止も大して変わりはしねぇ。疑われるようなことをした時点で、しょっ引くには充分だ。予定とは少し違えど、生意気にも抵抗するようなやつにはきゅうをすえてやる必要があるだろう。


「ルールは説明しなくても分かるな?」


 もちろん、中身はオレのお気に入りのポーカーだ。


 味わうならジワジワとやるに限る。ダイスやスロットは賭けて結果を待つだけだが、こいつはプレイヤー同士の駆け引きの面が大きい。油断しているところに食らいつく。このヤり方が最高にたまらねぇ。今回も、どう楽しんでやろうかと考えていたんだが――。






 ――――。


 ……なんだよ。ちったぁ期待してたんだが、こんなもんか。


 素人だろうと、アリエスが連れて来たんだ。どんな隠し玉かと思えば――ルールを把握しているかも怪しい。デタラメに賭けているわけじゃなかったが、駆け引きってもんが全くなってねぇ。


 。相手に強い手があるのが分かっていて賭ける馬鹿はいねぇ。ハッタリを利かせて、相手をビビらせる。それができなけりゃあ、勝てるわけがねぇ。


 ただの“カモ”だな。


 勝負を重ねる度に、チップの差が開く。当然だ、オレは取れる時に取ってるし、コイツが勝ちそうな時は無駄に賭けないのだから。


 勝負に出たのは中盤を過ぎてから――チップの枚数が十枚をきってからだ。最初あった分から、もう半分まで減っている。その気になれば、一瞬で食い殺せる範囲内。


 四枚目が開くまでは様子見で流した。


 妖精の七、機石の五、魂の二。そして――機石の六。

 ……僅かにだが、コイツの目に光が戻った気がしたんだ。


 自信が確信に変わったような。


「――レイズ」


 このレイズがハッタリかどうか、テメェに判断できるか?


 俺はこの勝負――殆どのゲームで、勝てる手だろうと負ける手だろうと、チップを上乗せしてきた。もちろん、コイツが降りることを分かっているからだ。相手の手の内が分からないままに勝負に出るのは度胸がいる。素人じゃあ、同じ土俵に上がることもできねぇだろう。


「コール……!」


 珍しく、こちらのレイズに乗っかってきた。オレの出したチップに合わせ、奴が追加で賭け金を足していく。……こうなりゃあ、余程の自信があるんだろう。


 そいつを表に出しちまっている時点で、素人なんだ。たまに来た幸運に対して、今しかないとヒトは簡単に飛びついちまう。俯瞰ふかんして状況を読めない奴には向かねぇんだぜ。


『開きます』というディーラの言葉と共に、五枚目のカードが開かれる。――杖の五。数字だけでいえば、強くも弱くもねぇ。


 場のカードは、妖精の七、機石の五、魂の二、機石の六、杖の五。


 奴の目の輝きは変わらない。なるほど、四枚目の段階で役が出来ている。五枚目はそれには絡まなかった。表情には出していないが、細かい挙動で思考が筒抜けだぜ。


「……レイズだ」


 かかってこい、とチップを更に上乗せした。向こうはもう、勝つ気満々なんだろう。分かるぜ、オレの表情なんか見ちゃあいねぇ。自分がどういう状況にあるのかさえも理解してねぇ。


 お前ん思い通りにいくと思っているのか? 本当に?

 なにか見逃している部分があるんじゃないか?


 運ってのは誰にだってある。調子のいいとき、悪いときなんてのは、本当に気まぐれにやってくるもんだ。それが目に見えるんだから、カードってのはやめられねぇ。


 賭けろよ、チップを。とことん勝負しようじゃねぇか。

 チップを握ったな? そうだ、いいぞ。


「更にレイ――……」


 その喉笛に――食らいついてやる。


「…………」


 …………?


