第二百十五話 『“同じ匂いがした”んだよ』
「ここが秩序から外れた場所だとしても、外とは別の秩序がある。オレぁ、その秩序を破る奴を見過ごすわけにはいかねぇんだ。どんな状況だろうと絶対に嗅ぎ分ける」
あたりの
右腕と頭をガッチリと掴み、ハロ・ハロを拘束している。……首に歯を添わせたまま、ぎろりと睨みつけて。ヤスリのような、ザラザラとした声が背筋を撫で削る。
「“同じ匂いがした”んだよ。テメェの首から滴っている、その血に流れる魔力と同じ匂いが。オレが仕切っている以上は、誤魔化しなんてきかねぇ。この賭けはテメェの反則負けだ」
ゆっくりと首から口元を離すと、恐怖と衝撃に固まっていたハロの呼吸が、ようやく再開された。まるで喘息のようにヒューヒューと音を立てて。ただでさえ小さな体が、更に小さくなって震えているのが分かる。
「お、お、お、俺をどうするつもりだよ……?」
「そんなに怯えるなよ、ハロ・ハロ。こんなの、ただ
……立ち入り禁止で済ますのか? それも『暫く』ということは、また戻ってこれるということだ。見た目の凶悪さには似合わず、なんとも寛大な処置だな。
「オレはな、ここに来る生徒を
「賭けていただけっていうと……」
「あれぐらい」
――と言って、アリエスがこちらを指す。
まぁ、盗まれないように番の役割をしていたからな。
傍らに積まれたチップの山。アリエスが腕いっぱいに抱えていたものだ。
「まぁ、銀貨百五十枚ってところだ。運が良ければ、十日もあれば稼げる」
「そんな……無茶だよ……」
百五十枚か……。学園長から斡旋された依頼だったら、三度行ったら終わりかな。……大体の場合、命の危険に曝されるけど。
「社会奉仕だと思えよ。なぁ、ハロ・ハロ。規律を乱した奴には、それなりの代償が必要だって言っているだけだろう? 学園で困っている誰かが助かる、テメェもまた楽しく賭けに参加できる、じゃぶじゃぶと金を落としていく。皆が幸せになれるんだぜ」
「半ば無法地帯と化してるし、それを守るのがオレの役目だ。ここは賭博倶楽部、刺激を求める者たちの集う場所だからな。だが、ここだって学園の一部なんだ。完全に無関係とはいかねぇ。それからも外れたいというのなら、オレは止めやしねぇぜ。ただ――」
「これ以上、俺の手を煩わせたときは――テメェの頭が半分になると思え」
「ひぃ……!」
『さぁ、連れていけ!』
そう言うと、ベイの部下らしき生徒がハロの両脇を抱え上げた。それに待ったをかけたのはアリエスだ。……そうだ、そいつを連れて行かれたら困る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! さっきの賭けは!?」
「聞こえなかったか? テメェの勝ちだ」
「私の勝ちだったら聞きたいことがあったんだけど!?」
「……外で聞いておいてやる。なんだ」
「魔力機石を探してるの。
「ほぉ――奇遇だな」
「…………?」
「こんなもんでよけりゃあ、ここにあるんだが――」
そうして取り出したのは、デカい手のひらにすっぽりと収まった魔力機石が。きっとそれこそが探していたものなのだろう、アリエスが目を輝かせる。
「それそれ! それを探してたの!」
「……そうかよ。こいつを今すぐ出すのも吝かじゃあない。――が、その前に一つ気になったことがあってな」
「気になったこと……?」
「テメェだ。……テイル・ブロンクス」
そう言ってこちらを指さしてくる。
……なんだか、今日はよく指をさされてる気がする。
……? というか――
「なんで俺の名前を――……っ!?」
疑問が浮かんだ次の瞬間に視界に飛び込んできたのは――勢いよく迫って来るベイ・ディケイズの巨体。水かきのついたその爪が、こちらへと襲い掛かってきていた。
「うわっ!?」
驚いて咄嗟に回避する。さっきまで自分がいたあたりの石壁が崩れた。チップの山に破片が当たり、ザラザラと音を鳴らす。な、なんで俺に襲い掛かってくるんだ?
「学園での知名度を自覚せずにここに来たのかテメェ。テイル・ブロンクス、テメェが
「あ、あー……」
まさか、“特待生”がここを仕切っているだなんて思いもよらなかったし。そうだったとしても、自分のことなんて気にするような生徒もいないと思っていたのに。
「俺は別に勝負に参加してないし……」
「そんな言い訳が通用すると思うか?」
アリエスの勝負が盛り上がっていたこともあるけれど、最初から最後まで見ているだけだったわけで。自分が何かしたことによって、誰かが損をしたわけでもない。
「それじゃあ、ここから出ていけばいいんだろ?」
「お前がいるだけで規律が乱れる。それも当然だが――お前をここに連れ込んだことにも罰を与えるべきだよなぁ!」
――――っ!
ベイの爪がアリエスに向かう寸前、その進路を塞ぐために回り込み、爪を魔力を込めた一撃で弾いた。真正面から受けたわけじゃなかったけれど、相当な腕力だったんだろう、俺の手も痛みと共に痺れが奔る。
「テイル……!」
「俺が自分で見たいと言ったんだ。別にアリエスが規律を乱したわけじゃない」
「そんなもの、大した違いではない」
かといって、手を出させるわけにはいかない。自分ならともかく、アリエスがこんな奴と戦えるわけがない。最悪、なりふり構わず能力全開で戦うことも考えていた。……ベイが小さく溜息を吐いて、その腕を下ろすまでは。
「……殴り合いで白黒つけてもいいが、ここは賭博場だ。これ以上騒ぐと、他の奴らが勝負に集中できねぇ。来い、奥の部屋だ。そこで決着をつけようや」
辺りが騒然としている中で、ベイが部屋の片隅にあったカーテンの中へと入っていく。ここまできては自分も従う他なく、アリエスも瓦礫によって散らばったチップを搔き集めて同行しようとする。
「おい、入るのはコイツ一人だ。お前はここに残れ」
「なんでよー! 別に邪魔したりなんかしないって!」
「はぁ……。ここでゴネてちゃ、また面倒なことになる。待っててくれるか」
「だって……」
「別に……仮に襲われたとしても、負けるつもりはないからな」
――アリエスが『自分のせいだ』と言うわけにもいかなくて。あくまで自分の規律違反を自分で尻ぬぐいする形でなければならず。それを理解しているアリエスは、一言だけ『ごめんね……』と謝った。
――――。
「遅い。いつまで待たせるつもりだ」
薄暗い小部屋の中、天井から吊るされたランタンの下には、一つの丸テーブルがあった。既にベイはテーブルに着いていて。これから、一対一の勝負が始まることを、暗に示唆していた。
小部屋の入り口は部下二人が塞ぐように立っている。逃げ出すには骨が折れることだろう。……逃げるつもりもないけれど。
「シロウトだろうと関係ねぇ。ここでは賭けの勝敗が全てを決める」
――テーブルの上には、カードの束が積まれていた。
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