おまけ 後編:大博打、その裏側で

 ――勝負は殆ど退屈だったが、それなりの見返りもあった。


 結局オレが見ていなかったところで何があったのか。それを聞いたのは、アイツらが賭場を出ていき、賭けに負けた奴らからチップを回収しているところだった。


「……テメェらは、さっさとこの賭けの後始末をしろ。何分ここを止めるつもりだ。――おい、テメェはここで全部見ていたんだろう。さっさと話しやがれ」


 大体の流れは、負けを突きつけられたあの場で大体理解できた。

 ……が、細部まで把握しておかないと、どうにも収まりが悪い。


 さっさと事態を収束させるためにアイツらを追い出したが、説明ぐらいはしてもらおうじゃねぇか。


 ――オレがいない間に、賭場を仕切らせていた生徒の見た様子はこうだった。


『さぁっ! 私のチップ全てを賭けた勝負に参加する人はいる!?』


 俺たちが奥の部屋に引っ込んだのを確認するなり、あの女が放った第一声がそれだったという。黒猫テイルと派手にやり合った後だっただけに、その場は静まり返っていたわけだ。ただでさえはっきりと通る声だ、聞き逃した奴はいなかっただろう。


「それで、ほぼ全員が参加したってのか? 馬鹿なことを言うんじゃねぇ」

「それが……最初は本当にどっちが勝つか負けるかを予想してただけだったんスけど……次第に複雑になっていって――」


 ただの二択だけじゃあ面白くない。勝敗だけに賭けて、別の結果が出た時はどうなるのか。そういった意見が出て来たらしい。その分だけ賭け先が増え、どんどんと参加者とチップが膨らんでいく。


「そんな中で、『私はテイルの負けに賭ける。もちろん、正々堂々とベイ先輩と勝負した結果でね』って言い放ったもんだから、全員爆笑しちまったんスよ」

「……まぁ、そうだろうな」


 自分の仲間が勝負してるってのに、負けに賭ける奴の方が珍しい。極々一般的に考えれば、『勝って欲しい』という願いと共に賭けるからだ。だが――それでも、自分の感情なんか置いて、勝率の高い方に賭けるのが勝負師ってもんだからな。


 希望や同情なんかでチップは増えねぇ。その点では間違っちゃあいない。


「あの女、一気に笑いもんだ。他の結果に賭けてた奴らから、口々に馬鹿にされてたんスよ。『素人がベイさんとマトモに勝負できるわけがねぇ』、『亜人デミグランデを信用するなんてどうかしてるぜ』、『イカサマするに決まってる』って」


 他にも、『賭けなんて途中で投げ出して殴り合いになる』だとか、『途中で逃げ出してくる』だとか、好き勝手に賭け始める奴が出て来たらしい。予想が多岐にわたり、その分だけ勝者の取り分が膨れ上がる。一度膨らみ始めたら、それを狙ってまた参加者が増えていく。


 賭けの結果を予想するだけでも、ここの奴らじゃあ平和に終わることはねぇ。手を出すのも御法度だが、口を出すのは幾らでも許されているからな。


 今回の賭けが、対象をどんな奴か知っているかで有利不利が決まってしまうものだった。賭場に入り浸っている奴らよりも、あの女が頭一つ有利だったのは確かだ。このオレと、黒猫テイルの両方の情報が頭に入ってんだから。


 知らない奴らは、それこそ好きに予想する。見た目の印象や、能力などの情報は得られたところで、性格までは把握しきれるわけがないからだ。オレの方はともかく、あの黒猫に対してなら、それこそ何だって言われるだろうさ。


 自分以外の参加者に対する撹乱かくらんの目的もあっただろう。

 どうにかして、アリエスから情報を引き出そうとする目的もあっただろう。


 自分を有利にする。相手を不利にする。

 ルールの範囲内でさえあれば、どんなことだってする。


「そりゃあもう、酷いもんだったんスけど……。あの女、『信じているもん』の一点張りで。絶対に意見を変えるようなことはしなくてですね」


「……当たり前だ。自分が有利なのに、情報を提供する馬鹿はいねぇ」


 黒猫のことを理解した上で信じているなら、その確率が一番高いってのは分かっているだろうからな。賭けの勝負をすりゃあ結果がどうだってのは迷うこともないだろう。そりゃあ、イカサマなんてするようなタマじゃあないわなぁ。


 ……チップも残り数枚のところまで追い詰めてやった。それでも少しは迷ったようだが、蓋を開いてみれば亜人デミグランデ化すらしなかった。


 どれだけ表面を取り繕っていたところで、大方の奴はいざ追い詰められたら本性が漏れ出てくるもんだ。何人、何十人といたもんさ、『オレが気づかない』という僅かな可能性にかけて馬鹿をやる奴が。


 それでオレはどうしたかって?

 自身の犯した事に対して、償いをさせたさ。もちろん、例外なく。


 たとえイカサマをする度胸がなかったとしても、そういう奴は負けを覚悟したあたりで全額ぶちこむような無茶な賭けをして吹き飛んじまう。


 ……そんなことをした日にゃあ、イカサマをした場合ほどではなくとも、どついちまうかもしれねぇ。――が、それすらもなかった。


 野生の勘なのか、ただただ真面目な奴だったのかは分からねぇが、大多数の馬鹿とは毛色が違ったってのは正直な感想だ。だからって認めたわけじゃあねぇが。


 ――それでも、あのアリエス・ネレイトが一目置いているのも、少しは頷けるってもんだろう。現にあの女はものの見事に欲していたブツを手に入れたんだからな。


「……無効になんてできねぇよなァ。ありゃあ確かに面白い賭けだった」


 二度と来ないようにして正解だ。こんなこと、何度もやられたらたまったものじゃねぇ。今までに、ここまで馬鹿げたことをする奴はいなかった。だからこそ、使えた“裏技”ってやつだ。


 真似する奴が出ないように、今後は立て札を増やしておかないといけねぇな。


「オラ、野郎ども! 負けた分は勝って取り返せ!」


 何に使うのかは知らねぇが、好きに使えばいい。

 一人の勝負師として、一世一代の大博打で勝ち取った物だ。


 ……それに、オレだって損ばかりしたわけじゃあねぇ。ほら見てみろ、あれだけの勝負の熱に“てられて”、ジャブジャブとチップを賭けていく。どいつもこいつも、馬鹿ばかりだ。……悪いもんじゃねぇがな。


「イカサマなんかした日にゃあ……キツイ依頼に出稼ぎさせるから覚悟しろよ」

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