 チップを握って――その手を出す前に止まった。

 まるでぶっ壊れた機械のように。突然だ。


 どうした、おい。そこまで行ってやめんのか? 出せよ。勝負しようぜ。さっき一瞬だけ見せただろ、勝ち誇った顔をよ。


 向こうは完全に勢いに乗っていた。少なくとも、本気でそう思っているように見えた。……もしかしたら、それに見合うだけのいいカードが来ているのかもしれない。


「……どうした? 勝負に出るんじゃねぇのか?」


 それでも別にいいじゃねぇか。それならそれで、どちらの運が上なのか競うだけのこと。――出せよ。手元に持ったそのカードを見せてみろ。このゲームに希望を持ったんじゃないのか。


 ――出せ。勝負しようぜ。


 半ば“狩り”の気分だったオレを引き戻したのは、コイツの弱弱しい声だった。自分の発言に自信が持てない、そんな様子だった。


「……降り……る。フォールドだ……」


 ……降りた?


 肩透かし、拍子抜けもいいところだった。いったいなぜ。

 さっきまで勝ちを確信していた目をしていたのに? コイツの頭の中で何があれば、そんな急な舵切りができるのか。……いや、賭場ここでのポーカーなら、これぐらいの判断はあり得る。


 しかし問題なのは、駆け引きのかの字も知らねぇ素人が、ここまできて“退く”という判断をしたこと。普通の奴なら『勿体ない』と乗って来るところだ。


「いいのか? 勝てる気がしたんだろう? だから今、チップを握ったんだよな? ここでチップを取り返すんじゃないのか。なぁ、テイル・ブロンクス」


 ……と煽ってはみるが、こいつの意志は変わりそうにない。


「降りる……! 持っていけよ!」


 ……寸前までは、全てのチップを賭けようとしていた。首の皮一枚のところで、吹っ飛ぶのを回避しやがった。確実に寿命は縮まったが――それでも、コイツは生きている。


 そいつぁ、亜人デミグランデの勘か?

 ……いや、流石にそこまで難癖をつけることはできねぇ。


「そうかい。……じゃあ、こいつは頂いていくぜ」


 テーブルに出されたチップを全て持っていく。オレの取り分。……本来なら、んだ。


 このゲームの勝敗が決まり、眼の前に伏せた二枚のカード。

 妖精の二と、機石の二。それがオレの手札だった。


 機石の五、魂の二、杖の五、妖精の二、機石の二。場のカードを合わせて、フルハウスが完成していた。これに勝てるのは、これより上のフルハウスか、フォーカードのみ。……まず、有り得ねぇ。


 一対一の勝負、降りた時点でそのゲームの負け。……だが、『これだけチップを出しているから』と、最後まで飛び込んで死んでいく馬鹿じゃなかった。


 チップを何枚出そうが、ゲームの勝率が変わるわけじゃねぇ。開かれるカードは運次第であり、それはゲームが始まった瞬間に決定される。ここをはき違えている馬鹿が多い中で、この黒猫は正しい判断を下した。


 だが――少なくとも、お前に“波”は来ていなかった。

 それだけのことだったのさ。


「……くっそぉ……!」


 チップがゼロになり、負けが決まった瞬間になっても、暴れることもなく素直に従う。ここまできての実力行使もなく、今更ながらに恐れをなしたのか。結局、賭場の秩序を乱す奴はこうなる運命なんだ。






 ――と思ったところで。


「ふざけやがって……」


 あの女アリエスには、してやられちまった。


 このオレの勝負を賭けにして、全員を巻き込むだなんて。最上級の馬鹿がやることだ。上手くいく可能性の方が低い、出来の悪い大博打おおばくち


 だが、人生そうじゃないと面白くねぇ。馬鹿げた賭けほど、燃え上がっちまう。チマチマとつまらない勝負を繰り返すよりは、ずっとここの住人らしい。ほとんどの奴が活きた顔をしちまってたんだからな。


 オレがあれだけ潔く負けを認めたのはいつ頃ぶりだったか。少なくとも――アレだけ笑わされたのは、間違いなく久しぶりのことだった。

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